朱に交われば赤くなる
一方、リヒティアの公都であるヴェルン駐在の武官より、使い魔の白鷹で援軍要請に係る書面を届けられた騎士国の王都エイジアでは…… 整備兵らが工房と駐騎場を慌ただしく動き廻り、巨大騎士の出撃準備を整えていた。
先日、性能評価試験を終えたばかりの白地に黒い装甲が混じった国産騎 “スヴェル” も派遣対象となるため、幾人かの錬金術師や鍛冶師が集まって、最終的な各部のチェックに励んでいる。
<いよいよ、実戦… 大丈夫かなぁ、あたし>
誰に聞かれても大丈夫なように気遣い、女性向けの軍服など纏った石堂琴乃は日本語で不安を漏らしながら、いまだ調整中の自騎を仰ぐ。そこには相棒となる魔導士イリスが乗り込み、中枢部や炉心の状態を確認していた。
どうやら年齢差がないのもあって、控え目な性格をした少女とはすぐに打ち解けたものの、万一の際に彼女を巻き込んで戦死するのは頂けない。
(いや、違うわね、自身の恐怖をすり替えてるだけかな?)
迷った時は独りで抱え込まず、相談するのが手っ取り早いと考える性格の琴乃は周囲を見渡して、ここでは数少ない信頼できる同郷人を探す。
快活に見えて現実主義者なポニテ少女の胸裏を覗けば、人に対する優先順位が決まっており、特段差別されてなくとも自分を “稀人” という余所者にカテゴライズした現地人より、同輩たる日本人に重きを置く傾向があった。
現状だと騎士王である蔵人や、西方大陸の共通言語を教えてくれた宗一郎氏が特別枠であり、次に色々と面倒を見てくれた同性のリーゼ、その恋人(と勝手に思っている)ディノが続く。
ただ、木箱に腰掛けて視線を泳がせたところで手頃な人物は居らず、何故か魔術師長の娘と目が合ってしまい、予期せぬ相手を引き寄せる結果になった。
「ん、どしたの?」
「蔵人さん、 居ないか、探してた」
たどたどしい言葉で語り掛けると、もし尻尾があれば大振りしているような、人懐っこい態度でイヌ科の小動物… もとい、赤毛の魔導士レヴィアが応じる。
「クロードなら主副の団長と打ち合わせてるけど、もうすぐ此処にもくると思う。魔導核を自律型のAI式? に入れ換えたベルちゃんの調整が必要だから」
<ベルちゃんねぇ……>
可愛く言われようと禍々《まがまが》しい部類の王専用騎に高所作業車を寄せて、せっせと作業に取り組むのは幻想世界の代名詞である双子の小柄なエルフ娘だ。
遥かな昔に異形達との戦いに敗れた後、生き残った少数の森人達は “滅びの刻楷” に取り込まれた支配者階級の白エルフと袂を分かち、細々と隠れ里で日々の生活を送っていたらしい。
そんな折に大森林で精霊門の建造が始まり、有効な対策を打てないまま困り果てていたら、全盛期の自種族が巨大な怪物と戦うため、技術の粋を集めて生み出した “機械仕掛けの魔人” のデッドコピーと思しき、巨大騎士が現れる。
この世界のエルフは総じて機械弄りが好きなため、随分と昔に失われた人型兵器の存在に若い衆が荒ぶり、すったもんだの末に双子が調査へ赴く権利を勝ち取って… 忍び込んだ騎体工房であっさり、月ヶ瀬兄妹に捕縛されるという珍事があった。
些か間抜けな経緯ではあるが、種族的な理解力の高さと聡明な頭脳により、瞬く間に騎体関連の諸々《もろもろ》を極めて整備班の中に溶け込んでいる。
双子曰く、本質的に古代エルフ族の技術体系と変わらず、特にベルフェゴールは “機械仕掛けの魔人” にしか見えないという事だ。
「ジャックス兵長、炉心を本格的に弄っても? 名付けて “獅子心王” とか!」
「現状だと、隠れ里から持ってきた “獅子核” が活かせないのです」
「…… 生態由来の素材に対する自己修復、収斂進化、どれも眉唾ものだからなぁ」
「むぅ、失敬な!」「萌芽のような電気信号は観測されているのです!!」
特徴的な笹穂耳をピコピコさせて抗議するエルフ娘達をレヴィアと並んで見遣り、自身の中にあったエルフ像と比べた琴乃が多大な違和感を覚えていると、宰相兼任の魔術師長を従えた蔵人の姿が視界に入った。
「お二人とも、お疲れ様です」
「お疲れ様、クロードにお父さんも♪」
「レヴィ、偶には “王” を付けなさい……」
「別に構わないさ、それよりも出撃前整備の進捗はどうだ?」
御大層な敬称を付けられても気疲れするだけなので、諦め気味なブレイズの発言を受け流して赤毛の少女に問い掛け、左右の腕が非対称な黒銀の騎体に視線を移す。
「ん~、私の出番はもうちょっと後かも?」
「ミアとミラの整備は念入り、というか執着が凄いからな」
思わぬ拾い物となった双子のエルフが活き活きと自騎に取り付いているのを数秒ほど眺め、赤毛とポニテの二人に向き合えば… 物言いたげな琴乃の様子に気付いた。
恐らくは初陣なのが関係するんだろうと予測を立てて、先ずは当たり障りがないような言葉を掛ける。
<相棒はスヴェルの調整中か?>
<うん、少しだけ駆動系の調子が気になるみたい。ちょっと神経質になっているかも? 私も人のことは言えないけどさ>
はにかんで苦笑した同郷の少女を観察しつつ、何かしら彼女の負担を減らせそうな要素はないかと、粗忽な性格なりに思慮を巡らせていく。
<今回は異形の怪物どもが相手だ、対人戦闘と違って遠慮はいらない>
<と言われても… って、人を斬った経験あるの、蔵人さん?>
<あぁ、できれば御免被りたいが、やむを得ない時もある>
出張った先の帝国領で騎体の疑似眼球越しに捉えた都市ウィンザードの東門付近、壁材の破片に潰された衛兵隊や住民達の凄惨な遺体が脳裏を過り、少々陰鬱な表情を意図せずに浮かべてしまう。
<ごめん、変なこと聞いた>
<構わない、そこは問い質したい部分だろう>
励まそうとした琴乃の表情を曇らせても本末転倒なので、藪蛇だった話題を早々に切り上げ、わざと楽天的な調子で言葉を重ねる。
<公国へは機動力の高い巨大騎士隊のみで馳せ参じるが、あくまでも援軍だ。防衛上の自国利益があるにしても皆の命を懸ける場面ではない、あまり気負いすぎるなよ>
<ふふっ、考え方がすっかり騎士国の王様ね>
<………… むぅ、いつの間にやら、染まってしまったものだな>
自身の順応性に内心動揺して思わず、異国語が理解できないため、退屈そうにしていたレヴィアの頭を乱雑にポフる。
「わふッ、何故に私!? んぅ、まあ良いけど~♪」
満更でもなく、嬉しそうな一人娘とは裏腹に父親の魔術師長殿が睨んでくるが、此処は敢えて気にしないでおこう。
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