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その例え話は不毛すぎる

 そんな事にも気づかないほど、観劇に心奪われていたイザナが声量をおさえ、周囲の邪魔をしないように気遣(きづか)いながら、仄暗(ほのぐら)い薄闇の中でささやいてくる。


何故なぜ殿方(とのがた)は愛する者を信じ切れず、斯様(かよう)なことで(まど)うのでしょう」

「男なんて単純な生き物だし、大目に見てやってくれ」


「むぅ、クロードもですか?」

不惑(ふわく)で在りたい、とは思っているさ」


 きゅっと拳を握りしめた少女は劇中の貴族、クローディオの振る舞いに憤慨(ふんがい)するものの、ここで一波乱なければ結婚式での罵倒ばとうと破談や、失意のあまり花嫁が卒倒する場面に繋がらない。


 ただ、自身に置きえた上で考えると、政治(がら)みの理由でイザナと婚姻こんいんむすんだ手前てまえ、心理的なへだたりがあるのもいなめないため、些細ささいな誤解によってこじれないように自戒すべきではある。


(みだりにサリエルを怒らせるとか、“百害あって一利なし” だな)


 過保護な女魔術師の顔が脳裏をかすめる間にも、演劇 “空騒ぎ” は着々と進み… 唐突な新郎の心変わりに疑問を抱いた司祭が花嫁のヒーローと相談して、皆に一計を案じる次第(しだい)となった。


 知己ちきが集まる祝いの席で不貞ふていの濡れ衣を着せられ、意識を失った花嫁が目覚めることなく息絶えたといつわり、新郎の反省をうながすという奇策である。


 それで丸く収まるかと思いきや、娘の死を伝えられた父親が怒り狂い、直接的な原因となったクローディオへ決闘を申し込んでしまう。


 また、ベアトリスも可愛がっていた従姉の名誉を護るため、公衆の面前で貞操観念がないとそしった不埒者ふらちものあやめて欲しいと、恋人のベネディクトに懇願する始末。


「うぅ、どうなってしまうのでしょう」

「はてさて……」


 小声で聞かれても、物語にのめりんでいるイザナに教えるわけにはいかず、俺も一緒に演劇を楽しませてもらうのみだ。


 やがて舞台は終盤しゅうばんむかえ、大公の愚弟(レヴィア(いわ)く)の計略が酒に酔った部下の失言から明るみに出て、間一髪で無益な決闘は回避される。


 それでも “娘が亡くなった責任は貴様の浅慮せんりょにある” と指摘されたクローディオは自身の非を認め、婚約者が眠る墓へ懺悔ざんげのためにおとずれて、死んだはずのヒーローと再会するにいたった。


 駆け寄って抱き合う二人のどさくさにまぎれ、同行者のベネディクトも一緒にいたベアトリスに求婚して承諾しょうだくをもらい、すべての騒動は幸福な結末に辿たどり着いて大団円となる。


「はうぅ、初めて観ましたけど、実に素晴らしい演目です」

「異なる世界でも、愛されている有名な物語だからな」


「凄いですね、原作者のシェイクスピアは… 勿論もちろん、演出家や脚本家のウォルランド氏、物語を演じる役者の皆様も」


 イザナが見つめる先の舞台ではカーテンコールが行われており、観客達のしみない拍手が木霊するかたわら、端役から順を追った演者らの挨拶が主役の四人まで引きがれていく。


 最後に二組の恋人達が仲睦なかむつまじい様子を見せたことで、観客達は事後の余韻よいんを持ったまま帰路きろくのだろう。


 それは客席にひそんでいた少女らも例外ではなく、市民にふんした憲兵隊の者達に身辺を固められた状態で出口へ向かっていると、背後よりレヴィアとフィーネのひそひそ話が聞こえてきた。


「もし、私が劇中の花嫁だったら、お父さんは決闘を申し込むのかなぁ」


「陛下にですか? ん~、あり得るかもしれません」

「多分、返り討ちにされちゃうよね」


「それでしたら、友の仇を討つため、うちの義父とう様も名乗りをあげるでしょう」

「ふふっ、それは確定事項かも?」


 楽しそうに話す二人に触発されて、生真面目な魔術師長や筋骨隆々の騎士団長と果たし合う不毛な光景を幻視した直後、イザナも親友たちの会話を断片的に拾ったのか、やや怪訝(けげん)な表情で周囲を(うかが)う。


「何やら馴染みのある声が……」

「いや、きっと気のせいだろう」


 軽く流して逢引あいびき指南書の予定通りに彼女を午後の紅茶へ誘い、劇場周辺で集客を狙う多種多様な飲食店には寄らず、少々狭い裏路に足を運ぶ。


 他愛ない言葉を交わしつつもしばらく道を進むと、ひっそりとお洒落なカフェがきょかまえていて、看板には “蜂の巣箱(ワッフェルボックス)” と銘打めいうたれていた。


 知る人ぞ知る名店らしく、いつもは昼前後で焼き菓子が無くなって閉店するとの事だが、今日はサリエルが手をまわしてくれたので貸し切り状態だ。


 甘い蜂蜜の香りを感じながらテーブル席へ向かい、着座したところでパティシエ姿の白髪老人が歩み寄り、丁重に此方(こちら)へ頭を下げる。


「いらっしゃいませ、騎士王陛下。それに御無沙汰ごぶさたしております、イザナ様」

「…… フェルド!? 本当にお久し振りですね」


「王城の厨房(づと)めを終えて以来ですから、七年ほどっています。大きく… いえ、美しくなられましたな、姫君」


 柔らかく微笑んだ御老人はいくつかの言葉をわしてから厨房へ戻り、アールグレイの紅茶にミルクと砂糖をえ、円卓まで運んでくれた後、出来立ての菓子が乗った皿を持ってきた。


 それは小麦粉に卵、牛乳と砂糖もくわえた生地を格子状の型に入れて、ふんわりと焼き上げた洋菓子のワッフルであり、イザナが嬉しそうにナイフを入れると中から蜂蜜混じりの生クリームがこぼれてくる。


(改めて地図での位置取りを考えれば、リゼル騎士国は元いた世界のベルギーに近しい土地だったな)


 ゆえに米国式のパンケーキワッフルではなく、西洋式のベルギーワッフルなのかと思いながら無糖の紅茶をすすり、甘いお菓子に笑顔となる連れ合いの黒髪少女をながめた。

『続きが気になる』『応援してもいいよ』


と思ってくれたら、下載の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にお願いします。

皆様の御力で本作を応援してください_(._.)_

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