常在戦場は王の嗜み
長時間の移動による疲れがあったのか、小難しい事を考えている内に自然と眠りへ落ち、次に浅く意識が覚醒したのは窓から朝日が差し込む時間帯だった。
目を覚ませと囁いてくるような小鳥達の囀りに抗い、幾らか眩しさがましな廊下側へ寝返りを打つ。
(朝の鍛錬は… 出先でくらい、さぼっても構わないか)
などと腑抜けた思想に染まり、二度寝に突入して暫く経った頃、突然に騒々しく部屋の扉が叩かれた。
「クロード、起きてる? 朝だよ」
「寝てる、静かにしてくれ……」
反射的にレヴィアを追い返すべく、素っ気ない態度であしらったものの、態々《わざわざ》呼びに来るという行為を省みるなら、想定よりも寝過ごしていたのだろう。
つまり、あっさりと彼女が引き下がる可能性は低い。それを承知で動く気にならないあたり、少々寝惚けているようだ。
「あぅ~、斯くなる上は突撃あるのみッ!」
何度か声を掛けてくれていた赤毛の少女が唸り、躊躇いなく部屋に押し入ってきたのと、俺がベッドで上半身を起こすのは同時だった。
「あれ、もう起きてたの?」
「つい、さっきな」
拍子抜けした感じで歩み寄り、途中にある卓上から掴んできた軍服の白シャツを手渡してくれるのは良いのだが… 何やら、無遠慮な視線を向けられてしまう。
「どうした、酷い寝癖でも付いてるのか?」
「ううん、寝起きのクロードって新鮮だし、改めて見ると逞しいなって……」
今は身体にフィットする軍用アンダーウェアの上下を着ているだけなので、ボディラインや鍛えた筋肉の付き方がはっきりと分かるらしく、やや赤面したレヴィアは所在なさげに緋色の瞳を逸らした。
彼女の仕草が政略的に婚姻を結んだ当初のイザナと被り、何処か微笑ましいものを感じつつも、指摘すべきことは忘れずに伝えておく。
「…… ベッドカバーで隠れている下もアンダーウェアだぞ」
「はうぅ、廊下で待ってる」
すごすごと退散する赤毛の少女を見送って、いつもの如く着慣れた軍服を纏う。
寝癖は水桶へ突っ込んで濡らした手を櫛代わりにして整え、簡素な身繕いを終えてから、待たせるのも悪いので室外に出た。
「朝の挨拶を忘れていたな、おはよう」
「ん… もう食事の時間、ぎりぎりだけどね」
くるりと身体の向きを変えて、窓ガラス越しの陽光を受けながら歩き出したレヴィアの背中に続き、昨日も夕飯など頂いた一階の食堂に足を向かわせる。
そこで駐在官のザイゼルも交えた身内の面々《めんめん》が揃うのを待ち、切り込みのある裸麦パンにスクランブルエッグやハムを挟んで齧りついた後、ミランダ嬢と衛兵隊に送り出されて首都ヴェルンを発った。
負担にならない範囲で巨大騎士の移動速度を上げ、陥落した迎撃都市が位置する公国の中西部へ進むこと一刻半ほど、隊列の先頭に立つ改造騎 “ガーディア” からディノの言葉が念話装置で皆に送られてくる。
『前方に騎影多数、第一連隊の連中と思われる』
『確か、独自開発のアルブスも混じってるのよね?』
『そうらしいな、興味あるのかリーゼ』
『ん、ちょっとは……』
僚騎との共有回線を使っているため、漏れ聞こえてくる二人の取り留めない会話に触発されたらしく、湿原で拾われた経緯のある琴乃が気軽に絡む。
『あたしも狙撃仕様のS型とか、興味あるかも』
『私達のスヴェルも主兵装が弓だから』
某部活少女と共に騎体を駆る魔導士イリアの補足が契機となり、巨大な弓矢を試行錯誤の末に完成させて、実装まで漕ぎ着けた技師らの奮闘が自ずと瞼に浮かんだ。
もし、随伴していれば、双子エルフの娘達を筆頭に見知らぬ騎体へ興味津々で群がっていき… 此方に様々な苦情が殺到するのだろう。
『ともあれ、公国軍との合流は問題なさそうだな』
『まだ、多少の距離がありますけどね、クロード様』
巨大騎士の全高は相応にあるため、その疑似眼球で見渡せる範囲もかなり広く、遮蔽物がない原野では月ヶ瀬妹の指摘通り、小さく見えてからが長い。
賢い女狐殿なら地球半径と視座の高さを計算に入れ、見えている水平線までの距離を割り出せそうだが、生憎と俺には不可能な芸当だ。
『騎体の巡行速度で四半刻足らず、といった様相か……』
『いや、僕の感覚だと、そんなにも掛からないと思うけどね』
微妙に悔しくはあれども、此方より長く騎体に乗っているロイドの言葉は正鵠を射ており、結局のところ思っていたほどの時間を掛けずに友軍の下へ到達した。
俄かに敗残の兵らが歓声を上げる中で、薄青色の巨大騎士が進み出ると、外部拡声器の振動板を揺らせる。
『公国騎士団、第一連隊で副長を務めるヴィクト・エルアトルだ。最初に確認させてもらおう、卿らは同盟国の援軍で相違ないか?』
『応ッ、王都エイジアから駆け付けてきた騎士団長のゼノス・ダンベルクだ』
相手方に合わせて前面へ移動したゼノス団長が聞き慣れない姓を名乗り、クラウソラスL型の顏を自騎に向けてきた。
『そちらの王は戦場に立つのが慣習でしたな。お初に御目に掛ります、陛下』
『あぁ、宜しく頼む』
率直な言葉と乗騎の挙動にて、跪こうとしたアルブスS型らしき騎体の挙動を止め、苦手意識が消えない格式ばった挨拶を避ける。
『案外、話の分かりそうな御仁で助かります。見ての通り無様に敗走中ですが、このままでは終わりませんよ、終わらせるものか』
底冷えするような怒気混じりの声に頷き、質素な昼食など取りつつも双方の要人で当面の行動指針を詰めた結果… 俺達は16km北東の地点へ後退することになった。
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