迷いは全て刃の後ろに置け!
「うちのような小国だと、ゼファルス領の単独よりも国力が無かったり……」
「世知辛い話だな」
「うぐ、同じような国も大陸には多いんだよぅ… ですよね、団長!」
「あぁ、その中でも、我らは巨大騎士の独自改修が可能なくらいには進んでいるぞ。ゼファルスの女狐に頑張って媚を売り、ゴマも擦ったからな。秘蔵の技術者を何人か融通してもらえるほどだ」
以後、俺が担うクラウソラスの四番騎の整備を監修しているのも、“因果の涯” から迷い込んだ稀人で、西洋系移民のアメリカ人らしい。案外、各地で行方不明となった者達の一部は、この世界に流れ着いているのかもしれない。
(身をもって経験している手前、否定はできない)
異形の怪物相手に研鑽してきた刃を振るえば食うには困らなさそうだが… 時折、疼痛にうめき声を出す負傷兵もそこら中におり、言わずもがな死の危険と隣り合わせになる。
ひとつしかない命が大切なのは当然として、後生大事に扱っても、いずれは老いて死ぬだけだ。“お前は使いどころを誤るな” と爺さんに言われていたものの、此処がそうだというのか?
「“迷いはすべて、刃の後ろに置け”、と言われてもな」
突き付けられた現状に戸惑っている限り、ご先祖様の境地には程遠く、夕焼けになり始めた空の下で重い溜息を吐き出す。
「勝手を知らなくて不安だろうけど… 多分、何とかなるよ。少なくとも、遠征中はパートナーになる訳だから、悩みや困りごとがあったら教えてね?」
「遠慮なく頼らせてもらう、ありがとう」
少し照れながらも、気遣ってくれたレヴィアに礼を述べ、これからどうしたものかと小首を傾げた。
「ん、戦闘が終われば、私たちの仕事は次に備えた休憩だから、輜重隊が設営してくれた天幕に… あっ」
「何か問題があるのか?」
「一応、騎体の搭乗者はペアごとに私的な空間が宛がわれているんだけど……」
要するに彼女と幼馴染の場所であって、決闘に破れたディノ・セルヴァスが団長の命令により、騎体から降ろされた今は曖昧な扱いになっている。
なお、天幕は高価かつ嵩張り、持ち運びに向かないのもあって全員分は用意されておらず、大半を占める一般兵は厚手の外套や、木々の枝葉で雨露を凌ぐようだ。
ともあれ、俺がクラウソラス四番騎の操縦者と、その魔導士であるレヴィアに割り当てられた天幕へ、お邪魔して良いのかという事だが……
「余計な荷物は私達のところに運びましたから、問題ないですよ」
「そうなの? ありがとう、フィーネ」
「いえ、礼には及びません。そうですよね、義父様」
「あいつは此方で鍛え直す。二人とも、気兼ねなく使えばいい」
ざっくばらんな態度で宣い、俺の背中を叩いた団長殿が義娘を伴って、軍議に使われることも想定された一番大きい陣幕へと踵を返す。
「じゃあ、私達もいこっか?」
「そうだな」
とは言ったものの、あまり広くもない幕屋に可憐な少女と籠もるのは躊躇いがあるため、入口で足を止めてしまう。
軍属だけあって抵抗がないのか、さっさと中に入ったレヴィアは羽織った上着を脱ぎながら、焔のような赤毛を揺らせて振り向き、疑念含みの視線を投げてきた。
(郷に入っては郷に従え、とも言うからな)
特に意識されてない状況で年上の自身がどぎまぎするのも、何やら情けない想いがあるため、下世話な感情を斬り捨てて内側に踏み込む。
森林地帯の風景に溶け込むような、モスグリーンの天幕の中は然したる物もなく、毛布の類があるだけだ。
行軍中だからなと思い直して端っこに腰を下ろせば、荷物を漁っていたレヴィアが革水筒を取り出し、二つの木製マグに琥珀色の液体を注ぐ。
芳香で判断すると、林檎を発酵させたシードルだろう。
(こっちに林檎があるか知らないけどな)
困ったものだと思いつつ、こぼさないよう慎重に差し出された木製マグを受け取り、飲む前にもう一度だけ香を確かめる。
「林檎酒か?」
「うん、クロード達の世界と此処って、“因果の鎖” ?で繋がっているらしいから、食べ物とかも基本的に同じなの」
ありがたい事実に感謝しながら片手の木製マグを傾け、久方振りの水分補給で喉を潤して人心地つく。
「えっと、もう意識共有の段階で知っていると思うけど、私はクラウソラス四番騎の魔導士レヴィア・ルミアス、改めて宜しく」
「では、此方も… 斑目 蔵人だ。至らぬ粗忽者だから、迷惑ばかり掛けると思う」
狭い天幕の中で、お互いにぺこりと頭を下げ合う。その後は夕食までの時間、彼女を質問攻めにして現状の把握に務めた。
「うぅ、貴方って意外と細かいのね」
「“石橋は叩き壊して渡らない” 主義なんで、付き合ってもらうぞ」
情報は質にもよるが、多ければ多いほど選択肢が拡充されていくため、微に入り細を穿つ感じで根掘り葉掘り聞くこと一刻半。
匙を投げるではなく、夕飯の野菜と肉のスープを片手に匙を咥えたレヴィアは疲れ切った表情になっている。
彼女の尊い犠牲により、俺を拾ってくれた連中が “滅びの刻楷” の支配地域に近い小国リゼルの騎士団だという事や、国内に築かれつつある敵方の橋頭保 “精霊門” の破壊を目的としている事は理解できた。
それに先程も少し聞いたが、件の巨大騎士は国王ストラウスが隣国の地方領主たるニーナ・ヴァレル嬢に多額の資金を貢ぎ、教導役の技術者付きで供与されたという経緯にも詳しくなった。
彼の人物、ゼノス団長が言うところの女狐殿は役立つ稀人を集め、側近として領内の要職に就けているようなので、いずれ接触を試みても良いかもしれない。
(ま、当面は騎士団の厄介になるしか選択肢はない、精霊門の破壊に尽力するとしよう。あんまり、骨肉を切る感触は好きになりたくないんだがな……)
意図せず、現代社会で無為に磨き上げてきた合戦剣術が活かせる機会を得て、殺し殺されの状況であっても微かに胸が躍る自身を戒め、迷い込んだ異世界での初日は過ぎていった。