久し振りの我が家(王城)へ
『城に戻ったら、また忙しくなるな……』
『だね、クロード♪』
零れた呟きを拾い、どこか嬉しそうに応えたレヴィアが上機嫌な理由は明瞭だ。ひと月に及ぶほど離れていた王都エイジアが近いからだろう。
何気なく王専用騎となったベルフェゴールの疑似眼球を動かせば、瞳に投影される整備兵達も少々浮かれ気味だ。
そんな雰囲気もあってか、新参の教導技師も彼らと難なく打ち解けている。
『これなら開発も円滑にいきそうだ』
『うん、国産の騎体は楽しみ、操縦者の選定とか大変そうだけど』
当面は第一世代以上、第二世代未満に分類される巨大騎士を造りつつ、騎士団の戦力を補強する方向に兼任宰相のブレイズと調整して、リゼルの国力を注ぐつもりだ。
従って候補となる準騎士や、準魔導士らの名誉と昇格を懸けた競争が始まる訳だが、騎体適性の都合があるので、最悪の場合は良い人材が揃わないこともあり得る。
(まぁ、初期生産分の操縦者は何とでもなるか)
幸いにも騎士の国を名乗るだけあって軍部に所属する将校の質は高く、此方を当てにする腹積もりのニーナに急かされた最低限の増強は実現可能だろう。
『いざという時の備えは必要でも、使わずに済めば最良だがな』
『“戦わずして勝つ” 、孫子だったかな?』
『それで間違いありませんけど、微妙な格言かと』
騎体の外部発声器で話し掛けてきたロイドの言葉に触発され、肯定の一方で疑問を挟んだエレイアの言う通り、よくよく考えたら分かり難い部分もある。
『戦わないと勝てません… ですよね、クロード様?』
『恐らく、戦闘以外の要素で勝てという薫陶だ』
『でもそれだと武力以外で、結局は戦っています』
『あぁ、言葉自体の話なんだな』
一瞬だけ、何故、“物理的に戦わずして勝つ” と書かなかったんだ。などと、孫子に突っ込みを入れて、少々理屈っぽいエレイアにあくまで限定的な“戦い”の意味だと説明しておいた。
『なるほど… 概ね、理解できました』
声音から腑に落ちた様子が伝わって、会話の区切りが付いたかと思えば、今度は後部座席のレヴィアがぽつりと想いを吐露させる。
『やっぱり争わないで済むなら、それが最良? だよね』
『あぁ、異論はない』
正体不明の勢力による襲撃事件の際、初めて人を殺めたのは彼女も同様らしく、軍事組織に属する上での覚悟はあれども、遭遇戦の緊張と興奮が収まった後は塞ぎ込んでいた。
此方も無邪気に木刀を振っていた幼少期と異なり、真剣を手に対峙する相手と殺し合うのは御免被りたい。ただ、不可避な戦いも往々にあるのが難しいところだ。
(先ずは軍備拡張が急務、護るべき者のために……)
女狐殿のように周囲の反感を買う可能性もあるが、上手く立ち廻れば害意を思い留まらせて、安定をもたらす抑止力となる。
それに加えて、初期段階で “滅びの刻楷” の脅威に晒された国々は優先的な技術支援を受け、既に独自の巨大騎士を実戦配備し始めているため、騎士国が遅れを取るのも良い気はしない。
『…… 技師には頑張ってもらわないと』
『鍛冶師や錬金魔術師もだね、僕はソウイチロウさんに期待かなぁ』
声を弾ませてロイドが名指したのは稀人の刀鍛冶で、将来的には騎体兵装の日本刀を作りたいと売り込んできた初老の人物だ。
玉鋼に似た特質を持つ錬金素材を使い、鍛冶師仕様のクラウソラスで鍛造するとか、意味不明な構想を宣っていたものの… 当面は通常の武装を拵えてもらうことになるだろう。
それを本人に言ったら、取り敢えずは騎士王の得物を打たせてくれという話になり、大和の血筋だと自称する優男も、透かさずに自身の分を頼んでいた。
『ふふっ、これで憧れの太刀が……』
『月ヶ瀬家の古文書に絵図のあったアレですね、兄様』
『やけに嬉しそうだな』
『僕も柳生の端くれだからね、機会があれば欲しかったんだよ』
斯く言う俺も、西洋式の両刃剣より日本刀の方が手に馴染むので、密かな楽しみだったりする。
少々浮かれた気持ちが人工筋肉の神経節を通じて、一緒に黒銀の騎体を駆る赤毛の少女にまで伝わったらしく… 何やら、疑問含みの感情が返ってきた。
『ねぇ、そんなに良い物なの? 太刀ってさ……』
『結局は技量次第だと思うぞ、遣い手の』
この身に刻んだタイ捨流は甲冑を想定した介者剣術のため、扱う刀の中には5尺3寸(約160㎝)に及ぶ大太刀も存在しており、左甲段の構えより打ち下ろせば武者鎧ごと相手を叩き切ることも不可能ではない。
現物を見れば分かるが、長くて太い業物は “西洋剣よりも頑丈” で重く、用途も江戸時代の着流しを前提とした太刀と違って、重量で “叩き切る” という思想に通ずるものがあった。
『…… それって、私の身長くらいあるんだけど』
『鞘から引き抜くのすら、大変だぞ』
『何のためにあるんだよぅ、そんなの』
呆れた声でレヴィアが苦情を漏らせども、俺の爺さんは勢いのままに大太刀を引き抜きながら、手にあまる鞘を途中で後方へ投げ捨て、剥き身となった刃で大樹の幹を断ち切っていたりする。
(昔は憧れてたんだけどな、明らかに人間の枠を踏み外してやがる)
“儂の背中を越えて征けッ、蔵人” と嘯いていた姿が脳裏によぎり、空虚な笑いが漏れてしまった。
『急にどしたの?』
『唐突に笑われると気持ち悪いです』
『いや、何でもない』
やや引き気味な二人の少女にそう返して、隊列の最後尾に付いているクラウソラスの四番騎、復路ではディノとリーゼが操縦する騎体に念話装置の回線を繋ぐ。
『用件はなんだ、クロード王』
『帰還したらL型改 “ガーディア” の実機試験だな、模擬戦とかどうだ?』
『……………… 断る』
『そうか』
以前、“借りは返す” と言われた経緯もあって、拗れた関係を改善させる一助になればと、気負わずに投げた言葉が否定されてしまう。
職務上、必要となる会話や、遣り取りには応じてくれても、それ以外は拒否されるのが居たたまれない。
『気を悪くしないでね、 意固地になってるだけで《《人畜無害》》だから』
『分かっているさ』
皮肉が利いたリーゼの言葉添えに返答しつつも、遠くに見える王城とフィアレス大聖堂へ向けて、随伴する騎兵や荷馬車の速度に合わせながら、ベルフェゴールの脚を動かせていく。
やがて郊外の田園風景を抜けると都市防壁の北門へ辿り着き、巨大騎士よりも低い壁越しに凡そ一ヶ月振りとなる街並みが見えた。
読んでくださる皆様の応援で日々更新できております、本当に感謝です!
『続きが気になる』『応援してもいいよ』
と思ってくれたら、下載の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にお願いします。
皆様の御力で本作を応援してください_(._.)_




