職業選択の自由
<あのッ、此処は何処なんですか!>
<リゼル騎士国の王都エイジア、その王城だ>
<違ッ、そうじゃなくて!>
<…… この世界という意味なら、異なる歴史を重ねた地球かな>
包み隠さず女狐殿の仮説を伝えたことで、油が切れたように硬直した少女から、ひどく怪訝な表情を向けられてしまう。
疑う気持ちは理解の範疇であれども、知り得た事実を鑑みるに並行世界の地球説は否定し難い。
<本当に? 湿原を彷徨っていたら、危険な謎生物にも何匹か遭遇したんだけど>
<一応は地球の動物と《《類似性》》があっただろう?>
<うぐっ、そうかも>
やや俯いた相手が思考を纏めるまで数秒ほど待ち、早々に済ませておくべきだった通過儀礼を踏襲するため、華やかなドレス姿の少女と向き合った。
<改めて… 俺は斑目 蔵人、皆にはクロードと呼ばれている>
<あたしは石堂 琴乃、そんな場所に座っている理由を聞いても?>
<紆余曲折あってな、若輩ながらも王を務めている故だ>
<一体、何があったのよ……>
思わず琴乃が言葉を詰まらせた機に乗じて、稀人の観察に徹していた壮年の副団長殿が横合いより口を挟む。
「この者、クロード王と同郷で相違ないか?」
「あぁ、大和人のイシドウ コトノだ」
「ふむ、ゼノスが騎士団に迎え入れると言っていたが、戦えるようには見えんな」
思案顔で考え込むライゼスに触発されて、“石堂” という姓と和弓を所持していた点から日置流が脳裏に浮かび、縁を確認すると琴乃は曖昧な感じで頷いた。
<けど、部活の事情もあるし… 本家で仕込まれた武射とか、何年もやってないよ>
<なら、的を撃つときは明治以降の近代射法か>
<古流の “斜面打起こし”、廃れてるよね>
<“正面打起こし” よりも実戦的だと思うがな>
戦場では素早く射撃体勢を整える必要があり、両腕を高く上げずに肩程度で留めて、弓構えの動作に押し開きを含ませた斜面打起こしは理に適っている。
ただ、近代弓道は本多流の影響が大きく、左右の腕に均等な力が掛かるように複数の手順を加えた正面打起こしが主流だ。
そこに精神修養の要素を取り入れた当世の弓道は儀式化しているので、彼女が培ってきた技は実戦から程遠いのだろう。
生身は言うに及ばず、巨大騎士を駆るにしても苦労は多いはずだ。
「…… 待てよ、そもそも、騎体用兵装の中に弓矢はあるのか?」
「確か、アイウス帝国の西方を護る三領主が最前線で導入していたな、騎士国も検討の余地はあると思うぞ」
公式な場ではないため、相変わらずの素っ気ない態度で答えたディノを琴乃が見遣り、何か言いたいことでもあるのか、躊躇いつつ半歩だけ身を寄せてくる。
<彼と恋人さん? には良くしてもらったから、感謝を伝えたいんだけど……>
<至極、当然のことだな>
礼節を重んじた要望に応えるのは吝かでもないので手招き、玉座まで近づいてきた彼女に小声で簡素な言葉を教えていく。
何度か復唱して記憶に焼きつけた後、柔らかな微笑を浮かべながら、くるりとポニテの少女が振り返った。
「ディノさん、リーゼさん、助けてくれてありがとう」
「気にするな、職責を果たしただけだ」
「なんて、格好つけてるけど、只の照れ隠しだからね」
「そういうのは余所でやれ、二人とも」
例によって、緩み始めた空気を引き締めると、お目付け役のライゼスは射抜くような鋭い視線を琴乃に向けて値踏みする。
言語野に恩恵を受けておらず、会話もできない稀人が市井で生計を立てるのは著しく困難で、すぐに窮状へ追い込まれてしまうのは明白だ。
また、騎士団で保護するにしても、延々と無駄飯を喰わせる訳にいかない。
「肝要なのは騎体特性、若しくは生身での技量… それさえあれば、他の者達も受け入れに納得できよう」
生真面目な副団長殿らしい結論に至ったようだが、騎士団に属した時点で遠からず戦場まで赴くため、本人の意志を事前に確認してからの話だ。
碌な判断材料もなしに選択を迫るのは公正さに欠けるので、世界情勢や “滅びの刻楷” の存在を説明すると、露骨な溜息が聞こえてきた。
<想像以上に物騒な世界ね、鬱だわ>
<概ねの共通認識が成された上で提案させてもらう、騎士団に加わる気はないか>
<断ればどうなるのかな?>
<数ヶ月くらいは保護できるが、限度はある>
その場合、短期集中的に西方大陸の共通言語を教え込み、猶予期間内に街中の勤め先を見つけることなど、現状で思いつくプランを琴乃に提示する。
併せて近隣諸国に於ける稀人の立場が微妙なことや、言葉の不慣れで職業選択の幅が狭まる現実にも言及しておいた。
<どっちにしても、大変そう… 蔵人さんは何故、戦う道を選んだの?>
<此処では異形どもの侵攻があるからな、他人任せの情勢で振り回されるのは性分に合わない。多少の逡巡は挟んだが、団長殿の誘いを受けた>
明確な人類の敵が存在する以上、普通に暮らしていようと戦いに巻き込まれる可能性は否定できず、いざという時になって無力を嘆くなど御免被りたい。
さらに言えば世話になった皆や、戦えない者達のために刃を振るいたいとの想いもあり、それも悩める少女との遣り取りに織り交ぜておく。
<ん~、話を聞いていると、騎士団も悪くない気が……>
<無理だと思ったら、辞めても構わない>
<うん、どう転ぶかなんて分からないけど、暫く厄介になるよ>
<あぁ、歓迎させてもらおう>
ペコリと頭を下げた琴乃に対して、過度な負荷を負わせないように自戒しつつも、俺は差し伸べた右掌で握手を交わした。
ロボモノ小説、もっと流行ると良いですね(*'▽')
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