敵は精霊門にあり!
設営に手間を取らされる大型の幕屋といえども、そこまで内部に収容可能な人数は多くないため、招集された人員は騎士団長を含むクラウソラスの操縦者と魔導士、騎兵隊や歩兵隊などを率いる頭目の十数名に留まる。
(副団長の傍にいるのがアルド騎兵長、その隣がデレス歩兵長だったか?)
両名とも戦闘終了後に手際よく中隊規模の兵卒、二百名くらいを纏めていたのが印象的で、此方の記憶に残っていた。
昨夜、天幕の中でレヴィアに聞いた限りだと、巨大騎士は大型種の対応を迫られることから、小型種の異形は生身の一般兵科が相手をするらしい。
折に触れて、そんな話を思い出していたら、いつのまにか寄り添っていた赤毛の少女が手を伸ばし、跳ねた後ろ髪を直そうとしてくれる。
「もう、朝から寝癖をつけたまま何処に行ってたの?」
「すまない、一声掛けるべきだったな」
「私語は慎め、二人とも」
「はぅ、すみません」
小声の遣り取りだったものの、しっかりとゼノス団長には聞こえていたようで、注意された此方に皆の視線が集まってしまう。
恥ずかしそうに項垂れたレヴィアに倣い、俺も恐縮の意を示しておいた。
「さて、始めるとするか」
「先ず敵方の動きだが、斥候隊の報告によれば精霊門の周辺で護りを固めている。その数は此方が擁する兵力の倍近い」
さらりと告げられた副団長の言葉に皆の表情が険しくなるも、実戦経験の豊富な団長殿が笑い飛ばす。
「雑魚の数など問題にならん、重要なのは大型種だろう。なぁ、フィーネ」
「義父様、また適当なことを… ライゼス様、そちらの数は?」
「我らと同じく五体だが、その内一体が地竜だぞ」
「どの道、倒せなければ先がない、此処が分水嶺だ」
然したる悲壮感もなく、剛毅さを見せる御仁に釣られて、他の面々《めんめん》も緊張感を和らげていく。若干、脳筋なゼノス団長と神経質なライゼス副団長の組合せは、わりと良い相乗効果があるらしい。
なお、敵方は陣地から二十キロメートルほど先の水源地に精霊門を構築している途中であり、知性体に含まれる不死族の姿もあったという。
幾つか、手持ちの情報を軍議で更新した後、レヴィアと少し遅めの朝食を摂っていたら、徐にディノが歩み寄ってきた。
「昨日は世話になったな、いずれ借りは返す」
「あぁ、勝ち逃げする気はない」
鋭く睨み付けてきた視線を真っ向より受け止めると、舌打ちした藍色髪の騎士は一般兵科の者達が集う場所へと移動する。
「…… ディノ」
「何やら、騎兵隊に組み込まれたそうですね」
「まぁ、新しい騎体が配備されれば戻ってくるさ… あ、隣いいよね?」
心配そうに幼馴染を見送るレヴィアに断りを入れて、食器を持った月ヶ瀬の兄妹が傍に腰を下ろした。
「朝に会って以来だが、新たな用件でも?」
「ご明察、僕らにライゼス様の指名があった」
「暫く、ご一緒させて頂きますね」
端的に言われても理解に苦しむので仔細を聞けば、別行動で斥候隊と精霊門の西側に廻り込み、騎士団の本隊が正面から攻撃を仕掛けている間に隙を突けとの事だ。
接敵から早い段階で標的を砕き、数に勝る敵方の士気を挫く意味があるのだろう。
「結構な大役じゃないか……」
「だから兄様と貴方なのですよ、クロード様」
「買い被られたものだな」
「うぅ、緊張するよ、お腹痛くなってきた」
不安そうな表情で腹部をさするレヴィアの頭をポフり、本隊に先んじて出立する必要があったので、手早く残りのパンとスープを腹に詰め込む。
少数の斥候兵に導かれた俺達は大森林の樹々《きぎ》に紛れて迂回路を取り、“滅びの刻楷” の異形どもが拠点とする水源の岩場に向かう次第となった。
その道すがら、巨大騎士が闊歩しても問題ないほどの広大な森や、自生する巨大な植物に視線を奪われ、思わず感嘆の溜め息を吐く。
(地球ではありえない光景だな)
異質な世界へ迷い込んだのを実感していると、前を進んでいた斥候隊の指揮官が片手を上げる。それに合わせて月ヶ瀬の兄妹が騎体を跪かせたので、此方も和を乱さずに駐騎姿勢を取った。
『クロード殿、聞こえるかい?』
『あぁ、特に不備はない』
クラウソラスの内部に設えられた短距離想定の念話装置は良好で、明瞭なロイドの声が脳内に響く。
因みに秘匿性を求められない平時なら、神経節を含んだ人工筋肉に埋もれて一体化しているため、騎体の聴覚器と発声器を併用した斥候兵との会話も可能だ。
「ロイド卿、此処より先は異形どもの警戒域なので、これ以上の浸透は困難です」
『標的まで3キロメートルと言ったところか。残りは開戦と同時に駆け抜ける』
『太陽の位置から判断して、まだ少し時間がありますね、兄様』
『クロード、今のうちに水分補給しておく?』
耳元で囁くようなレヴィアの声に擽ったさを感じつつも、前方の空を眺めて丁重に否定の言葉を返す。
『いや、予定より仕掛けが早いようだ、遭遇戦になったんだろう』
『根拠は… 鳥の群れか』
鋼鉄の指先で示した方角、騎体の疑似眼球に飛び立っていく無数の影が映り込み、既に交戦が始まっていることを窺わせていた。
鳥の動きで敵を知るというのもアリがちですけど、書いちゃいました(*'▽')