スケープゴートは必要です
寸刻だけ、自国の特色に想いを馳せていたら、此方の様子を窺っていた令嬢が痺れを切らしたのか、さらに言葉を重ねる。
「火急の折、何らかの事由で助勢が不可能になったら、皆と貴国へ亡命させてもらうオプションはどうかしら?」
「…… 国境までしか出張れない挙句、そちらの動向を察する手段もない」
「ん~、ご多分に漏れず、リゼルの密偵も領内に紛れていると思うけど」
さらりと告げられた事実に疑念を抱き、振り向けた視線で素知らぬ顔のライゼスに説明を促すも、呆れ混じりに眉を顰められてしまう。
「この場で話せと? 適切な話題とは言えんな」
「まったく以って、その通りだ」
帝国の領主貴族に聞かせる話ではないと思い至り、諫言に反駁することなく、素直に同意して思考を戻す。
「亡命の腹案を鑑みるなら、悪い条件でもないか」
「好きに判断すればいい、すべては御身が決めることだ」
“それを丸投げと呼ぶのでは?” と溜息を吐きたくなるが、最終的な決定権は騎士王にあるので致し方ない。
ただ、不味い裁可など出そうものなら、宰相兼任の魔術師長を筆頭にして、重臣の三銃士から矢継ぎ早に文句を言われるため、大きく道を誤ることはないはずだ。
(取り敢えず、此方の内情はさておき…… )
ざっと出揃った事柄を纏め、黙して返事を待つニーナと向き合う。
「互助支援の取引、応じさせてもらおう」
「ん、商談成立ね、そっちはどこまで巨大騎士の技術を持ってるの?」
あざと可愛らしく、小首を傾げながら見つめられても、門外漢の俺には分からないことであり、少なからずの見識がありそうな副団長殿に任せる形で身を退いた。
「先日、騎士国の技師らがクラウソラスK型を全面改修した際、魔導核と心臓部以外の構造は概ね理解できたそうだ」
「途中から、他国への転移が規制された部位ね」
「それを俺達に与えても良いのか?」
帝国内で不利益を被らないよう、領主たる令嬢を慮った発言にも関わらず、何故か面喰らった相手に大胆不敵な微笑を返されてしまう。
「既に取引は此処の三人と廊下で聞き耳を立てているアインストだけの密約、今更その部分に拘って日和る意味がないわ」
「ぐッ、確かにな」
先ほどの密偵絡みの件に加え、この遣り取りも含めて、どうにも腹を探り合うような会話は苦手だ。
だからと言って、刃を振るうだけでは為政者など務まらないため、日々精進しなければと気を引締めつつ、言質を取りにいく。
「騎士国に魔導核や心臓部の技術供与があると考えても?」
「違うわ、貴方たちが自身で開発するの… 建前の話だけどね」
「あぁ、それで騎体ごとの国産品か」
徹底的にニーナ・ヴァレルの関与を伏せ、隣国が独自に組み上げた巨大騎士という名目で、世に送り出す意図があるのだろう。
「それなら、スケープゴートも用意すべきだな」
「えぇ、該当部品の仕様書や設計資料を渡すから、適当な人物に模倣した書類を作らせて、計画の主導者に仕立てると良いわ」
「ふむ、リゼル国籍の技師から、愛国心が強い者を… 別に口が堅いという条件ならブレイズでも構わんな」
言い掛けた言葉を止めたライゼスの機転により、本人の預かり知らぬ間に留守居組の魔術師長が初めての国産騎に付き、その開発を成功させた賢者に祭り上げられることが決まってしまう。
後日、赤毛の魔導士レヴィアの父親でもある彼が必死に関連資料を書き写した末、ブレイズ・ルミアスの名前は自国の騎体開発史に刻まれるのだが……
ともあれ、他にも追加の教導技師を訪問団に紛れ込ませて出向させることや、互いの連絡要員を駐在させることが円滑に取り決められた。
また、戦力的な問題もあり、最低でも数騎以上は早い段階で稼働状態に漕ぎ付けて欲しいとの要望が出され、必要な具材の一部はゼファルス領に縁のある帝国商人を経由させて、密かに輸送される手筈となった。
「当面はこんなものかしら?」
「そうだな、付随的な諸々《もろもろ》は状況次第になる」
大体の思いつく懸案事項をニーナと摺り合わせ、初対面の時と同じく握手を交わして微笑んだ後、柔らかい手を離してライゼスと共に執務室を辞す。
なお、事の発端となったディメル近郊の森林火災は結構な被害を出しており、後発の騎兵隊と入れ代わりで三体のクラウソラスが襲撃の翌朝に帰還したものの、残り半数の騎体はまだ戻れないそうだ。
そんな事情もあって、都市防衛の一翼を引き受けた俺達も駐騎場のある城郭内に縛られ、未だ帰還の途に就けないため、わりと時間だけはあったりする。
「という訳で、剣を振りにいこう」
「うぐぅ、全然、意味が分からないよ」
戦場では一蓮托生なこともあり、日頃から傍にいる時間の多いレヴィアと並んで、木漏れ日が射す小城の中庭を抜けて兵舎付近へ向かう。
目指す先はゼファルス領の将兵らが技を磨く練兵場で、毎朝の鍛錬に上乗せして身体を動かすには最適なスポットと言えた。
打ち合える相手がいたら尚良しなので、王都エイジアの木工職人に造ってもらった木刀持参で石畳の広場へ踏み入り、知己がいないか周囲を広く見渡す。
そこには馴染みの薄い領兵らが木剣を振るう姿に混ざり、珍しくも副団長殿が木槍を構えて、流麗な動きをみせる姿があった。
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