この世界と私を愛してくれますか? By イザナ
「美味しい、それに何度か口にしたことのある懐かしい味… でも、どうして、此処を選んでくれたの?」
「見栄を張らずに言えば、サリエルの助言だな」
さらりと内情を一部だけ露呈させておき、俺も焼き立てのワッフルを食んで、優しい甘さに舌鼓を打つ。
柔らかい生地と蜂蜜、生クリームのバランスが丁度良く、イザナが幸せそうな表情になるのも、疑いなく頷ける逸品だ。
「ふむ、ゼファルス領の菓子に引けを取らないか……」
種類の豊富さでは領主たる淑女の積極的な支援を受けたドイツ菓子に叶わずとも、個々の品目だと太刀打ちできるのかもしれない。
その事実に少しばかり感心していたら、先ほどの独り言に反応したイザナが湿度の高いジト目を向けてきた。
「彼の領地から帰還したレヴィアが付けていた銅革製の指輪、私を気遣って自身で購入したと話してくれましたが、本当はクロードが贈ったものですね?」
荷物を預けた伝令より、ロイドが妹に可愛らしいチョーカーを、俺がイザナに銀細工のバングル型カフを購入した経緯など聞いて、レヴィアだけ “除け者” にされるはずもないと考えたのだろう。
もう一段階、翡翠色の瞳を細めた黒髪少女に対して、嘘偽りを述べるつもりはないため、誠実かつ素直に認めておく。
「日頃の感謝と信頼を込めてな……」
「それで左小指用の指輪なのでしょうけど、あの子は貴方に気がありますよ」
「薄々は勘づいていたが、やはりそうなのか?」
「騎士と魔導士は多くの時間を共有します、惹かれ合うのも自然の摂理かと」
その件に関しては先王の愛人から厳重注意を受けていたものの、戦場で一緒の騎体に乗り、死なば諸共の関係を結べば、お互いを思い遣る気持ちは大きくなってしまうものだ。
ただ、姉代わりの人物と父親が肉体関係にあった事実を亡き母への裏切りと捉え、心苦しく思っていたイザナに理解を求めても、すべてが言い訳にしか聞こえない可能性も高い。
どうすべきかと逡巡していたら、落ち着いた様子の少女が先に言葉を切り出す。
「既にサリエルから聞いていると思いますが、お父様との関係を認めなかったこと、私にも呵責と後悔があります」
俄かに真摯な態度となった相手へ横槍を入れるのは論外なため、此方も襟を正して向き合い、続く言葉を聞き逃さないように傾注する。
「どこの “馬の骨” とも知らぬ輩ではなく、幼馴染みのレヴィアなら構いませんよ。魔術の名門であるルミアスの一族ですから、側室に迎えても否やはないでしょう」
「ありがたく心に留めておく、個人的には一途で在りたいと願うけどな」
「ふふっ、期待させてもらいますね」
はにかみながらの微笑に照れて、誤魔化すようにベルギーワッフルを頬張り、口端に付いた生クリームを手巾で拭われたりしつつも暫くの間、緩やかな午後の一時を二人で過ごす。
僅かに残った紅茶も飲み干し、店主の御老人にイザナが王家御用達の許可を確約する姿など眺めた後、俺達は本日最後の目的地である西区の丘陵地を目指した。
近場故に然ほど掛からず、夕食前の準備で賑わう表通りを抜けて人影のない高台へ至り、沈む太陽が茜色に染めていく王都エイジアの街並みを見遣る。
「夕焼けの色、凄く綺麗です」
「あぁ、確かに」
短い言葉を返して、艶やかな黒髪が風で乱れないように押さえているイザナの横顔を窺えば、振り向いた本人と視線が絡んだ。
「どうかしましたか、クロード?」
可愛らしく小首を傾げる少女に促され、日々の蟠りを解消すべく、初めて会った時からの懸念事項を問い質す。
「…… 建前ではなく、本心を教えて欲しい」
「ん… 内容次第ですけど、善処致しましょう」
「降って湧いた婚姻、皆の為だとしても後悔はないのか?」
「正直、分かりません。嫁ぎ先を選ぶ立場にない王族なので」
桜唇より紡がれた答えは理解が及ぶもので、やはり “成り行きで選ばれたに過ぎない” という自覚を深めてくれた。
(ならば、今の関係性を維持するのみだ)
都合の良い解釈でイザナを傷つけないよう、数秒ほど瞑目して未熟な自身を戒めていれば、耳に労りを籠めた声が届く。
「そうやって、皆の気持ちを汲んでくれるクロードのこと、嫌いではありません。稀人の貴方は “この世界” と私を愛してくれますか?」
茜色の街並みを背負い、此方の胸裏を覗くように見つめてきた少女は、緩りとバングル型のカフが嵌められた手を差し向けた。
「まだ還りたい気持ちは否定できないが、多くの人達と関わっているからな」
そっと色白な手を掴んで抱き寄せ…………
背筋を走り抜けた悪寒に従って、本能のままに真横へ飛んだ直後、一瞬前までいた場所を漆黒の魔槍が穿つ。
「フム、色二惚ケタ愚者デモナイノカ」
振り返った場所には逢魔が時に相応しい黒衣の騎士が一人、不気味な気配を漂わせて佇んでいた。
「ッ、生命の息吹が感じられません」
「死人の類か」
手早く言葉を交わす此方など見遣り、どうでも良いかのような態度で骸の騎士は一方的に言い募ってくる。
「白エルフノ未来予測デ、余計ナ事ヲシタト責メラレテナ。気二喰ワナイノデ退場シテモラウゾ、新タナ騎士王」
何やら意志疎通が可能な知性体とは謂え… 異形の戯言に付き合う義理もない。
先ずは高台から離脱する旨をイザナへ小声で囁き、懐へ忍ばせた連装式短銃を無造作に引き抜いた。
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