陛下、それは自爆…… もとい、やり過ぎというものです by フィーネ
夜分ではあれども駆動音に引き寄せられ、時折通りに面した建物の窓から好奇を含んだ視線など向けられる中、乗騎たるベルフェゴールを闊歩させて公都の中心部まで向かう。
城郭の入口で待ち構えていた衛兵達に駐騎場まで誘導され、昇降用のワイヤーペダルで手狭な操縦席より地面に降りると、公国側の官吏が歩み寄ってきた。
「ようこそヴェルンへ、此度は援軍要請に応じてくださり、感謝の限りです」
「延いては自国の為だからな、そんなに気遣われると心苦しい」
「ふふっ、リゼルの騎士王殿は噂に違わず愚直な方ですね。宿泊して頂く兵舎に私も控えておりますので、御用の際はこのミランダに申し付けてください」
薄く微笑んだ妙齢の淑女に首肯したところで、傍に来ていたゼノスが遠慮の欠片もなく野太い声を響かせる。
「ありがたい、此方での夕食を当てにして、まだ食べておらんのだ」
「うぐぅ、義父様… もっと言い様があるでしょう」
「構いませんよ、厨房の料理人に暖かいものを用意させましょう」
快く応じてくれたミランダ嬢は素早く視線を巡らせ、巨大騎士から降りてきた皆の人数を把握すると、衛兵の一人に細やかな指示を出す。
隣で傾聴していたレヴィアが “やった” と嬉しそうに呟くのを聞き流しつつ、無視できないほどに大きくなってきた車輪と石畳が鳴らす音へ振り向けば、駐騎場に乗り入れてくる二頭引きの馬車が視界に入った。
「どうやら、貴国の駐在官殿も戻られたみたいです」
耳触りの良い声で指摘された通り、滑り込んできた馬車には第三代騎士王に由来すると思しき、清和源氏の家紋を西洋化させたリゼルの国章が刻まれており、公都防壁で知己を得たばかりのザイゼルが降りてくる。
取り敢えず、主要な人員は揃ったことから、魔力灯の明かりが漏れる兵舎の階段室に場所を変えて、其々《それぞれ》が借り受ける部屋を選ぶという段となり… 銀髪碧眼の魔導士娘、エレイアの発言が物議を醸す。
「私のことはお構いなく、お兄様と一緒に泊まりますので」
「え゛、でも間借りする部屋のベッドは一つだよね?」
事前の説明だと、此方に割り当てられた兵舎の一部は将校専用の区画であり、すべてが個室となっているため、疑問を呈したレヴィアは正しい。
ただ、そのやり取りで騎士団の面々《めんめん》が注目するにも拘わらず、渦中のロイドは爽やかに言ってのける。
「別に珍しいことでもないかな? 結構、僕のベッドに潜り込んでいるからね」
「寒い冬場とか、先に寝床を暖めておくのは妹の勤めです♪」
「何やってんのよ、あんた達……」
若干、引いた様子で月ヶ瀬の兄妹から離れた琴乃に対して、勝ち誇った表情を浮かべたブラコン娘に呆れていると、軍服の袖を軽く引っ張られた。
何事かと向けた視線の先、悪戯っぽい仕草で赤毛の少女が小首を傾げ、ここぞとばかりに揶揄ってくる。
「ね、クロード、私達も同室にする?」
此方が戸惑うと思って、レヴィアは身体を摺り寄せてきたものの、生憎と頻繁に同衾してくるイザナのお陰で様々な耐性は獲得済みだ。
「あぁ、柔らかい人肌の温もりは悪くない」
「はぅ!? ち、ちょっと待って!!」
意趣返しに隻眼の魔術師サリエル直伝の手管を使い、自然な動きで少女の腰に腕を廻して引き寄せ、胸元にすっぽりと抱き留める。
「うぅ… 駄目、皆が見てる」
「大丈夫さ、冗談だからな、ははっ」
種明かしと共に赤毛の頭をポフり、真っ赤になったレヴィアを腕から解放したのだが、何故か俺にも琴乃の冷たい視線が突き刺さり、反応に窮する一同に気付かされてしまった。
微妙な空気が漂うこと数秒、フィーネが可愛らしく咳払いして場を取り持つ。
「陛下、それは自爆… もとい、やり過ぎというものです」
「すまない、退き際を間違えてしまったようだ」
「むぅ、仲良きことは……」
「その台詞は要らないぞ、ゼノス」
何やら、出立前の折、耳にした言葉が無為に筋骨隆々な団長殿から聞こえてきたので、みなまで言わせずに遮った。
改めて客観的に考えれば魔術師長や、イザナの御付き魔術師に目撃された場合、書類仕事を上乗せマシマシで押し付けられたり、城の空き部屋に拉致されて矯正指導を受けたりするのは必定。
(…… らしくない振る舞いは避けるべきだな、後で詫びよう)
俯いて黙り込んだ赤毛の少女を見遣り、ひとりで反省する間にも皆が動き出して、上階の好きな部屋へと散っていく。
此処に残っていても仕方ないため、俺も足を踏み出そうとしたら、レヴィアに上着の裾を掴まれ、恨めしそうな表情を向けられてしまった。
「“蜂の巣箱” の焼き菓子を所望」
「分かった、それで手を打とう」
ささやかな帰国後の約束が出来たのを心に留めながらも兵舎の三階へ上がり、適当な部屋の扉を念のために叩いて、誰も居ないことの確認を済ませてから室内に入る。
そこで剣帯や軽装の防具などを外して軽やかとなり、階下の食堂に集まって皆と遅めの夕食を取った後、将校向けの個室に備え付けられた簡素なシャワーを使わせてもらう。
早ければ明日、遅くとも明後日には戦闘となるので、余計な時間を取らずにベッドへ潜り込み、意識を手放し掛ける寸前… 多分、面識が出来たばかりな相手の気配を廊下側に感じた。
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