“寡兵よく大軍を破る”とも言いましょう
他方、アイウス帝国の首都であるベリルに近く、その南西方向に位置するリグシア領の中核都市ライフツィヒでは、件の襲撃を敢行したナイトシェードが二体、人目を凌いで夜間に帰還していた。
双方とも僚騎が殺られた時点で本格的な白兵戦を避け、マグネシウムを主成分とする特殊兵装 “音響閃光弾” の使用により、即座の追撃を封じて退いたことから大きな損害などはない。
ただ、操縦者たる騎士らの表情は極めて陰鬱だ。
「此処を出た時は六体だったのにな」
「すまない、指揮を執った俺が未熟なばかりにッ」
慙愧に耐えないという態度の青年将校を見て居たたまれず、やや年上の部下はバツが悪そうにそっぽを向き… 鋭く睨みつけてきた指揮官付きの魔導士、エルネアと視線が合ってしまう。
「レオは何も悪くない、元々の計画が杜撰なだけ。ジクス、貴方って馬鹿なの?」
「いや、別に責めたい訳じゃねぇよ、お嬢ちゃん」
やれやれと頭を掻いた相手に対して、さらに言葉を重ねようとする薄紫色髪の少女に向け、庇われた側のレオナルドが首を左右に振った。
「気持ちは嬉しいが、部隊長に一切の責任が無いなんて不謹慎だ」
「………… ん、それなら我慢する」
一拍置き、内輪で揉めても不毛だと判断したのか、桜唇を引き結んだエルネアは諫めてきた相棒にそっと寄り添う。
その様子に自騎の制御など担う魔導士と顔を見合わせたジスクが呆れ、苦笑いを浮かべたところで城内から遣わされた衛兵が伝言を持ってきた。
「さて、ハイゼル様のお叱りを受けてくるとしよう」
襲撃部隊の帰還を知った侯爵の招聘に応じて、青年将校は失敗の泥を被るのも仕事だと宣い、隠し切れない憂鬱さが滲んだ顔を見られないように踵を返す。
この期に及んで待たせることはできず、足早に駐騎場を抜けて城門へ向かえば、その傍らにリグシア領の騎士長ヴァルフが佇んでいた。
「こんな場所で、何をされているんですか?」
「此方も呼ばれてな、先に結果を聞いておこうと思ったのだ」
騎士達を纏める立場上、城内に専用の職務室を持つため、騎体工房から出向く相手に先んじていた精悍な御仁が低い声で、首尾を尋ねる。
「失敗です、申し訳ありません。十分な成果を上げられずに預かった新造騎体の内、四体を失いました」
「…… そうか、ご苦労だった」
苦虫を嚙み潰したような表情となったヴァルフが反転して、随伴するレオナルドを従えながら領主の執務室へと向かう。
然したる時間を要さずに辿り着き、許可を得て入室すると頑固そうな初老の領主以外にも、不健康なまでに色白い肌を持つ妖艶な娘が同席していた。
腰まで届くような月白色の髪を揺らして振り返った令嬢が微笑み、色素の薄い瞳で見つめてくる中でリグシアの領主、ハイゼル・バレンスタインが口を開く。
「先ずは報告を聞かせてもらおう」
響く言葉に他領での襲撃を指揮した青年将校が進み出て、上役である騎士長に目配せで確認を済ませた後、執務机の椅子に座す侯爵へ一礼した。
「失礼致します。先日、夜闇に紛れて実行したウィンザードへの襲撃ですが……」
事実を包み隠さずに伝えることしかできず、東西の防壁門を破壊して周辺へ与えた被害、大通りに於ける敵方との遭遇戦など詳細を語るに連れ、聞いていた相手の機嫌が急激に悪化していく。
「…… つまり、陽動は成功したにも関わらず、目的を達することなく、女狐如きの寡兵に敗れて貴重な騎体を失い、無様に逃げ帰ったのかッ!」
凝り固まった皇統派である故、彼の侯爵は帝国貴族にも血筋や出自を求める傾向があり、自領では “下賤な身分” に過ぎない稀人のニーナ・ヴァレルが領地を治める現状に忌避感を持つ。
ましてや、得体の知れない異界出身の人物が多大な戦力を保有するなど許されず、あるべきアイウス帝国の姿を取り戻そうと行動したのだが 、すべては失敗に終わってしまった。
「不甲斐ない結果となり、申し開きも御座いません」
「くッ、どれだけの資金と時間を投じたと思っているんだ、この痴れ者が!!」
怒りのまま投げつけられた没食子インクの瓶がレオナルドの胸元に当たり、士官用の軍服に黒い染みを残す。
「侯爵様、お怒りを鎮めてください、“寡兵よく大軍を破る” とも言いましょう」
「現実には殆ど有り得んよ、ファウ」
「あら、そうでしたか」
小首を傾げて微笑んだリグシア領における騎体開発の責任者を見遣り、ハイゼルは納得がいかない表情で言い捨てる。
「お前は悔しくないのか、自ら設計開発した第二世代の新鋭騎が女狐の造物に後塵を拝したのだぞ?」
「いえ、私の巨大騎士が “紛い物” に劣るというより、遣い手の問題ですから」
しれっと責任は至らぬ操縦者と魔導士にあると転嫁しながらも、ファウと呼ばれた見目麗しい令嬢は言葉を続ける。
「それと、今回のような奇を衒った戦術は多用できません、絡め手がダメなら次は正攻法かと存じます」
「些か性急に過ぎます。皇室の権威が衰えた状況では不測の事態になり兼ねない」
「ふふっ、面白いではありませんか? それに……」
話の行き先を変えるべく騎士長のヴァルフが口を挟んだものの、武官達が気付き難い部分で事は始まっており、皇統派や中立派の貴族連中への根回しなど、徐々に進められているのが実情だと《《白狐》》は嘯いた。
「事前に地固めした上、機を見て判断する。無策で放置するのは危険だからな」
現在は西部戦線で刃金を振るうゼファルス領所属の巨大騎士も、女狐が自由に動かせる手駒の私兵なので、ともすれば矛先が皇統派や帝国領内に向きかねない。
実際にそうなる可能性は低いのだが… どこか異質なニーナ・ヴァレルに疑心暗鬼を募らせた侯爵は焦燥を抱いており、手が付けられる段階で気に入らない相手の戦力を削って、自身が優位に立たねばという歪んだ思いに囚われていた。
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