さあ、取引をしましょう
「……で、回収した敵性騎体の話よね」
「あぁ、ざっと見た感じでは第二世代に相当するんだろ」
「クロード殿、実際に戦った者としての意見を聞きたいわ」
「と言われても……」
矢鱈と魔法を撃ち込まれた印象しかなく、弾幕を突破した後はアインストの騎体と共に鎧袖一触の如く切り伏せたこともあり、参考になりそうな部分はない。
「戦闘時に相手の騎体性能なんて、意識外だからな」
「むぅ、アインストは?」
「騎士王殿と同じくです」
省みたところで、件の連中が市街地で範囲系の攻撃魔法を使わなかった事実とか、最低限の良識は持ち合わせていたと思えるくらいだ。
「くッ、二人とも当てにならないわね」
やや拗ねてしまったニーナを目の当たりにして、技師と操縦者の認識差に気付きつつも、敵騎の特性を彼女から聞けばベガルタと同じく、軽量化と出力強化に注力されていたらしい。
「こっちと遜色ない、かなりの技量で造られた逸品よ」
因みにアイウス帝国の御歴々《おれきれき》より “待った” を掛けられる以前、様々な国や地域へ技術を伝播させたのは独自発展も視野に入れている行為なので、鹵獲騎の存在は想定の範疇だと女狐殿が宣う。
「折角の騎体が内輪揉めで使われるとか、悲しいけどね」
「あぁ、矛先を向ける相手が違う」
それでも一部の権力者だけ破格の戦力を持つ危険性や、複数の国家で “滅びの刻楷” と対峙する必要性を考えれば、技術移転は既定路線だったのだろう。
結果、顔を揃えながら、以後の対応を考えている訳だ。
基本的に他領へ浸透しての隠密行動や襲撃は入念な準備が必要であり、好機と言える現状で第二波がないなら当面は安全だが、用心するに越したことはない。
「兎も角、暫く滞在を延長する件は了承した」
「ありがとう、感謝させてもらうわ」
「では、本国に向けて伝令代わりの騎兵を出しておこう」
「宜しく頼む、ライゼス」
数日ほど帰還が遅れることに関して、王都の街中へ出掛ける約束をしたイザナには悪い気もするが、素知らぬふりも性分に合わないのが実情だ。
(瓦礫に潰された子供の遺体、見なければよかったな)
一応、他所様の庭なのは弁えているため、黙ったままニーナとアインストが今後の方針について話し合うのを静聴する。
「ん~、これだと、哨戒にあたる斥候兵たちの負担が大きくないかしら?」
「勿論、その体制は常に維持できませんし、非合理的でしょう」
言わずもがな、無理に続けると将兵の疲労が重なり、綻びが生まれることから、傾注すべき期間は情勢に応じて定めるものだ。
「少なくとも、ディメルの近郊へ消火活動に向かった騎体が戻るまで、彼らに頑張ってもらいます。敵騎に都市へ侵入されると厄介極まりない、昨夜は最悪でした」
ちらりと横目で此方を見遣り、ゼファルス領の騎士長が同意を求めてきたので、やや苦い表情を浮かべて答える。
「確かにな、魔法攻撃で城郭を直接に狙えるし、そうなれば防衛側の騎体は下手に躱せない。しかも、周辺への被害を考慮すると撃ち返せない始末だ」
「うぅ、それは想定していたから、侵入を許さないつもりだったけど、現実的にはこの有様、嗤ってもいいわ」
自虐の言葉を吐き、ぐでっと執務机に半身を投げ出した令嬢のつむじなど見つつ、どうしたものかと逡巡するが… むくりと起きて、鋭い視線を投げてきた。
「ねぇ、取引しない? 騎士国に取っても悪い話じゃないと思う」
「その口振りからして微妙だが、話ぐらいは聞いておこう」
「アインスト、廊下の衛兵を退かせて警護に就きなさい」
「了解です、貴女の悪だくみは領民の為になりますからね」
快く頷いた御仁が執務室より出て、扉の外にいた衛兵へ指示を出す声が聞こえた後、数秒の間を空けてニーナが話を切り出す。
「王都エイジアで独自の騎体を開発してみない?」
僅かに背後でライゼスが身動ぎした気配を感じながらも、願ったり叶ったりな提案に飛びつかず、ひとまずの瞑目を挟んだ。
「取引なら対価が必要だろう、何を望む?」
「秘密裏の襲撃が失敗に終わった以上、相手が表立ってくることもあるからね。貴国の戦力を増強させる代わり、いざという時の助勢が欲しいの」
単純に考えれば、自前の戦力を充実させる方が手っ取り早いため、それを露骨に指摘してやると、ニーナは辟易した表情になった。
「皇統派の貴族に睨まれている現状、騎体保有数を迂闊に増やそうものなら、何を言われるか… でも、他国には干渉できない」
「世知辛い話だな、それで俺達に恩を売って利用する腹積もりか」
「否定はしないわよ、その通りだし」
明け透けな態度で女狐殿は嘯くも、この取引とやらは技術や素材の先払いになるため、此方が約束を破った場合、純粋な損失を被り兼ねない。
故に一定の信頼は得ているとの判断で、衒わずに告げておく。
「時々の事情もある、最終的には自国の都合を優先させてもらうぞ?」
「一度、窮地を助けてもらったから我慢する。あと、国益を損なう王は信用できないし、寧ろ率直に言ってくれた方が好印象ね」
そう言い切って微笑んだ令嬢に嘘偽りはなさそうだが… 稀人に向ける無条件の同胞意識が含まれており、ある種の危うさを感じさせられた。
(…… あまり影響を受けるのは問題だな)
仮にも王位を預かる立場故、人々の間に軋轢を生むであろう、稀人や子孫らの特別な扱いは控えるのが堅実。
あくまでも中立的な言動を心掛け、その点に於ける理解に乏しいニーナの如く内輪の敵を作らぬよう、自戒しながらライゼスに問い質す。
「開発支援と援軍確約の取引、受けるべきか否か、意見を聞かせてくれ」
「国産騎は我らが悲願なれど、仮に国難があってゼファルス領が危急の時に見捨てることがあれば、末代までの恥かと」
武士は食わねど高楊枝、礼節を重んじるのは堅物な副団長殿らしくもあり、難儀とも言える部分だ。
(つまり、恩を受けたら、是が非でも義理は通せという警鐘……)
恐らく、残りの “おっさん三銃士” であるゼノスや、ブレイズも似たり寄ったりな意見のはずで、無為に古風な黒髪少女も賛意を示すのが目に浮かんでしまう。
過日の大帝国、地球仮説を聞いた今となっては神聖ローマ帝国にしか思えないが、そこの腐敗に嫌気がさして独立を選んだリゼルの経緯など踏まえれば、面倒な頑固者らが集う国家なのかもしれない。
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