郷に入っては郷に従え
「走れ、イザナ!」
「はいッ」
返事を聞くや否や、右掌を掲げた骸の騎士目掛けて、微塵の躊躇いもなく二発の弾丸を撃ち放つ。
「ヌゥ!? 賢シラナッ!」
やや驚いた声と金属同士の擦過音が耳に届くものの、不慣れな射撃の腕は当てにならず、黒い甲冑の左肩を一発が掠めるのみだ。
それでも幸いなことに襲撃者の標的は俺であり、慌てて駆け出した少女を一顧だにせず、無属性の魔力で組み上げた手槍を投じてくる。
微細な所作で軌道を見切り、最小限の体捌きで躱そうとした刹那、経験則からくる警鐘に突き動かされて、倒れ込むように左の側面へ避けた。
「ぐッ、曲がるのかよ!!」
追尾性のある一撃に脇腹を裂かれつつも回転して立ち上がり、遮蔽物がない高台の降口方向へ連続的な左右のバックステップで距離を取る。
そんな此方を葬るため、続けざまに射出された魔槍を動体視力と直感で凌ぎ、階段まで後退すれば骸の騎士は撃ち方を止め、諸刃の剣を引き抜いた。
「逃ガシハ、シナイ」
くぐもった声で独り言ち、鈍重な甲冑姿に見合わない敏捷さで駆け出すが… 麾下の憲兵らにイザナを預けたのか、風魔法の上昇気流を身に纏いながら、隻眼の女魔術師が段差を飛び越えて推参する。
片膝立ちの姿勢で降り立つと同時、サリエルは前方へ突き出した左掌より、発動直前に留めていた “極光の連弩” を牽制代わりに放つ傍ら、右掌に鞘ごと握り締めた軍刀へ淡い魔力光を宿らせた。
「お使いください、斬鉄の付与効果があります」
「ありがたい、恩に着る」
慣れない拳銃を投げ捨て、捧げられた鞘から眩い刀身を抜き、自ら距離を詰める形で剣戟の間合いへ踏み込む。
「せいぁああぁあッ」
「ウォオオォオ――ッ」
互いの咆哮を重ね、上段より腰を落として振り抜いた白刃が魔力光の軌跡を描き、骸の騎士が勢いのままに切り上げた黒刃を迎え撃った。
いくら遠心力と自重を乗せても、走り込んできた相手の剣勢を殺すのは難しいため、切り結んだ直後に左斜め前方へ体を躱す。
そのまま擦れた刃金の残響がやまぬうちに身を翻して、上空へ大振りした相手が身体の向きを変え終わる前に飛び込み、脇下の隙間から甲冑の内側に通すような刺突を繰り出した。
「穿つ!」
「グゥ!?」
咄嗟に後退った骸の騎士へ追い縋り、腹部装甲を斬鉄の刃で切り裂くも、不死人を屠るには至らない。
それも想定の範疇なので更に踏み入り、体当りを喰らわせてから斜め後方に離れると、側面へ廻り込んでいたサリエルの姿が視界の端に入った。
「征けッ、熾天輪!!」
「ムゥ、面倒ナ」
掲げた掌上に浮かぶ光の大輪が投擲されて、骸の騎士を割断すべく飛翔するが、僅差の後方跳躍で回避されてしまう。
必要以上に間合いが遠いと魔法攻撃が厄介なため、再び切り結べる距離まで詰めようとすれば、市民に扮した後続の憲兵らも階段を駆け登ってきた。
「イザナ様は無事に退避されました」
「加勢します、陛下」
険しい形相の者達が素早く周囲に散り、単発式拳銃を油断なく構えるのに応じて、骸の騎士は黒衣の内側より、何らかの魔法が籠められている鉱石を取り出す。
「…… 儘ナラナイモノダ」
何処か気落ちした呟きだけを置いて、溢れる燐光に包まれた不死人は蜃気楼の如く一瞬で掻き消えた。
「短距離転移の魔法か」
「えぇ、そのようですね」
問い掛けながら視線を向けた先、普段は表情に乏しいサリエルが射殺すような、冷たい瞳で相手のいた場所を睨みつける。
尋常ではない様子に疑問を抱き、藪蛇かと思えども念のため、質すことにした。
「あの不死人と因縁でも?」
「先王の仇です」
「…… 分かった、留意しておこう」
数秒ほど瞑目しつつ、肩肘の力を抜くと憲兵の一人が歩み寄り、そっと戦いの最中に地面へ投げた連装式拳銃を差し出してくる。
「どうぞ、これを……」
「すまない、普通に忘れるところだった」
そそくさと受け取った銃器を上着で隠されたホルスターに仕舞い、付与魔法の燐光が消え失せた白刃も鞘に収めてから、漸くの一息を吐いた。
まだ多少の警戒を残した上、研ぎ澄まされた意識を徐々《じょじょ》に鎮めていけばイザナのことが思い出されて、落ち着かない状況になる。
「ふむ、良い傾向ですね… 私達も高台から降りましょう」
「あぁ、そうだな」
先導するように歩き始めたサリエルの背中を追い、俺も他の者達と一緒に市街地へ伸びる階段を降りて、人影が疎らとなっている路地に引き返した。
その時点で私服姿の憲兵らは目立たないように散り、図らずも隻眼の女魔術師と二人きりになったので、逢引き指南書の著者に本日の評価を伺う。
「可もなく、不可もなくですが、二人とも楽しそうでした」
「及第点ということか」
肩を竦めての苦笑など挟み、他愛のない雑談を交わしているうちに王都の中心部へ辿り着けば、城郭の入口で待っていたイザナが小走りに駆け寄ってきた。
「クロードッ、ご無事でしたか!?」
「問題ない、大丈夫だ」
「でも、血が……」
脇腹を浅く切られた程度の掠り傷のため、あまり気に留めていなかったが、衣服に血が滲んでいたのもあり、心配性な少女に上着の裾を摘まれる。
「気づかずに申し訳ありません、護衛役が聞いて呆れます」
「いや、別に構わないさ」
気遣い、反省するサリエルに軽い言葉を返して、丁度よい位置にあった艶やかな黒髪の頭もポフっておく。
その光景に親友の傍へ控えていたフィーネが微笑み、折に触れてポフられる立場のレヴィアは自身の姿を重ねたのか、赤面して視線を逸らした。
「取り敢えず宜しいですか、陛下?」
埒が明かないと団長殿の義娘が近寄って伸ばした手を受け入れ、土属性の魔法 “アースヒール” で傷を回復させてもらう。
元々が軽傷なので間を置かずに完治した後、途中から此方を凝視していたイザナに向け、“何か言いたいことでも” と小首を傾げた。
「あの… 私、最後の返事を聞けていません」
「余計な邪魔が入ったからな」
今更、皆の前で口にするのも恥ずかしいので、若干の捻りを加えた曖昧な表現で取り繕う。
「郷に入っては郷に従うのみだ」
「ふふっ、第三代騎士王がこの地で生きると定め、“髷” を切った時の名言ですね」
嬉しそうな彼女の発言が引き金となり、肖像画を見た記憶もある美丈夫の髷姿が脳裏に浮かび、勝手に持っている印象が崩れてしまった。
されども俺の言葉を肯定的に解釈して、元の世界よりも現世と自身を選んだと考えたのか、すずいと黒髪少女が摺り寄ってくる。
結果的に当初の目論見は成され、こうして物理的にもイザナとの距離が縮まった長い一日は終わりを迎えた。
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