寝起きのサムライ、シスコン騎士と相まみえる
翌朝、柔らかな日差しが天幕の採光部から差し込み、心地よく微睡みながら寝返りを打てば、“ごりっ” と硬い感触を側頭に感じて目が覚めてしまう。
「うぅ、痛ぇ……」
枕代わりにした荷物袋の中に保存食の缶詰が入っていたらしく、爽やかな朝にそぐわない起き方をしてしまった。
(まぁ、お陰で行軍中でも旨い物が喰えるわけだが)
元いた地球の歴史でも、確かナポレオン・ボナパルトが兵士の要望に応えるため、公募でアイデアを求めて開発させた密封瓶詰が缶詰の原形である。
仕組み自体は然ほど難しくないので、迷い込んだ世界に存在してもおかしくない。
大まかになるが、理屈的には調理済み食料をブリキの容器に詰め、そのまま加熱殺菌するだけなのもあって、稀人由来の知識を活用すれば問題ないはずだ。
もっとも、昨日の夕食で見掛けた缶詰は初期の鉛で封じた物でもなく、缶蓋の外縁部にシーリングコンパウンド(ゴム素材)を噛まして、缶胴ごと二重巻締で圧着させた立派な一品だった。
「女狐さん、恐るべしだな」
それもゼファルス領からの輸入品との事で… 恐らく影響範囲は専門知識の及ぶ分野に限定されるのだろうが、ニーナ・ヴァレルという存在は侮れない。
(団長殿やレヴィアの厚意には悪いが、機会があったら国を乗り換えるべきか?)
密かに内心で思いつつも、寝袋に収まってスヤスヤと眠る可愛らしい赤毛の少女を一瞥してから、日課になっている鍛錬のため、支給された軍用品のロングソードを持って外へ出た。
否が応でも目につく大きさを誇るクラウソラス四番騎の付近には、突貫作業で修理を終えた整備班員たちが疲れた表情で転がり、大きな寝息を立てていたので軽く頭を下げておく。
そんな一幕もありながら端まで歩けば、抜き身の得物を振るう先客がいた。
「クロード殿、良い朝だね、君も鍛錬かい?」
「あぁ、そのつもりだ」
清涼感のある微笑を浮かべた銀髪碧眼の青年は二番騎の操縦者ロイド・ルナヴァディスで、昨日の決闘の際に鉄剣を貸してくれた相手だが、さっきの発草構えや、仮想敵の動きを踏まえた足運びは見たことがある。
「ロイドの血筋、源流は日本にある月ヶ瀬村とか?」
「ん、立ち廻りを見た時に近親感があったけど、 遡れば遠縁かもね」
「どうだろう、うちは早い段階で新陰流から分れたしな……」
「そうか、少し残念だよ」
肩を竦めて嘯いた優男の額から、汗の雫が零れ落ちると、傍に控えていた十四歳前後の少女が歩み寄り、そっと手巾を渡した。
「お使いください、兄様」
「ありがとう、エレイア」
血の繋がりを示すシルバーブロンドの髪、澄んだ碧眼が特徴的な彼女はクラウソラス二番騎の駆動系を制御する魔導士なのだが、有り体に言い表すなら、所謂ブラコンと言うやつだろう。
昨日も甲斐甲斐しく、あれこれと兄の世話をしていた場面など思い出して、思わず砂糖を吐きそうになる。
「ところでクロード殿、折角だから鍛錬の相手をお願いしても?」
「真剣で打ち合うのはちょっとな……」
適当に断ろうとするも、どうやら最初からその気があったのか、ちゃっかりと二振りの木刀が用意されており、その一本を差し出してきた。
実際、命の危険が低いのであれば互いに得物を振るい、重ねてきた研鑽の程を確かめ合うのも嫌いじゃない。何よりも、少し昔はそれがしたくて堪らなかったのだ。
実家の爺さんや、その友である柳生の爺さんなら相手になってくれたものの、容赦なく凹られるだけで鬱にしかならない。
(一度くらいは勝っておきたかったな)
早すぎる郷愁に囚われつつも、ゆっくりと左甲段に構えたところで、正眼中段に構えたロイドが意味不明な台詞を言い放つ。
「貴殿が妹を預けるに相応しいか、見極めさせてもらう!」
「訳が分からねぇ……」
反射的に左手を突き出し、一時的に “待った” を掛けて説明を求めるべく、危険のない位置まで退避していたエレイアの様子を窺う。
「幼い頃、兄様は約束してくれました、私に最高の伴侶を見つけてやると」
「僕にとっても可愛い妹なんでね、変な虫がついても困るし、幸せにしてくれる相手を見つけてやりたいんだよ」
頬に繊手を添えてはにかみ、照れながらも言ってのけた可憐な少女と優男を目の当たりにして、やる気が失せた俺は無言で刃の先を降ろした。
(だめだ、こいつら… 付き合い切れねぇ)
「ふふっ、クロード様、戦う前に降伏ですか? それは賢明かもしれませんね、兄様はリゼル最強の騎士ですから」
言われてみれば、確かにロイドの構えは堂に入っていて、迂闊に打ち込めば “後の先” を取られてしまいそうだ。
あながちエレイアの挑発も、兄びいきの妄想ではない可能性がある。
「刃を交える価値はあるか……」
「そう思って貰えたら、嬉しいよ」
気を取り直して相手に向き合い、再び構えようとした瞬間、予期せぬ方向から横槍が入った…… 物理的に。
「若いうちの研鑽は素晴らしいが、朝食前の軍議が先だ。それに怪我をされても困るからな、二人とも競うなら戦功を競え」
能面の如き表情で言い放ち、壮年の副団長ライゼスが地面に刺した鉄槍を引き抜いて、此方の返事を待たず、団長がいる大天幕へ踵を返す。
「戯れは此処まで、ということですね、兄様」
「あぁ、クロード殿、続きは遠征が終わってからにしよう」
至極、あっさりと木刀を降ろしたロイドが妹に促されて、神経質そうな副団長殿の背中を追う。
その場に取り残され掛けたものの… 月ヶ瀬の兄妹が軍議に参加するのなら、同じくクラウソラスを駆る自身も行くべきだと判断し、碌に鍛錬できなかった顛末を嘆きつつ、独り大天幕へ歩き出した。
瓶詰や缶詰とナポレオンは有名な話ですね(*'▽')