兵士は殺されるのと同程度に殺すことに抵抗を覚える
「お疲れ様、激しい戦闘だったようね、クロード殿」
労いの言葉を添えて差し出された紙コップ、蓋と吸い口があるものをニーナから受け取り、軽く謝意を伝えてから中身を啜れば、苦い珈琲の味が口腔へ広がる。
若干、緊張していた気持ちが少しだけ和らぎ、やっと人心地がついた。
「出会い頭から散々な目にあったな」
「あぅ~、大変だったよぅ」
溜息を漏らしたレヴィアと雁首揃え、一緒に乗騎を仰ぎ見れば、攻撃魔法を連続して叩き込まれた装甲は所々で壊れている。
修理が必要となる箇所には、作業車で無属性持ちの魔術師らが近づき、魔力干渉で軟化させた金属素材を粘土のように扱いながら、欠損部を補填していた。
さらに強度を上げるためか、共同で作業する鍛冶師らが槌を振り上げて叩きおろし、幾重もの打突音を響かせる。
無論、黒銀の塗装とか、どうでもいい事は後廻しにされる運命なので、まだらな迷彩模様に変わっていく姿を眺め、再度もらった珈琲を喉に流し込んだ。
やや遅れて此方と同じく、ベルフェゴールに意識を向けていた令嬢の視線が戻り、一瞬だけ泣きそうな顔を覗かせたかと思えば自嘲気味に嗤う。
「色々と私の考えが甘かったわ、誰だか知らないけれど、此処までやるなんて…… 死傷した住民の数や、都市の被害状況を聞くのが怖い」
「気負い過ぎるなよ、悪いのは襲撃者の側だ」
「ありがとう、救助活動の支援も含めて」
東門での戦闘直後、幾つかの死体や潰れた家々を自騎の疑似眼球が捉えていたこともあり、帰還するや否や城内の者達へ指示を出し始めたアインストに倣って、俺も待機中の訪問団員を協力させるようにライゼスへ頼んでおいた。
今頃はディノとリーゼが小隊規模の随伴兵を率いて要救助者の捜索や、瓦礫の除去作業などに向かっているはずだ。
「見掛けより、被害が少ないのを願おう」
「えぇ、本当にそうね」
物憂げな “救世の乙女” が異形の軍勢に抗うため、垣根なく技術を普及させた騎体同士の戦闘、いずれ起こるのは必然だったとしても、早々に割り切れないのだろう。
その一方、初の対人戦闘で得られた教訓も多く、それらを活かす必要があった。
「…… 巨大騎士の攻撃魔法とか、厄介だからな」
「ん、もっと日頃から、私に頼っても良いんだよ?」
耳ざとく独り言を拾ったレヴィアが頷き、ここぞとばかりに身を摺り寄せてくるので、取り敢えず赤毛の頭をポフっておく。
少しだけ気を取り直したニーナに揶揄われながらも、明け方まで警戒待機を続けた後、俺達は工房の片隅で一緒の毛布に包まり、遅めの眠りに就いた。
結論から言えば二度目の襲撃はなく、翌日には擱座した所属不明の騎体がゼファルス領の整備兵らによって回収される。
なお、此方が初撃を喰らわせた敵騎の操縦者と魔導士は戦死、ベルフェゴールの鋭い爪で腹部を貫かれた僚騎の連中はどさくさに紛れて逃走したようだ。
「アインストやダニエルの相手も操縦席で亡くなっていたし、証拠は掴めないけど、首謀者の心当たりは《《数人》》あるわ」
執務机に両肘を突き、手を前で組んだニーナが渋い顔で諸々の状況を説明するも、交戦した巨大騎士の操縦者らが死んだと聞かされたことで、俄かに意識の集中が乱れてしまう。
戦場に於いて何らかの兵器や距離を間に挟めば、命を奪う際の心理的な抵抗感が薄れるというのは事実らしいが、後からジワリとくるのも否定できない。
(斬ると決めた以上、殺し殺される覚悟があったのに)
意外と “真っ当な拒絶反応” を示した自身に安堵はあれど落ち着かず、小首など傾げた令嬢に胡乱な視線を投げられる。
「顔色が優れないわね、大丈夫?」
「今更、人を殺めた実感が湧いてな……」
誰かに言いたかったのか、さらりと口から零れた包み隠さない言葉を受け、心根の優しい令嬢は臙脂色の瞳を逸らせて、すまなそうに桜唇を開いた。
「多分、イスラエルの調査かな? 兵士は殺されるのと同じくらいに殺すことに抵抗を覚えるそうね。クロード殿は正常よ、銃後の私が言えた義理でもないけど」
「ありがとう、気遣いに感謝する」
彼女らしい理屈っぽい励ましが少々面白く、肩の力を抜いて一息吐き、飾りのない謝意を述べる。
背後より “罪人の一人や二人、斬らせておくべきだったか?” などと、ライゼスの物騒な呟きが漏れ聞こえてくるものの、面倒なので無視を貫いた。
「それにしても、あの動きで対人戦が初めてなら、素晴らしいものです」
「無我夢中に過ぎないさ、アインスト殿」
此方からすれば瞬時の判断で、一切の呵責もなく味方騎を盾にして近接戦を挑み、悪びれない御仁の方が尊敬に値する。
それをオブラートに包まず伝えると、ゼファルス領の騎士長は豪快に笑った。
「お褒めに預かり恐悦至極、私にとっては紛れもない称賛ですよ」
「主従揃って良い性格だな、卿ら」
「え゛、私まで同列扱いなの!?」
“何言ってんだコイツ” という驚愕の表情を向けてきたニーナが異議を唱え、まつろわぬ配下に対する愚痴を延々と聞かされてしまうこと数分……
「んんっ、ニーナ卿、我々も暇ではないのだ」
「御免なさい、話が逸れたわ。本題に戻りましょう」
わざとらしい咳払いをしたライゼスに促されて、朱に頬を染めた令嬢が自身で脱線させた内容を引き戻す。
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