こんなこともあろうかと By モブ整備兵
辿り着いた先では、扉の前に陣取る武装した衛兵二名が武器を携えており、無言で此方に鋭い視線を投げてくる。
「リゼルの副騎士団長ライゼス・エッケハルトだ、取り次いで頂きたい」
「ご領主の判断を仰ぎますので、お待ちを……」
扉を三度叩き、領主令嬢の入室許可をもらった上、応対してくれた衛兵は相方を残して中に入り、何らかの会話を済ませた後に戻ってきた。
「卿と騎士王殿の二名だけなら、問題ないそうです」
「少し待っていてくれ、レヴィア」
「ん、いってらっしゃい」
御付きの魔導士に一声掛けてから、護衛の準騎士らに待機の指示を与えた副団長殿と室内へ移動する。
窓際にある執務机の椅子に座り、頬杖を突いたニーナの傍には騎士長のアインストが控えていた。
「夜分、遅くに失礼する」
「別に良いわ、クロード殿。騒いでいるのは私達だから」
「理由を聞いても?」
取り急ぎの用件で睡眠を妨げられたのか、やや不機嫌なニーナはちらりと臙脂色の瞳で目配せを送り、ゼファルス領内の治安維持など担う騎士長に説明を促した。
「東端の町ディメルに預けた伝書用の梟が森林火災を報せまして… 延焼を防ぐため、水属性の魔法が扱えるクラウソラスを中心に六体ほど急行させました」
「一般兵科の混じらない巨大騎士隊だからね、夜間の巡行速度しか出せないけど、現場まで一刻半といった感じかしら?」
後手に廻れば火災規模の拡大もさることながら、森林地帯に根付いている野獣や、小型及び中型の魔獣が焼け出されて近隣を襲うかも知れず、即応性を重視した判断は間違ってないものの……
「ふむ、不測の事態もあり得るので、妥当な処置ではありましょう」
然りと頷いたライゼスが言葉に含みを持たせて、詰めの甘い女狐殿に賛同を返したのは理解できる範疇だ。
近年、ゼファルス領は異形どもの支配域と隣接した三領地へ派兵しているため、俺達が駐騎場や格納庫で見かけた巨大騎士の数は限られている。
現状で六体も向かわせたら、中核都市ウィンザードの護りが薄くなるのは避けられない。取り越し苦労で済むなら幸いと考えて、此処は言及すべきだろう。
「アインスト殿、今動かせる騎体の数は?」
「ベガルタとクラウソラスの二体です。火災現場のディメルに送る数を減らすよう、私も具申を試みたのですが、聞き入れてもらえませんでした」
眉を顰めたゼファルス領の騎士長が憂慮するも、荒事と縁遠い学者肌のニーナは実感が乏しいのか、やや懐疑的な態度だ。
「さっきも話したけど、 “滅びの刻楷” が西域へ侵攻を仕掛けているのに、私が気に喰わないだけで背後から撃つなんて馬鹿、流石の皇統派にもいないでしょう?」
「…… 色々と気苦労が多そうだな」
「それも務めなれど、心遣いに感謝します」
「むぅ、ちょっと待ちなさい! なんで私がダメな子みたいに言われてるの!!」
不服そうな表情で領主令嬢が反論するも、“備えあれば患いなし” とばかりに協力しつつ、理詰めで言論封殺していく。
「そもそも、東部の森林地帯で火災は多いのか?」
「領内で年に数回の報告があるけれど、大規模なものは珍しいわ」
「故に発生理由が通常と異なる気がします、ニーナ様」
「人為的、若しくは意図的な可能性が高いと?」
二人掛かりの諫言に思う部分があったらしく、何かを考えるように視線を逸らした令嬢に向け、慎重派のライゼスも言葉を添える。
「何も無ければそれで良し、無駄になっても笑いごとで済む。だが、万一の場合、取り返しはつかない、事前に備えられるのなら僥倖だ」
「確かにそうね… アインスト、残りの騎体を動かせる状態になさい。それと状況次第だけど、後発の騎兵隊を増員させて、巨大騎士隊の一部を早期に帰還させます」
「委細、承知しました」
手短に応じた騎士長は望む形に近しい主命を受け、少しだけ満足そうな笑みを口元に浮かべると、一足先に場を辞していった。
此方も注意を喚起した手前、森林火災と連動した何かが起きないと判断できるまで、協働体制が取れないかを模索する。
「もう受領予定の騎体は仕上がっているのか?」
「えぇ、問題なく動かせるわ」
「ならば、俺達も騎体の操縦席で待機しておこう」
「ありがとう、恩に着るわね、クロード殿」
首を垂れたニーナに見送られ、待たせていたレヴィア達と騎体の工房に赴く道すがら、兵舎の様子など確認にいった月ヶ瀬の兄妹を呼び戻すため、ライゼスに出向いてもらう。
「ディノ達は… 帰りの四番騎が整備中だから、乗れる躯体がないんだね」
「あぁ、間の悪い話だな」
藍色髪の騎士につき、その立ち位置を少しだけ気に留めつつも工房へ至り、低い駆動音を響かせるアインストの乗騎、ベガルタL型を横目に奥まで移動すると技師や整備兵らが出迎えてくれた。
「騎士王陛下、ベルフェゴールの準備は整ってますよ!」
「こんなこともあろうかと、普段から入念に整備してますからね」
夜分に招集されても嫌な顔を見せず、裏方に廻ってくれる者達に謝意を述べてから、先んじて昇降用ワイヤーで最新鋭騎へ乗り込んだレヴィアに続く。
「~♪ 真新しいシート、何だか嬉しいよぅ」
「感覚的には新車だからな……」
上機嫌な赤毛の少女が魔導核に魔力を通して、眠っていた巨大騎士の心臓部を稼働させれば、各所から伸びてきた神経節を含む人工筋肉の繊維が纏わりついた。
さらに操縦者を護る人工被膜が張られ、視界は疑似眼球のそれに切り替わる。
(さて、朝方まで何事もないなら、良いんだが……)
そんな温いことを考えた瞬間、東門の方角から都市中心部まで届くような、連続した破砕音が響いてきた。
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