稀人の弓騎士と魔導士の令嬢
緩く握り込んだ柔らかい手を離せば、一部始終を窺っていたライゼスが念のために確認をしてくる。
「クロード王、騎士団の人員が一名増えると考えても?」
「面倒を見てやってくれ、差配は任せる」
「承知した、特別扱いはせんがな」
武人らしく質実剛健な言葉で応えた副団長殿が身体の向きを変え、早速の指示でも出すつもりなのか、金髪緋眼の女魔導士に視線を投げた。
「コトノの騎体適性を判断したい、貴様が付き合ってやれ」
「了解しましたけど… ちゃんと説明してあげてくださいね、王様」
腰まで届く金糸の髪を揺らして、小首など傾げながら見つめてきたリーゼの指摘は尤もなので、これからの適性検査について琴乃の同意を取っておく。
<ん、人型ロボットとの相性を調べてもらえば良いんだね?>
<結果次第で待遇が大きく変わるからな、朗報を期待する>
<そんな言われ方したらさ、なんか緊張しちゃうじゃない>
少しだけ戯けた感じで軽口を叩くと、ポニテの少女は言い含めておいた通り、一時的な相棒を務める女魔導士の傍に付き従った。
因みに騎体は魔導核へ登録された制御の担い手と対になっているため、検査に用いるのはクラウソラスL型改 “ガーディア” の一択だ。
普段はディノとリーゼが搭乗していることもあり、快く思われてないのは承知で一声掛ける。
「検査が終わるまで、二人の付き添いを頼む」
「…… 乗騎を壊されたら、目も当てられないからな」
偶には素直に頷けないのかと思いつつも退室する三人を見送り、残ったライゼスに琴乃が使う兵舎の個室を用意してくれと言付けたのだが…… 神経質で規律に煩い副団長殿の思わぬ抵抗にあってしまう。
本来なら、一人部屋の割り当ては準騎士以上の者を対象とするので、例外的な処遇は他の兵卒らに示しが付かないとの事だ。
「言語野に恩恵を受けてない以上、意志疎通の問題がある。それでも駄目か?」
「くどいな、単なる示唆でなく “王命” ならば私も従おう」
「こんな些事で強権を罷り通していたら、あっという間に人心が離れるだろ、此処は互いの意見を摺り合わせるぞ」
「ふははっ、心構えは一人前だなッ、我らが王は!!」
溜息混じりの言葉に呵々《かか》大笑したライゼスと交渉を続け、あの手この手で譲歩を引き出して、何とか一ヶ月間の個室使用を認めさせる。
されども適性検査の結果、一定水準以上の騎体同調率を示した琴乃は晴れて準騎士となり、この場に於ける努力は徒労に終わった。
後日、稀人の少女は新造される国産騎 “スヴェル” の専属騎士に内定し、動力の兼ね合いで使用回数的に厳しい魔法や、火薬不足で騎体兵装には向かない銃器に代わり、遠距離攻撃を補う弓矢の開発も始まる。
忙しない日々を送っているうちにゼファルス領へ赴かせた新任騎士らも戻り、修理済みのクラウソラス二番騎と五番騎を持ち帰ってきた。
これで第一世代と第二世代、完成に近い先行試作型の国産騎を含むと、王都の守護に就く巨大騎士は十体となる。
(中核都市でも精々、二~三体しか配備されてないのを鑑みれば充実したものだ)
遠征時に随伴する一般兵科も騎兵300名、魔術師兵200名、歩兵600名、整備兵100名が王都の常備軍に在籍しており、人口比率を考慮した場合には大所帯と言えた。
騎兵隊と歩兵隊の一部が輜重兵を兼ねる都合上、すべてが戦闘要員でなくとも不測の事態に即応できる兵力としての規模は大きい。
(その分だけ、責任も付き纏うか……)
少々胃が痛くなってきたので、精神的安定を得るためにも独断専行は避けようと考えていたら、御付きの魔導士ことレヴィアが此方を覗き込んできた。
「むぅ、なんか難しい顔、悩みごとなら聞くよ?」
「ありがとう、本当に困った時は相談させてもらう」
「ん、ディノと違って素直でよろしい♪」
幼馴染みを軽く貶しながらも、やや背伸びして人の頭をポフってくる赤毛の少女が満足するまで暫く待ち、二人で城郭内に設けられた小屋へ足を運ぶ。
焼けた鉄の匂いと打突音の発生源である宗一郎氏の鍛冶場に入れば、先客の月ヶ瀬兄妹が壁際に佇んでいた。
「クロードも日本刀の鍛造に興味があるのかい?」
「否定はしないが、仕上がりの報告を受けてな」
いつもの如く率直な態度で片手を振ってきたロイドに応じつつ、脇目もふらず槌を振るう刀鍛冶に傾注したところで、そっと軍服の袖が引っ張られる。
釣られて視線を転じた先には疲れ切った表情のエレイアがおり、死んだ魚のような目を向けてきた。
「うぅ… 早朝の鍛錬が終わってから、ずっと此処にいるんです」
「強制されている訳でもないだろう、自己責任の範疇では?」
「くっ、私が目を離した隙にコトノが来たらどうするんですかッ」
「ロイドさん、大和撫子が好みだからね~」
他人事だからと気楽に流したレヴィアを見遣り、妻に迎えるなら御淑やかな大和人がいいと、銀髪碧眼の優男が宣っていたことを思い出す。
数日間に渡って、琴乃に西方大陸の共通語を教えた時の印象だと、快活な女子高生という感じだったので兄騎士の守備範囲からは外れているが、色々と拗らせた妹魔導士は疑念を払拭できないらしい。
そんなエレイアの事情を誰よりも分かった上で、暖かく見守るだけのロイドに戦慄を覚えてしまい、我関せずな態度で作業に没頭する宗一郎氏へ意識を逸らせた。
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