首都ヴェルン近郊の戦い
そこで野営準備を始めた公国軍第一連隊の護衛に付き、一通りの設営が終わってからは彼らが夕食を済ませるまでの見張り役も買って出る。
騎乗するベルフェゴールの向きを少し動かすと、仄暗い夕暮れ時の中で集まり、幾つかの小集団となって腹を満たす兵士達が疑似眼球に映り込んだ。
『あの湯煎してる缶詰って、やっぱりアイウス帝国産なのかなぁ』
『もっと言えば、ゼファルス領の供与品だろう』
何気なく掛けられたレヴィアの言葉に誘起される形でニーナ・ヴァレル本人より、直接聞いた昔話を思い出す。
前領主に拾われた当時の女狐殿が冬場を見据え、領内に広めた携行保存食は各地へ伝播していき、今や騎士国でも作れないことはないが… 先ほど垣間見えた薄いブリキ製の軽量かつ、蓋を開けやすい逸品は発祥地たる某都市の工場でしか造れない。
『ね、私達は何の缶詰食べる? 北海産鱈の煮付けとか食べたいなぁ』
『内陸国の手前、海魚は頂ける機会が少ないからな』
因みに缶詰自体は同様の物が二人分あるため、別々に好きな物を食べれば良いものの、彼女の口振りだと合わせた方が食事中の話は弾むかもしれない。
そんな些事を考えながらも、レヴィアと当たり障りのない雑談を交わしていたら、近場にいる双剣仕様のベガルタより、念話装置の機能である騎体間の秘匿回線を通じてロイドの声が届いた。
『クロード、敵方の夜襲はあると思うかい?』
『そうだな… あるなしの二択なら五分五分だろう』
周囲に漏れない会話なので気安く呼び掛けてきた月ヶ瀬家の兄騎士に向け、単純に数字的な部分だけを指摘すれば、透かさず妹魔導士が突っ込みを入れてくる。
『私見ですけど、ほぼ外敵が存在しない大型種の異形達は基本的に昼行性なので、相手方も夜戦は選び難いはずです』
『ん、私も今夜は大丈夫だと思う』
などと宣う銀髪と赤毛の少女らは楽観的だが、甘い見通しは致命傷になり兼ねないことを忘れてはいけない。さっき “五分五分” という表現を用いたのはあくまでも客観性を失わないためだ。
『二人とも、夜間の襲撃は想定していた方が無難だぞ』
『僕も同意見だよ、油断は禁物だからね』
『あぅ、兄様の迂遠な念押しに引っ掛かったのです』
『ロイドさん、それが言いたかったんだね』
やや不満げに呟いたレヴィアの声など聞きつつも、気を引き締めて野営地の警戒に当たり、公国側の騎体と交代した後は借り受けた天幕で一夜を過ごす。
結局、深夜に訪れてきたのはバルディア王国の四騎小隊ぐらいであり、寧ろ歓迎されるべき同盟国の輩だった。
そうして一夜明け、“滅びの刻楷” を首都圏で迎撃するための陣形を整えてから程なく、地平線より姿を現した怪物どもの軍勢に藍色髪の騎士が悪態を晒す。
『ちッ、結構いやがるな』
『厳しい展開になりそうだけど大丈夫、コトノ?』
『うん、私は後衛だからね、弓道やってて良かったかも?』
『……こっそりと狙い撃つ』
火蓋が落とされる束の間、改造騎のガーディアに同乗するリーゼが後輩組を気遣えば、無理に平常心を保とうとするような返事が戻ってきた。
少しだけ心配な気持ちが増した金髪緋眼の女魔導士は内心で溜息を吐き、後部座席からディノに語り掛ける。
『後ろに抜けられないよう、注意しないとね』
『分かっている、善処はするさ… 足元を掬われない範囲でな』
僅かに瞑目して応える傍ら、蛮勇に大切な相手を巻き込まないため藍色髪の騎士が自身を戒めていれば、先駆けてくる小型種の異形らに公国軍の銃兵隊が得物を構え、挨拶代わりの鉛玉を喰らわせた。
「「ギャウゥウッ!?」」
「「グォオオォアアァッ」」
「前列後退しろッ、次列は射撃準備だ!」
「「了解ッ、来るぞ!!」」
前後を入れ替えようとした各隊目掛け、斃れ伏した同胞を乗り越えてきた魔獣の背上より、小鬼兵達がクロスボウの矢を放つ。
「ゼクトレス、ヴァズア! (舐めるなよ、猿どもが!)」
「ギゥレィアァァッ (死に晒せやあぁぁッ)」
「うあぁッ、血、血が……ッぅ」
「ま、待って…くれ、なんで…」
動きやすさと費用の都合で軽装な銃兵らを鏃が穿ち、当たりどころが悪かった者達の命を掻き消していく。
第二射が侭ならない状況に即応して、陣形の隙間を抜けた槍兵隊の者達が前面に出張る様子を眺め、初陣の琴乃は思わず悲鳴染みた声を上げてしまった。
『蔵人さん、早く援護をッ、人が死んでる!!』
『落ち着け、俺達の相手は大型種どもだ』
『先ずは前方のディサウルスを排除する』
『『うぉおおおぉッ!!』』
第一連隊を指揮するヴィクトの号令一下、公国側の騎体が前方で小型種と戦い始めた兵卒達を避け、左方から廻り込んで巨大な銃脚類に立ち向かう。
騎士国側も右方から廻り込んで交戦しようとすれば、敵勢の本陣で前衛など担う怪物どもが次々と歩く速度を緩めながら地面に伏せて、輝く錫杖を高天に翳す魔導士型のヒュージ・スケルトン達が露となった。
「「ォオオオォオオ」」
『総員、伏せろッ!!』
『惑星の加護を此処に』
咄嗟に各騎が防御体勢を取るのに反して大地へ左掌を突いた団長騎より、操縦者であるゼノスの大声が響き渡った直後、義娘のフィーネが得意の土属性魔法 “ストーンヘンジ” を発動させる。
幾本もの巨大石柱が瞬時に聳え立って円弧状の防壁を形づくり、飛来する無数の魔弾を受け止めた上で砂塵となって崩れた。
『…… 有用性が高そうな魔法だな』
『そうだろう、陛下。自慢の義娘だからな!!』
『褒められても、あと一回くらいしか使えませんよ?』
クラウソラスL型の動力を制御する亜麻色髪の少女は澄ました態度で、燃費の悪さを根拠に謙遜するが……
その防御効果は高いらしく、騎士国の面々が無傷なのにも拘わらず、公国では運悪く被弾した騎体のうち、二体が継戦不可能な損傷を受けていた。
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