騎士王の乗騎は狂暴です
『うぉおおぉおぉ!』
『きゃうぅ――ッ』
高速機動による負荷を身体に感じた直後、敵方が胸部を狙って撃ち出した豪焔弾がベルフェゴールの歪な左腕に阻まれ、表面の装甲ごと砕け散る。
僅かに遅れて下腹部へ飛んできた豪風刃も、ざっくりと右腕の盾を切り刻んで、虚空に掻き消えた。
外観よりも堅牢なニーナ・ヴァレル愛蔵の騎体に感謝を捧げていれば、俺達と同様に魔法攻撃が着弾したであろう、アインストの乗騎から届いた外部拡声器による言葉が耳朶を打つ。
『背を追わせてもらいます、騎士王殿』
『好きにしろ』
盾代わりにされるのは若干の苛立ちがあれど… 街中で撃ち合う訳にもいかず、接近戦闘を挑むしかない以上、それも一手と受け入れて彼我の距離を詰めていく。
遭遇時点で500mほど離れていたのもあり、魔力圧縮式の背部バースト機構など併用した最高時速120㎞を以っても、敵に初撃を喰らわせるまで十数秒が必要だ。
常識的に考えるなら、敵方がその隙を見逃すはずもなく、もう一度だけ遠隔の攻撃を凌ぐ必然性があった。
『うぅ、もう嫌なんだけど……』
思わず漏れたレヴィアの泣き言が聞こえてくるものの、射撃準備を終えた敵騎らは躊躇わずに魔法を撃ち放つ。
『喰らえやッ、新型』
『ここで擱座させてやる!』
『きゃあぁッ』
『くッ、儘よ!』
自騎の急所を左腕と右腕のアームシールドで庇い、覚悟を決めて魔法の弾幕へ低い姿勢で突き進ませる。
当然だが、両腕で覆える部分にも限界があり、被弾した脚部装甲が弾けて破片を飛ばし、負荷が蓄積した腕盾も半分ほど壊れてしまう。
さらには騎体の骨格や人工筋肉へ衝撃が伝わり、感覚共有で四肢に鈍痛も覚えるが… 気合で堪え、残り少しの距離を走破させる。
その際、左掌に腰元の鞘、右掌には軍刀の柄を把持させて、滑り込むように剣戟の間合いへ踏み込ませた。
『なッ!?』
『うらぁああぁッ!!』
気合一閃、鞘走らせながらの “抜き打ち” が射撃の折、後衛の邪魔にならないよう、片膝突きとなっていた左前衛の敵騎を捉える。
抜刀に伴い、加圧から解放されて撥ねた神速の刃が胸部装甲を切り裂いた。
明らかに騎士や魔導士は絶命している深さだが、それを気に留める暇もなく、仲間を斃された後詰の騎体が動揺の動きなど見せつつも、剣鞘よりロングソードとダガーを引き抜く。
『よくも、シドレ達をッ!!』
怒りに任せて、屈んだまま二度と動かない僚騎の頭越しに刺突を繰り出そうとするも、先んじてベルフェゴールの歪な左腕を突き出させて、搭載されている射出機構を作動させた。
魔力の炸裂による轟音が鳴り響いた刹那、普段は折り畳まれていた部分が瞬時に展開され、伸びた左腕の先にある手指の鋭い大爪で相手の腹部を貫く。
『ッ!? うぁ… ぐぅう……ぁ…………』
『…… 悪いな、余裕がなくて』
胴体部分は的が大きくて当たりやすいと謂えども、かなりの確率で操縦席を直撃すると理解した上、意識的に狙った事実を詫びておく。
ただ、奇を衒った突撃で、アドバンテージを取れるのはこれが限度であり、初撃で沈黙させた鉄屑に喰い込んでいる軍刀を諦め、右前衛の敵騎が振り下ろしたメイスを半壊した腕盾で防ぎながら後退する。
それに合わせて後方より、アインストの騎体が斜に飛び出したかと思えば、攻撃に付随する隙を晒した相手の脇腹目掛け、両手に握り込んだ鉄剣で突きを放った。
『もらったぁああぁッ!』
『ッ、うおぉおぉ!?』
膂力に重量も乗せた渾身の一撃が胸部装甲を貫通して、巨大騎士の血液たる赤い魔導液を吹き零させる。続けて彼の騎士長は得物を引き抜かせつつ、掲げさせたベガルタL型の左脚で敵騎を蹴り飛ばした。
一方、倒れてくる僚騎をバックステップで避けた最後の一体は腰元へ手を伸ばし、掌に収めてきた筒状の物体を放り投げる。
反射的に意識が向いてしまった瞬間、月明かりと魔力灯のみだった薄闇の中で轟音と眩い閃光が奔り、自騎の疑似眼球が一時的に機能を失う。
『ぐうぅッ、音響閃光弾だと!?』
『くそ、防御を固めろ、クロード王ッ!!』
咄嗟に左腕と右腕の欠けたアームシールドを胸元で交差させたが、何かしらの攻撃があることもなく… 視界が回復した時、大通りから敵影は消えていた。
夜闇に紛れてしまえば、濃緑のカラーリングが有効に働いて追跡は難しいため、ゼファルス領の中核都市を襲撃したナイトシェードの後部座席にて、魔導士のエルネアが安堵のひと息を吐く。
『ん、何とか逃げられそう』
『………… 不本意ではあるがな』
都市防壁の西門へ向かわせた部下が気になるものの、此処で討ち死にするのも意味がないのは確かだと考えを改め、リグシア領の騎士レオナルドは無様に敗走している現状を受け入れた。
なお、巨大騎士には貴重な適合者を脱出させる転移魔法の封石が搭載されており、先ほどの市街戦で敵勢を道連れに果てようと試みたところで、有無を言わさず相棒に騎体から放り出されただろう。
操縦者を失った巨大騎士は一切の抵抗ができないので、敵地に取り残された魔導士の運命など碌なことはないが、彼を気遣うエルネアの性格ならやり兼ねない。
(迂闊に自棄的な行動が取れないのは複座型の利点か……)
自分以外の命を背負う難点でもあるなと苦笑して、中核都市ウィンザードから適度に離れた撤退時の合流場所である疎林へ騎体を隠す。
そこで待つ同胞の二騎は…… 少し時を遡った某都市の西門付近で、挟撃の可能性も考えて配されたゼファルス領所属のクラウソラスと、リゼル騎士国の月ヶ瀬兄妹が駆る双剣仕様のベガルタに遭遇していた。
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