表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/143

寝起きのサムライ、シスコン騎士と相まみえる

 翌朝よくあさやわらかな日差しが天幕てんまく採光部さいこうぶから差しみ、心地よく微睡(まどろ)みながら寝返りを打てば、“ごりっ” とかたい感触を側頭そくとうに感じて目がめてしまう。


「うぅ、いてぇ……」


 枕代まくらがわりにした荷物袋の中に保存食の缶詰かんづめが入っていたらしく、さわやかな朝にそぐわない起き方をしてしまった。


(まぁ、おかげで行軍中でもうまい物がえるわけだが)


 元いた地球の歴史でも、確かナポレオン・ボナパルトが兵士の要望ようぼうこたえるため、公募こうぼでアイデアを求めて開発させた密封瓶詰(びんづめ)缶詰かんづめの原形である。

 

 仕組み自体は()ほどむずしくないので、迷いんだ世界に存在してもおかしくない。


 おおまかになるが、理屈的には調理()み食料をブリキの容器にめ、そのまま加熱殺菌するだけなのもあって、稀人(まれびと)由来の知識を活用すれば問題ないはずだ。


 もっとも、昨日の夕食で見掛みかけた缶詰かんづめは初期の(なまり)ふうじた物でもなく、缶蓋かんぶた外縁部がいえんぶにシーリングコンパウンド(ゴム素材)をまして、缶胴かんどうごと二重巻締(まきじめ)圧着あっちゃくさせた立派な一品だった。


「女狐さん、恐るべしだな」


 それもゼファルス領からの輸入品との事で… 恐らく影響範囲は専門知識のおよぶ分野に限定されるのだろうが、ニーナ・ヴァレルという存在はあなどれない。


(団長殿やレヴィアの厚意こういには悪いが、機会きかいがあったら国を乗りえるべきか?)


 ひそかに内心で思いつつも、寝袋シュラフおさまってスヤスヤと眠る可愛らしい赤毛の少女を一瞥いちべつしてから、日課にっかになっている鍛錬たんれんのため、支給された軍用品のロングソードを持って外へ出た。


 いやおうでも目につく大きさをほこるクラウソラス四番騎の付近ふきんには、突貫とっかん作業で修理を終えた整備班員たちが疲れた表情でころがり、大きな寝息を立てていたので軽く頭を下げておく。


 そんな一幕いちまくもありながらはしまで歩けば、抜き身の得物えものるう先客せんきゃくがいた。


「クロード殿、良い朝だね、君も鍛錬たんれんかい?」

「あぁ、そのつもりだ」


 清涼感のある微笑びしょうを浮かべた銀髪碧眼(へきがん)の青年は二番騎の操縦者ロイド・ルナヴァディスで、昨日の決闘の際に鉄剣を貸してくれた相手だが、さっきの発草(はっそう)(がま)えや、仮想敵の動きをまえた足(はこ)びは見たことがある。


「ロイドの血筋、源流は日本にある月ヶ瀬村とか?」

「ん、立ちまわりを見た時に近親感があったけど、 (さかのぼ)れば遠縁とおえんかもね」


「どうだろう、うちは早い段階で新陰しんかげ流からわかれたしな……」

「そうか、少し残念だよ」


 肩をすくめて(うそぶ)いた優男やさおとこの額から、汗のしずくこぼれ落ちると、(そば)ひかえていた十四歳前後の少女があゆみ寄り、そっと手巾(ハンカチ)を渡した。


「お使いください、兄様」

「ありがとう、エレイア」


 血のつながりを示すシルバーブロンドの髪、んだ碧眼(へきがん)が特徴的な彼女はクラウソラス二番騎の駆動系を制御する魔導士なのだが、()(てい)に言いあらわすなら、所謂いわゆるブラコンと言うやつだろう。


 昨日も甲斐甲斐(かいがい)しく、あれこれと兄の世話をしていた場面など思い出して、思わず砂糖をきそうになる。


「ところでクロード殿、折角せっかくだから鍛錬たんれんの相手をお願いしても?」

「真剣で打ち合うのはちょっとな……」


 適当てきとうことわろうとするも、どうやら最初からその気があったのか、ちゃっかりと二振ふたふりの木刀が用意されており、その一本を差し出してきた。


 実際じっさい、命の危険が低いのであれば互いに得物えものるい、かさねてきた研鑽(けんさん)ほどを確かめ合うのも嫌いじゃない。何よりも、少し昔はそれがしたくて(たま)らなかったのだ。


 実家の爺さんや、その友である柳生やぎゅうの爺さんなら相手になってくれたものの、容赦ようしゃなく(ぼこ)られるだけで(うつ)にしかならない。


(一度くらいは勝っておきたかったな)


 早すぎる郷愁ごうしゅうとらわれつつも、ゆっくりと左甲段ひだりこうだんかまえたところで、正眼中段せいがんちゅうだんかまえたロイドが意味不明な台詞せりふを言いはなつ。


貴殿きでんが妹をあずけるに相応(ふさわ)しいか、見極みきわめさせてもらう!」

わけが分からねぇ……」


 反射的に左手を突き出し、一時的に “待った” をけて説明を求めるべく、危険のない位置まで退避たいひしていたエレイアの様子ようすうかがう。


おさない頃、兄様は約束してくれました、私に最高の伴侶はんりょを見つけてやると」


「僕にとっても可愛かわいい妹なんでね、変な虫がついてもこまるし、幸せにしてくれる相手を見つけてやりたいんだよ」


 頬に繊手せんしゅえてはにかみ、れながらも言ってのけた可憐な少女と優男やさおとこを目の当たりにして、やる気が失()せた俺は無言で刃の先を降ろした。


(だめだ、こいつら… 付き合い切れねぇ)


「ふふっ、クロード様、戦う前に降伏こうふくですか? それは賢明けんめいかもしれませんね、兄様はリゼル最強の騎士ですから」


 言われてみれば、確かにロイドのかまえはどうに入っていて、迂闊(うかつ)に打ち込めば “後の先” を取られてしまいそうだ。


 あながちエレイアの挑発ちょうはつも、兄びいきの妄想もうそうではない可能性がある。


やいばまじえる価値はあるか……」

「そう思ってもらえたら、うれしいよ」


 気を取りなおして相手に向き合い、ふたたかまえようとした瞬間、予期せぬ方向から横槍が入った…… 物理的に。


「若いうちの研鑽(けんさん)素晴すばらしいが、朝食前の軍議が先だ。それに怪我けがをされてもこまるからな、二人ともきそうなら戦功せんこうきそえ」


 能面のうめんごとき表情で言いはなち、壮年そうねんの副団長ライゼスが地面に刺した鉄槍を引き抜いて、此方こちらの返事を待たず、団長がいる大天幕へきびすを返す。


たわむれは此処ここまで、ということですね、兄様」

「あぁ、クロード殿、続きは遠征が終わってからにしよう」


 至極しごく、あっさりと木刀を降ろしたロイドが妹にうながされて、神経質そうな副団長殿の背中を追う。


 その場に取り残されけたものの… 月ヶルナヴァディスの兄妹が軍議に参加するのなら、同じくクラウソラスをる自身も行くべきだと判断し、ろく鍛錬たんれんできなかった顛末てんまつなげきつつ、ひとり大天幕へ歩き出した。

瓶詰や缶詰とナポレオンは有名な話ですね(*'▽')

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ