鈍色の浮遊多面体を穿て!
距離的に判断して、今から目的地の岩場まで進出すれば、精霊門周辺の異形達がゼノス団長率いる本隊に惹き付けられた隙を狙えるだろう。
右手に握り込んだ特殊な兵装、 “雷槍” の石突を杖代わりにクラウソラス四番騎の躯体を起し、動き出そうとするものの… 予定の刻限より半時ほど早いために慎重を期するつもりか、ロイドの二番騎は片膝を突いたままだ。
『孫氏曰く、兵は拙速を尊ぶ』
『ふぇ、何それ?』
気の抜ける声を零したレヴィアには伝わらなかったが、祖先が柳生の系譜という月ヶ瀬の兄妹には通じたようで、兄びいきのブラコン魔導士が不満げな声を出す。
『“急いては事を仕損じる” とも言いますよ、クロード様』
『 徒に時を無駄にするのも得策じゃない、敵方が精霊門に近づかれるのを嫌って、想定より手前で仕掛けてきた可能性もある』
その場合、交戦の場と破壊目標の位置が離れすぎていると、あまり奇襲による前線の動揺を誘えないが… ここまで事を進めてしまえば変更も難しく、予定通りに行動する他はない。
似たような結論に至ったと思しき兄が同乗する妹のエレイアを窘め、自身の騎体を立ち上がらせて、付近に集まっていた斥候兵達に疑似眼球を向けた。
『水先案内、ご苦労だった』
「ロイド卿、クロード卿もご武運を……」
どうにも騎士扱いされているようで、違和感しかない敬称を付けられたが、名も知らぬ斥候隊長殿は大真面目な雰囲気だったので、巨大騎士の首を動かして頷かせ、大森林の川沿いを遡上する形で駆け出す。
恐らく、細心の注意を払っても、奴らの警戒網の中では小型種らの目を欺くことは出来ないため、残存する彼我の距離は一気に詰めるしかない。
『念のため確認しておくけど、僕たちの最優先事項は精霊門の破壊だ』
『あぁ、陣取っている地竜とやらは二の次だな』
あくまでも本命は “滅びの刻楷” が設えている橋頭堡の破壊であり、それは全てにおいて優先される。
一度、自国内に作られてしまえば、大小様々な異形の怪物が次元を越える門から溢れてしまうため、是が非でも稼働前に破壊する必要があった。
事前の取り決めでは、俺達と銀髪碧眼の兄妹が駆る練度の高いクラウソラスで一撃離脱の奇襲を済ませた上、目標を破壊後に本隊と合流して手強い地竜を討ち取る手筈となっている。
『何気に面倒な事だなっと』
「グガウゥウッ!?」
愚痴を漏らしつつも、斜め前方の木々の合間から飛び掛かってきた体長 8メートル前後の梟熊に対して、騎体の膝蹴りを喰らわせ、倒れた獲物の頭に雷槍の穂先を突き刺す。
先を進むロイド達の二番騎も、同じく中型種の異形に分類される猪型魔獣の突進を器用に躱し、すれ違いざまに添えた左掌から紫電を走らせて斃していた。
『…… レヴィア、騎体でも魔法が使えるのか?』
『ん、威力を絞らないと、すぐ燃料切れになっちゃうけどね』
前以って教えてくれよと溜息を吐き、此方の存在に気付いて集まってくる小型種や中型種を振り切るため、クラウソラス四番騎の移動速度を上げていく。
幾ら巨大騎士より小さいとしても、群がられると身動きが取れなくなって殺られてしまうので、小兵だからと侮ることはできない。
それ故に騎兵や歩兵が随伴する意味は大きいのだと、斥候兵達に教えてもらった話を思い出す傍ら、足元にいた小型種の魔獣を蹴り飛ばして進めば視界が開け、清らかな湧水が所々《ところどころ》に流れる広い岩場へ出る。
思惑に違わず、騎士団本隊の攻勢を迎え討つため、多くの異形どもは出払っていたようだが… 此方よりも大柄な全高 20メートル以上は在りそうな四つ肢の地竜に加え、中型及び小型の魔獣数匹が陣取っていた。
『雑魚を纏めて薙ぎ払う、両手を突き出して!』
耳元に響くレヴィアの声に従って、雷槍を地面に突き刺し、自由にした騎体の両掌を突出させれば周囲の風が瞬時に集まって、大気を高密度に凝縮させた弾丸が形成される。
『切り裂いて、炸裂風弾!』
『うおッ!?』
赤毛の少女が紡いだ魔法のせいか、巨大騎士と接続された身体から活力(魔力?)が抜けて惑う中、射出された風弾が異形どもの頭上で炸裂した。
「「グギャアァアアッ!?」」
「「ギッ、ギィイイァアァッ!!」」
小さな無数の風刃が中型種以下の魔獣を切り刻み、血煙など巻き上げながら巨大な魔法陣と鈍色の浮遊多面体を露にするや否や、低い姿勢でロイドの騎体が疾走する。
『一撃で決める』
寸前の攻撃によって斃れた小型種の骸を踏み砕き、勢いのまま吶喊した巨大騎士は怪しげな物体目掛け、信管接続済みの雷槍を突き刺す。
渾身の突撃に伴う轟音と爆炎が生じて、精霊門の中核となる浮遊多面体は粉々に弾け散っていくが……
「ルォオオォオォオオ!!」
『ッ、兄様!』
苛立たし気な咆哮と共に地竜が旋回し、質量にモノを言わせた強烈な尾撃がクラウソラスの二番騎に叩き込まれた。
『ぐぉおおぉおおッ!?』
『きゃああぁあぁ』
『ロイドさん!!』
鈍い打突音とレヴィアの声に触発されて騎体を走らせ、吹き飛ばされつつも自ら転がることにより、相応の距離を開けた二番騎と地竜の間に割り込む。
その際に見えた月ヶ瀬兄妹のクラウソラスは腹部に損傷を受け、血のような赤い魔力液を花弁の如く散らせていた。
『大丈夫か、二人とも?』
『ぐッ、動けるけど…… 』
『中破の判定が出ています』
得物の鉄剣を地面に突いて、手負いの二番騎が身を起そうとすれば、風魔法による先制攻撃を生き延びた中型種の異形が二匹、素早く弧形を描いて迫る。
「「ガァァアァッ!」」
『ちッ、一匹は自分で仕留めろ』
叫びながら四番騎の雷槍を繰り、右側から肉薄する大猿の胸を刺し止めて振り返ると、向こうも左側から抜けた大蛇の首を跳ねていた。
ただ、一番厄介な地竜が健在なので、危機的な状況は変わらない。
業火を口腔に湛えた大型種の異形が唸り、灼熱のブレスを吐くためなのか、大きな顎を開けた。