予期せぬ事態とは唐突に起こるものだ
やはり、一技術者として、自らが関わった騎体には拘りが出るのだろうか?
(遣い手側の立場でも、自騎には思い入れがあるからな)
思い返せば短い付き合いで、模擬戦以外の実戦は大森林で経験したぐらいの四番騎だが、既に相応の愛着は湧いていた。
「刀は武士の魂か……」
「お、日本人に騎体のこと、そう言ってもらえると嬉しいな」
にやりと笑った欧米人の班長がハンマーを廻しながら作業に戻り、脚部骨格の要所を軽く叩いて、響き渡る金属音を聴覚で拾う。
「ん~、何やってるのかな?」
「音で分かるんだよ、素材の疲労度合いが、多分」
可愛らしく小首を傾げたレヴィアにそう答えたものの、此方の金属素材は魔法が絡んだ錬金術で精製されているため、異界の知識が通用するかの自信は持てない。
故に言葉を濁して断定せず、工房の奥側で跪いて駐騎姿勢を取っている新型二体の下に向け、ロイド達と一緒に足を進める。
「僕らはベガルタの調整に混ざってくるよ」
「失礼しますね、クロード様」
「あぁ、二人とも、また後でな」
「さて、私達もベルちゃんの初期設定を済ませないとね!」
ぎゅっと小さく両拳を握り締めて、赤毛の少女が俺まで頭数に入れるも、魔導核への登録と魔法のインストールは彼女の領分、その段階で手伝えることはない。
ただ、一抹の疑問も抱かせない、自然な所作で妹をエスコートしていった優男のこともあり、“じゃ、頑張ってくれ” とレヴィアを放置するのは躊躇われてしまう。
(何かと世話になっている手前、存在な扱いはできない)
下手をしたら婚姻関係にあるイザナより、運命共同体の相棒とは長い時間を過ごしているので、先王の御付きだった女魔導士が愛人に収まっていたのも頷ける。
この話は騎体を降りたマリエルから直接的に聞かされており、自分達のように無遠慮な振るまいでイザナを傷つけないよう、何度も念を押されていた。
一応、リゼル騎士国の慣習では側室も認められているが、自身のような朴念仁には縁のない話だと割り切って、整備用の高所作業台を見遣る。
そこでは剥き出しの魔導核に両手を押し当てたレヴィアが何やら呟いており、淡い燐光が生じるのと連動して、核自体が翡翠の煌きに覆われていった。
「ん… これで魔導士の登録はできたと思う」
「少し待ってくれ、お嬢ちゃん」
声掛けした技師が核と幾つもの吸盤で接続された計測機械に傾注し、メータ群の針が示す値や、振れ幅を視覚化するマギアスコープを見つめる。
「魔力波形の安定を確認、問題は無さそうだな。後は魔法のインストールだが、この世代は《《同系統》》で二個を搭載できる仕様だ」
「う~ん、ひとつは得意魔法の “エアバレット・バースト” にするけど… 残りは何が良いかな、クロードはどう思う?」
などと唐突に聞かれても、レヴィアが扱える全部の魔法を知っているはずもなく、方向性を呈示するくらいしかできない。
「範囲攻撃の欠点を補う威力重視の魔法とか、防御系はどうだ?」
「うぐ、風属性って攻撃系なの、威力だけでいうと “ウィンド・ハイロウ” かな 」
くるりと転身した彼女が再び魔導核に両手を触れさせ、魔力の共鳴現象を引き起こすと、先ほどの技師は計測機械で示された魔力波形から術式の定着を確認する。
もう一度、同じ作業を繰り返して、ベルフェゴールに二種類の魔法が搭載されるのを見届け、俺は高所作業台から降りてきた彼女に労いの言葉を掛けた。
それから然したる間を置かず、月ヶ瀬の兄妹もベガルタの調整を終えて、取り外された操縦席を戻せば、騎体を動かせる状況となった。
リゼルの工房でクラウソラスK型を改修する際、それの取り付けに重機の如く巨大騎士を使っていたことなど鑑みると、此処でも大差はないのだろう。
「この調子だと、明日にも試乗できるな」
「何なら都市郊外に出掛けて、模擬戦をやってみるかい?」
「お兄様、ライゼス様に怒られるのは明白な所業ですよ」
妹魔導士に醒めた瞳を向けられつつも、飄々と宣い続けるロイドの言葉には一理あって、何かしらの予期せぬ事態に巻き込まれた折、ぶっつけ本番の戦闘となるのは御免被りたいのも事実。
少なくない損傷を伴う様態の訓練はさておき、運動性能の把握ぐらいはしておくべきと、この時は考えていたのだが… 虫の知らせというのか、薄ぼんやりとした悪い予感ほど当たってしまうものだ。
(ッ、妙に騒がしいな)
元々、慣れない借部屋のベッドに横たわっていたこともあり、眠りの浅かった俺は外より聞こえてくる喧騒と騎体の駆動音で目を覚ます。
深夜であるのを踏まえれば、尋常な事態ではないと察せられた故、手早く身なりを整えて廊下に出た。
「ふむ、ひとつ手数が省けたか」
「現状は把握しているのか、ライゼス」
「いや、先ずは皆を集めようと思ってな……」
落ち着きのある声に応じて、僅かに遅れて廊下へ出てきた月ヶ瀬の兄妹ともう一人の準騎士が動き、小城への宿泊組に宛がわれた部屋の扉を叩いて廻る。
「あぅ~、どしたの?」
「急を要するかもしれない、取り敢えず着替えてくれ」
肩紐がずれたスリップ姿のまま、ひょっこりと扉の隙間から顔を覗かせたレヴィアに苦笑する一幕など挟んで、残りの者達が揃うまで暫く待ち、兵舎に寝泊まりしているアルド騎兵長やディノ達の下へ数名を送り出す。
その一方で、此方は深夜に複数の巨大騎士を稼働させるような状況について問うため、上階にあるニーナ・ヴァレルの執務室へと急いだ。
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