表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/143

この世界と私を愛してくれますか? By イザナ

「美味しい、それに何度か口にしたことのある(なつ)かしい味… でも、どうして、此処(ここ)を選んでくれたの?」


「見栄を張らずに言えば、サリエルの助言だな」


 さらりと内情を一部だけ露呈ろていさせておき、俺も焼き立てのワッフルをんで、優しい甘さに舌鼓(したづつみ)を打つ。


 柔らかい生地と蜂蜜、生クリームのバランスが丁度良く、イザナが幸せそうな表情になるのも、疑いなくうなづける逸品いっぴんだ。


「ふむ、ゼファルス領の菓子に引けを取らないか……」


 種類の豊富さでは領主たる淑女ニーナの積極的な支援を受けたドイツ菓子に叶わずとも、個々の品目ひんもくだと太刀打ちできるのかもしれない。


 その事実に少しばかり感心していたら、先ほどのひとり言に反応したイザナが湿度の高いジト目を向けてきた。


()の領地から帰還したレヴィアが付けていた銅革製(ブロンズ&レザー)の指輪、私を気遣(きづか)って自身で購入したと話してくれましたが、本当はクロードがおくったものですね?」


 荷物を預けた伝令より、ロイドが妹に可愛らしいチョーカーを、俺がイザナに銀細工のバングル型カフを購入した経緯けいいなど聞いて、レヴィアだけ “け者” にされるはずもないと考えたのだろう。


 もう一段階、翡翠(ひすい)色の瞳を細めた黒髪少女に対して、嘘(いつわ)りをべるつもりはないため、誠実かつ素直に認めておく。


「日頃の感謝と信頼を込めてな……」

「それで左小指用の指輪(ピンキーリング)なのでしょうけど、あの子は貴方に気がありますよ」


「薄々はかんづいていたが、やはりそうなのか?」

「騎士と魔導士は多くの時間を共有します、惹かれ合うのも自然の摂理かと」


 その件に関しては先王の愛人から厳重注意を受けていたものの、戦場で一緒の騎体きたいに乗り、死なば諸共もろともの関係を結べば、お互いを(おも)()る気持ちは大きくなってしまうものだ。


 ただ、姉代わりの人物と父親が肉体関係にあった事実を亡き母への裏切りと(とら)え、心苦しく思っていたイザナに理解を求めても、すべてが言いわけにしか聞こえない可能性も高い。


 どうすべきかと逡巡しゅんじゅんしていたら、落ち着いた様子の少女が先に言葉を切り出す。


すでにサリエルから聞いていると思いますが、お父様との関係を認めなかったこと、私にも呵責(かしゃく)と後悔があります」


 にわかに真摯しんしな態度となった相手へ横槍を入れるのは論外なため、此方こちらえりを正して向き合い、続く言葉を聞き逃さないように傾注けいちゅうする。


「どこの “馬の骨” とも知らぬ(やから)ではなく、幼馴染みのレヴィアならかまいませんよ。魔術の名門であるルミアスの一族ですから、側室に迎えても(いな)やはないでしょう」


「ありがたく心に留めておく、個人的には一途で在りたいと願うけどな」

「ふふっ、期待させてもらいますね」


 はにかみながらの微笑に照れて、誤魔化すようにベルギーワッフルを頬張り、口端に付いた生クリームを手巾(ハンカチ)(ぬぐ)われたりしつつもしばらくの間、緩やかな午後の一時ひとときを二人で過ごす。


 わずかに残った紅茶も飲み干し、店主の御老人にイザナが王家御用達の許可を確約する姿などながめた後、俺達は本日最後の目的地である西区の丘陵地を目指した。


 近場(ゆえ)()ほど掛からず、夕食前の準備でにぎわう表通りを抜けて人影のない高台へいたり、沈む太陽が茜色に染めていく王都エイジアの街並みを見遣(みや)る。


「夕焼けの色、凄く綺麗です」

「あぁ、確かに」


 短い言葉を返して、つややかな黒髪が風で乱れないように押さえているイザナの横顔を(うかが)えば、振り向いた本人と視線がからんだ。


「どうかしましたか、クロード?」


 可愛らしく小首をかしげる少女にうながされ、日々の(わだかま)りを解消すべく、初めて会った時からの懸念けねん事項を()(ただ)す。


「…… 建前ではなく、本心を教えて欲しい」

「ん… 内容次第ですけど、善処致しましょう」


「降っていた婚姻こんいん、皆の為だとしても後悔はないのか?」

「正直、分かりません。とつぎ先を選ぶ立場にない王族なので」


 桜唇おうしんよりつむがれた答えは理解がおよぶもので、やはり “きで選ばれたにぎない” という自覚を深めてくれた。


(ならば、今の関係性を維持するのみだ)


 都合つごうの良い解釈でイザナを傷つけないよう、数秒ほど瞑目して未熟な自身をいましめていれば、耳に(いたわ)りをめた声が届く。


「そうやって、皆の気持ちをんでくれるクロードのこと、嫌いではありません。稀人(まれびと)の貴方は “この世界” と私を愛してくれますか?」


 茜色の街並みを背負い、此方こちらの胸裏をのぞくように見つめてきた少女は、ゆるりとバングル型のカフがめられた手を差し向けた。


「まだ還りたい気持ちは否定できないが、多くの人達と関わっているからな」


 そっと色白な手をつかんで抱き寄せ…………




 背筋を走り抜けた悪寒に従って、本能のままに真横へ飛んだ直後、一瞬前までいた場所を漆黒の魔槍が穿うがつ。


「フム、(いろ)(ほう)ケタ愚者デモナイノカ」


 振り返った場所には逢魔が時に相応ふさわしい黒衣の騎士が一人、不気味な気配をただよわせて(たたず)んでいた。


「ッ、生命の息吹が感じられません」

死人(アンデッド)(たぐい)か」


 手早く言葉をわす此方(こちら)など見遣みやり、どうでも良いかのような態度で(むくろ)の騎士は一方的に言いつのってくる。


「白エルフノ未来予測デ、余計ナ事ヲシタト責メラレテナ。気二喰ワナイノデ退場シテモラウゾ、新タナ騎士王」


 何やら意志疎通が可能な知性体とはえ… 異形いぎょう戯言ざれごとに付き合う義理もない。


 先ずは高台から離脱するむねをイザナへ小声でささやき、ふところへ忍ばせた連装式短銃を無造作に引き抜いた。

『続きが気になる』『応援してもいいよ』


と思ってくれたら、下載の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にお願いします。

皆様の御力で本作を応援してください_(._.)_

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おおおっ! 良いところなのにっっ! お約束っ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ