お城に帰るまでが遠征です!
なお、大破したクラウソラスの二番騎及び三番騎はリヒティアの公都にある工房で修理する運びとなり、細かい手筈を整えておくように文書など認め、現地の駐在官に借り受けた伝書鳩で送る。
言わずもがな戦死者の家族に対する補償も必要なので、そちらは留守居役の魔術師長に取り計らってもらい、公国から支払われる謝礼金を宛がうつもりだ。
ひと仕事終えた帰りの道すがら、これからすべき事後的な諸々《もろもろ》に思考を割きつつ、その一環として念話装置の共有回線を使い、後方のスヴェルS型に語り掛ける。
『琴乃、率直に聞くが… このまま続けられそうか?』
『ん~、多分、大丈夫だと思う』
初陣が思いのほか激戦となったのを鑑みれば、彼女が騎体を降りると言い出しても不思議ではないものの、明け透けな言葉が返ってきて少々面喰う。
『リヒティアの軍人さん、騎士国よりも多くの犠牲を出してたけど、戦わないと公都で見掛けた難民の人たち、一杯死んでたよね?』
『概ね、その通りだな』
ありきたりな事実を飾らずに伝えて待つ事暫し、沈思黙考していたのだろうポニテの少女が小声で呟く。
『…… もう少し頑張るよ、あたしの知らないところで皆に死なれても嫌だから』
『無理だと感じたら遠慮なく言ってくれ、意思は尊重する』
『ありがと、その時は蔵人さんの側室になる。ちゃんと養ってね♪』
『それはイザナ… いや、小姑殿に相談すべきか』
すぐさま王城の空き部屋に拉致されて、隻眼の魔術師に矯正指導される光景が思い浮かび、乾いた笑いが漏れた。
それでなくとも、日頃から鍛錬や書類決裁等でイザナと一緒の時間を過ごせておらず、この援軍派遣に至っては二週間近くも放置している有様だ。
流石に申し訳なく思っていると、前方を歩む双剣仕様の巨大騎士から割り込みで念話装置経由の言葉が届く。
『何やら聞き捨てならないね、側室の件はエレイアが先約だよ』
『まぁ、お兄様ったら♪』
『矢鱈と懐かしいな、あれは本気だったのか……』
『勿論、生涯最高の伴侶を妹に選ばせるのは兄の務めだろう?』
さも当然の如く即答するロイドに溜息して、月ヶ瀬家の兄妹と出会った頃を思い出しながら、どう切り返してやろうかと思案している最中にコホンと可愛らしい咳払いが聞こえてきた。
『お兄様と添い遂げられない以上、独り身で朽ち果てるのも吝かではありませんけれど、クロード様さえ良ければ宜しくお願い致します』
『丁寧なだけで、二番煎じのように言われてもな』
『ふふっ、紛れもない事実ですから』
『くっ、なにか言い返してやってくれ、レヴィア』
微塵の呵責も感じさせず、御無体な台詞を吐くエレイアに呆れて、先ほどから大人しい後部座席の魔導士娘に助けを求めれば、やや不機嫌な音色が耳元で響く。
『むぅ~、ロイドさんの話は初耳。というか、そっちは楽しそうだね、私が満身創痍のベルちゃんを必死で制御してるのにッ!!』
『可笑しいな、最初は真面目な話だったはずが……』
『ごめん、蔵人さん、脱線させたのあたしだわ』
若干の恨みがましさを滲ませた相棒の言葉通り、乗騎たるベルフェゴールは出力限界を超えて稼働させたことでガタがきていた。
魔導炉の改造を担い、種族特有の自律型魔導核に因んだ “獅子心王” の銘まで与えた双子エルフに責任は取らせたが、出先での補修作業には限界がある。
それ故に動力を制御するレヴィアの負担は大きく、愚痴る彼女を琴乃と一緒に宥め透かしながら、旅程を消化していた頃…… 騎士国の王城では、物憂げなイザナが御付きの女魔術師と午後の紅茶を嗜んでいた。
『…… それにしても、やはり犠牲は出ますか』
ぼそりと独り言のように紡ぎ出された言葉を聞き、隻眼を閉じたサリエルは一昨日に設けられた伝令小隊との謁見を思い返す。
リゼル・リヒティア・バルディアの三国に渡る連合軍が “滅びの刻楷” を撤退させたことや、伴侶である騎士王と幼馴染みの少女らが健在だという報告を受け、思わず綻んだイザナの表情は続く言葉で曇ってしまった。
(他国の損耗率を考えるなら重畳と言えなくもありませんが、そういう問題ではないのでしょうね)
心根の優しい妹分を元気づけるため、姉代わりの女魔術師はフィーネ嬢自家製の乾燥カモミールが使用された香草茶を一口だけ飲んでから、諭すように語り掛ける。
「戦争に人的被害は付き物、騎士達は承知の上で護りたい誰かを想い、戦地に赴くのです。待つ身としての心苦しさはあれど、帰還してくる皆を暖かく迎えましょう」
「ありがとう、エル姉さん。気を遣わせましたね」
僅かに微笑んだ高貴な黒髪少女は両手で抱え持った木彫りのマグを傾け、精神安定の効果もあるという琥珀色の液体を飲み干した。
これから居残り組のライゼス副団長や、ブレイズ魔術師長と遠征組に関連した打ち合わせがあるため、気落ちしてばかりではいられない。
王都エイジアの臣民はリヒティア公国への援軍派遣を周知しており、先んじて状況を伝える “御触れ” なども必要だ。
(文屋さんが市井に広めてくれるので、文章を書くだけの簡単なお仕事ですけどね)
抜け目のない重臣達は大衆向けに誇張した表現を好みそうなものの、クロードは過剰な吹聴を嫌う性格なので、ここは頑張らなければと意識を切り替えたイザナが茶会の席を立つ。
そんな彼女の密かな奮闘を知ることなく… 夕刻に凱旋してきた想い人は疲れていたのか、湯浴みと食事を手早く済ませて、言葉少なに就寝するのだった。
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