もっと私に構ってくれて良いんですよ by イザナ
当然、心配して帰りを待っていた立場だと少々やるせないものがあり、いつもの如く寝室へ忍び込んできたイザナは気持ち良さそうに眠るクロードを眺め、やや不満げな唸り声を漏らす。
「これはもう、お仕置き決定ですね」
そう言いながらも育ちの良さ故に熟睡しているクロードを気遣い、ゆっくりと伸ばした繊手で片頬を摘まむと遠慮がちに引っ張った。
「ぅ、うぅ……」
「ふふっ、効果ありです♪」
僅かに微笑んだ彼女は “もっと私に構ってくれて良いんですよ~” などと、日頃は困らせないように隠している本音を耳元で囁き、摘まんだままの頬をむにむにと縦横に動かす。
事実的な婚姻関係はあるものの諸事情により遠征などに帯同できず、御付きの魔導士であるレヴィアの方が彼と一緒にいる時間は長いため、心の何処かで幼馴染に羨望している可能性は否定できない。
(でも、仲が良いだけに気心は知れていますから… ん、大丈夫)
責める気持ちよりも二人に対する親愛の情が大きいのを再確認した後、亜麻布の肌着姿となって寝床に潜り込んだイザナは筋肉質で堅いクロードの身体を抱き締め、軽く口付けてから眠りに落ちた。
以後、騎士国では少しの間、穏やかな日々が続くことになり、まだ余裕がある騎士王祭の準備に加えて、継続した戦力の補強が押し進められていく。
最近だと臨界点を越えた圧縮魔力の爆発、それを推進力に換えるバースト機構の模倣品など実装したスヴェルF型のロールアウトも目途が立ち、騎種変更を控えた者達などは多忙な日々を過ごしていた。
慌ただしくも活気がある雰囲気の中、工房の片隅にて後継騎の仕様書を熟読するレインとヨハンの姿など一瞥しつつ、約束の履行を迫るレヴィアに強請られて “蜂の巣箱” へ向かい、ひどく散財させられた俺は奥の製図室に足を運ぶ。
(無駄遣いは論外だが……)
王城に持ち帰ってイザナやフィーネを誘い、一緒に食べたいと宣うので、偶になら良いかと支払いは此方で受け持った。
幼馴染の三人娘が定期的に集まって御茶会を開くことは知っているため、何を話題にしているのか少し気になれども、栓なき事だと割り切って眼前の扉を開く。
室内に足を踏み入れてすぐ、上機嫌で笹穂耳をピコピコさせながら摺り寄ってきた双子エルフから、彼女達が考案したという補助魔導核に関する資料を受け取り、空いている席に着いた。
既に主要な整備兵の面々《めんめん》や技師達は皆揃っており、国産化の過程で巨大騎士に係る造詣が深くなった魔術師長のブレイズも同席の上、軽やかな声で技術部会の開始が告げられる。
「皆様、本日はお時間を頂き、ありがとうなのです」
「私達から提案させてもらうのは補助魔導核です。これを実装したら、なんと騎体に “いんすとーる” できる魔法が異属性を含む2個まで拡張可能になります」
「…… 上限数は増えないにしても複合魔法に対応できるし、その時々で選択可能な戦術の幅は広がるな、CPUに対するコプロセッサのような物か?」
先程から熱心に配布資料を見つめ、黙々と読み進めていたジャックス兵長が自分なりの見解を述べるも、俺達のような稀人の概念に基づく例えでは、上手く双子に伝わらないようだ。
「えっと、それは分からないですけど… 取り敢えず、話を聞いて欲しいのです」
やや困惑しつつも続けられたミアとミラの主張によれば、補助魔導核は本体の属性を切り替える役目しか持たず、主たる魔導核の制御下でのみ動作するらしい。
騎体内部に追加の空間を確保できるかなど、細かい問題も散見されるが、巨大騎士を複数属性の魔法に適合させるための一歩を踏み出したという点で、確かな技術的進歩だと思える。
「悪くない提案だな、如何されるクロード王」
「資金繰りで困らない程度に宜しく頼む」
どうやら予算を付けてくれそうな宰相兼任のブレイズに頷き、安全面に注意して進めるよう念を押したところで、帝国領から出向中の技師達が此方を見つめていることに気付いた。
物言いたげな彼らを代表して、ジャックス兵長がテーブルに乗せた両手の指を組み、鋭い視線で問い掛けてくる。
「この補助魔導核の件、うちの御嬢に仔細や原理を報告しても?」
「そうだな… 別に構わない、ニーナ殿には借りがある」
元を糺せば供与された魔導核の知識から派生した技術であり、自国を優先して勿体ぶるのは気が引けてしまう。
帝国上層部の横槍が入らない限り、“滅びの刻楷” に対抗する手段として技術移転を惜しまない女狐殿なら、同盟諸国の利益を適切に考慮して行動するはずだ。
(“知識は共有、蓄積されてこそ価値がある” か)
個人の発想と能力には限界があり、高度な文明を築くには一定以上の知的水準にある群衆の力が必要と嘯くにも拘わらず、知識や技術を交渉材料にしてくる喰えない淑女の微笑が脳裏に浮かぶ。
功利主義的な側面を持つニーナ・ヴァレルにとって、知的財産の独占は好ましくないが、碌な対価を支払うことなく欲するだけの愚者も慮外なのだろう。
状況次第では無為に敵を作りそうだと苦笑いする内にも、補助魔導核の開発に関する計画は詰められていき、臨時の部会は解散となった。
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