迂闊な騎士と世話焼きの魔導士
「ディノ・セルヴァス、帰投しました」
「入ってくれて構わんぞ」
樫製の鏡板を叩いて掛けた言葉に内側から許可が返ると、藍色髪の騎士は開けた扉を通り抜けて一礼し、魔力灯が仄明るく照らす執務室の奥へと進む。
続いて魔導士のリーゼも、ポニテの少女を促しながら室内へと足を踏み入れた。
「私達も失礼しますね」
<…………>
薄汚い格好の少女を見咎めて、部屋の主が訝しげな視線を投げる傍ら、最後にレイン達が室内に入って扉を閉める。
「おい、出掛けよりも一人増えてるじゃないか?」
「グロウビートル討伐の件と併せて報告します、ゼノス様」
任務に就いていた者達を代表して、二騎分隊の指揮を預けられたディノが三匹の巨大昆虫に係る駆除成功や、連れてきた稀人に関する経緯の説明を重ねていく。
すべてを聞き終えた騎士団長は一度だけ、満足そうに頷いた。
「ご苦労だったな、これで王都を目指す行商や旅人らも安心できる」
「お気遣い、ありがとう御座います」
「ところでだ… こいつらの初陣はどうだった?」
にやりと悪戯っぽく口端を吊り上げ、新任された騎士達の評価にゼノスが言及すれば、僅かに思案した “不肖の弟子” は言葉を選んで応じた。
「主兵装の鉄槍を早々《そうそう》に折ったのは失態ですが、概ね及第点だと思います」
「うぅ、つい逸ってしまいました」
「いつもの話じゃないか……」
不手際を指摘されて凹んだレインの脇腹を小突き、恨みがましく相棒の魔導士ヨハンが言い募る様子など眺め、彼女らの上官は破顔して豪快に笑う。
「俺も若い頃はよく得物を圧し折って、ライゼスの野郎に怒られたな」
「何事も経験ですから、それより……」
在りし日の “おっさん三銃士” に纏わる物語が始まりそうな流れを断ち、リーゼが緋色の瞳を所在なさげにしていた稀人の少女へ向ける。
その意図を察したゼノスは改めて、保護された人物を上から下まで見遣り、握り締めている和弓に意識を傾注させた。
「ふむ、言語野に恩恵を受けてないそうだが、武芸の心得はあると見た」
「つまり、騎士団で身請けすると?」
「ははっ、もしかすると陛下と同じで、一廉の猛者かもしれんぞ」
「仮にそうでも、私達は彼女の名前すら知りません」
言外に同郷の騎士王を呼んで来いと含めて、金髪緋眼の女魔導士は口を噤む。
されども近頃のクロードは日々の職務を終わらせた後、私室でイザナと仲睦まじく過ごしていることが多いため、見守る立場の重臣としては水を差したくない。
「面通しは明日か、今夜はセルヴァス家で面倒を見ろ」
「分かりました、では失礼させて頂きます」
「あぁ、夜道に気を付けてな」
筋骨隆々な騎士団長に見送られながら、藍色髪の騎士が執務室を出てほどなく、討伐に出向いた一党で王城の廊下を歩いていれば… にんまりと揶揄うような微笑をリーゼが覗かせた。
「ディノ君、お屋敷に連れ込んだからって、手を出しちゃダメよ?」
「あ、それ私も思ってました。あまり性別とか、気にしませんよね、団長」
「はっ、馬鹿らしい、胡乱な大和人の娘如きに……」
「ん~、待って、その考え方は良くない気がする」
一転して真顔となった女魔導士が口を挟み、現在の騎士王が嫌いだからといって、一緒くたに同郷の者まで否定するのは駄目だと釘を刺す。
痛いところを指摘された本人は口籠り、ばつが悪そうに態度を改めた。
「すまない、軽率な発言だった」
<何、どうしたの?>
突然、訳も分からず、振り向きざまに頭を下げられたポニテの少女は戸惑うが、微妙な雰囲気を打ち消すようにお腹の音が鳴り響く。
「え゛、僕じゃないよ!?」
「あうぅ、私です」
慌てて無実を訴えたヨハンの傍、レインが縮こまる姿に苦笑しつつも緩んだ場の空気に紛れて、こっそりとディノは歩みを再開させた。
そのまま城外に至り、兵舎住まいの者達と別れる間際、去ろうとするリーゼを呼び止めて言い放つ。
「夜分に夕食の準備とか面倒だろう、屋敷の厨房ならすぐに出せる物もあるが?」
「えっと、もう遅い時間だから……」
「一晩泊っていけよ」
さらりと述べられた発言に相棒の女魔導士が動揺して、皆にも好奇の視線を向けられること数秒、粗忽な騎士は自身の迂闊さに思い至った。
「ちッ、違うぞ、いつも世話になっている感謝をだな!」
「ふふっ、取り繕わなくていいわ」
“その娘の面倒も見てあげたいから” と付け加えて、リーゼは夕食と宿泊の誘いを受けて承諾するも… 跡取り息子との関係性を疑ったセルヴァス家の両親に捕まり、質問攻めにされてしまう。
そんな状況でも言葉が通じない稀人の少女を気遣い、何かと世話をしていたのは人柄の良さ故だ。
「…… 昨夜は善意が裏目に出たと言うか、うちの父と母が迷惑を掛けた」
「大丈夫、素敵なご両親じゃない」
などと、取り留めのない会話を続ける二人に案内されて、若干の疎外感を禁じ得ないポニテの少女が辿り着いた先、仰々《ぎょうぎょう》しい扉を潜れば軍服姿の若い男が玉座に坐していた。
「既に討伐完了の報告は受けている。皆の働きに感謝だな」
未だに慣れないが、お目付役のライゼスが控えていることから、俺は鷹揚な声と態度でディノとリーゼを労い、此方を窺う少女とも視線を交わらせる。
勿論、保護された稀人の件は気になっており、似たような境遇かもしれないという親近感は膨らむばかりだ。
<念の為に聞いておくが、日本人で間違いないか?>
<ッ!?>
外見だけでは香港系中国人などの可能性も捨て切れず、実際に確認すると目を見張った相手は勢いよく頷いた。
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