騎士王、模擬戦にて人外認定される
一方、王都エイジアを離脱した骸の騎士ガイウスは途中から飛竜に乗り、“滅びの刻楷” が壊滅させた旧フランシア王国へと戻っていた。
彼の居城があるローヌ=アルブ領の中核都市リオンに人影は一切無く、荒廃した都市を異形の怪物達が我が物顔で闊歩しており、開けた場所では体長十数メートルに及ぶ巨大虎の魔獣サーヴァエルなども寛いでいる。
本来、次元の狭間から呼び出された異形の怪物は、精霊門が大地より吸い上げた “星の息吹” を地脈経由で供給されるため、周辺の土地が枯れ果てない限り、飲まず食わずでも身体能力と生命を保てるが……
「グァアアァウッ」
大きく欠伸をした虎の一匹が身動ぎ、巨躯を起き上がらせると、活きのいい獲物を求めて荒野へ歩き出す。どうやら、野生の本能は抑えられないのだろう。
その頭上では小型種に属する鳥の異形や、中型種としては稀有な飛翔能力を持つ鷲頭の魔獣、グリフォンが優雅に宙を舞っている。
なお、大型種かつ空も飛べる存在となれば、生き長らえた数体の古龍しかおらず、精強な彼らは “節理の盟約” に然ほど縛られていない。
故に大陸侵攻へも消極的な態度を取っている事実があり、飛べない巨大騎士に依存する人類の現状維持を可能とさせていた。
人間を劣等種と見做して侮る白エルフらは膠着状態に不機嫌極まりないものの、骸の騎士は然に非ず。
盟約による精神支配の影響で性格的な変調はあれども、居城の玉座に坐するガイウスは互角の闘争を衒いなく受け入れ、楽しんでいるとも言えた。
それは軍団を率いての戦に限定されず、個の覇を競うも同様。
「…… 何ヤラ嬉シソウデスナ、我ガ主」
「邪魔ハ入ッタガ、新シイ騎士王ハ良イ武人デナ」
見て見ろと言わんばかりに黒衣を捲り、骸の騎士は軍刀で刻まれた腹部装甲の傷を露出させて、麾下の死霊に示した。
「其レハ重畳、失礼ヲバ……」
魔術師の外套を纏い、深くフードを被った腹心が浮遊状態でも床に擦れる裾布を引きずりながら近寄り、おもむろに不可視の両手を翳す。
「万物流転、我ガ意ニ従エ」
どうやら錬金魔法の心得があるらしく、破損部の金属が独りでに蠢き、徐々に元の形状へ復元されていった。
「スマナイナ、クライス。次ハ不覚ヲ取ラヌ、進軍ノ準備ハ?」
「今暫ク御待チ下サイ」
人間側に悟られぬよう、隣接国との小競り合いに配下の異形を逐次投入する傍らで、密かに大型種の頭数を揃えることは難しい。
敵方が支配域に忍ばせた斥候騎兵や、喇叭の目を欺く必要もあり、少なく見積もっても未だ一月半以上の期間は掛かる。
「フム、“機械仕掛ケノ魔人” ヲ駆ルノハマダ先カ」
「マァ、我ラニハ悠久ノ時ガ有リマス、急ク事モナイカト」
恭しく首を垂れた死霊の魔術師に応えて、骸の騎士が不敵に笑う。
この遣り取りの後、リヒティア公国が誇る迎撃都市ラディオルに向けた大規模侵攻の報せが届くまで、某国では平穏な日々が数ヶ月ほど過ぎていくのだが、件の騎士王は気を緩めることなく野外鍛錬場にて刃引きされた軍刀など構えていた。
そこを挟むように対面で設けられた一段高い閲兵用の観覧席では、心配そうな表情のレヴィアが両手をきゅっと握り締めている。
「うぅ、危ない気がするんだけど」
「大丈夫よ、ゼラチン製のペイント弾が当たっても人は死なないし、模擬戦用の錫杖は魔法の威力を安全な範囲に抑えるから」
楽天的な性格の影響なのか、寧ろ期待を込めて見守る金髪灼眼の魔導士リーゼに頷き、隣に立つディノも相棒の言葉を補う。
「一応、目を保護するゴーグルは着用済みだし、フィーネ嬢もいる」
「治癒魔法の及ぶ範囲なら、善処致します」
事前に治療役を頼まれていたと思しき、亜麻色髪の少女が緩りと首を縦に振り、偶々《たまたま》鍛錬場に居合わせた彼らと同じく眼下へ視線を注いだ。
自身と義父が仕える相手の正面には単発式拳銃を持った衛兵の二名に加え、錫杖を構えた女魔術師の一名が佇んでいる。
「本当に宜しいんですか、陛下?」
「あぁ、生身での銃器や攻撃魔法を想定した鍛錬は必須だ」
先日の襲撃で色々と痛感させられた俺は更なる研鑽を重ねており、何処まで有効に立ち廻れるのか、それを理解するために潔く頷いた。
「では、すぐに終わらせてもらいますね。焼き焦がせッ、群焔!!」
やや呆れ顔で妙齢の女魔術師が腕を突き出し、発動段階で保持していたのだろう火属性の範囲攻撃魔法 “スプレッドファイア” を放つ。
錫杖の細工により、不殺まで威力を低められた群焔が迫るも、ここ最近で感じ取れるようになった魔力の流れを読み、その組成を断つように軍刀を振り抜いた。
「えッ、嘘!?」
「馬鹿なッ!!」
焔幕の一角を斬撃で切り開き、魔法由来の火に身体を炙られつつも突破。
衛兵の二名が咄嗟に向けた銃口から射出されたペイント弾も、最小限の動きで左右に避けながら肉薄していく。
「くッ、当たらねぇ」
「どうなってんだッ」
焦る衛兵らが単発式の拳銃を投げ捨て、剣戟を繰り出そうとする刹那に低い姿勢で斜め前方へ飛び込み、片方が着る軽装鎧の隙間に軽く刃を差し入れた。
「くぅ、殺られッ、うおぉ!?」
模擬戦上で死亡判定となった相手に左掌を添え、体重をかけて押し退けると同時に踏み入り、さらに奥側の衛兵目掛けて右手一本で刺突を喰らわせる。
「しゃッ!」
「ぐうぅ」
喉元で切っ先を寸止めして残る衛兵も無力化させた直後、高まる魔力の気配に応じて振り向きざまに軍刀を薙ぎ払い、近距離からの焔弾を刃の腹で弾いた。
「ッ、もはや人外だわ!」
「失礼な奴だな、おいッ」
「痛、うぅ…… 降参です」
最後に女魔術師の額を柄で軽く小突き、遠隔攻撃を主体とする仮想敵との模擬戦は終了して… 何故か、勝利したはずの俺だけが軽度の火傷を負う羽目となっている。
「威力を低減された上でこれだと、実戦では厳しいな」
「はい、手加減無しだと陛下もかなりの手傷を負っていますよ」
「そうなると、以後の我々との戦闘も支障があったでしょう」
「自分も同意見です、やはり技量だけで挑むのは限界があるかと……」
お互いの立場など鑑みるに善意からであろう諫言を受け止め、俺は何本かの太刀を打ち始めている宗一郎氏や、国産騎の開発で多忙なブレイズに対魔法兵装の相談をしようと決めた。
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