お前達兄妹には言われたくない
さらに追加でもう一つ、レヴィアが物色を始めた折、真っ先に視線を奪われていた銅革製の指輪を指差し、装飾店の主に声を掛ける。
「その意匠と同系のピンキーリングで、彼女に合う物を頼む」
「畏まりました、お客様」
「え゛… 良いの!? ありがとう!!」
「まぁ、帝国の金銀貨幣は出掛けにブレイズが持たせてくれたからな」
それでもって、彼の一人娘に貢物をするのは如何かと思わなくもないが、嬉しそうなので是としよう。
因みにピンキーは小指用を示す言葉で、左手側に嵌めた場合は “送り主への信頼” を意味するのだと、さっきレヴィアに聞かされたばかりだ。
その本人はサイズ選定済みの指輪を受け取り、ずずいと笑顔で此方に差し出す。
「ね、クロードがつけて♪」
「…… 乗り掛かった船という訳だな、致し方ない」
潔く観念して、そっと柔らかい手を捧げ持ち、小指に銅革製の指輪など嵌めて視座を戻せば、頬を染めた赤毛の少女と目が合う。
「はうぅ、なんか照れくさいね」
「自ら望んだことだろうに」
「往来で何をやっているんですか、二人とも」
お前たち月ヶ瀬の兄妹には言われたくないと思いつつも、握ったままになっていた手を離し、買い物を終えた露店から立ち去る。
相変わらずに賑わう中央通りを進み、本来の目的であったカフェを探している途中、偶然にもリーゼに腕を引っ張られて、連れ回されるディノの姿を発見した。
「何気にあの二人って……」
「邪推するのはやめておこう、馬に蹴られたくない」
下手に絡めば拗れが酷くなりそうなのでレヴィアを窘めた後、適度に客足がありそうなオープンテラスの店舗を見繕い、椅子に座って四人でメニューを眺める。
「ん~、デザートの種類が多くて文字表記だと、よく分からないよね」
「値段が高い物を選ぶと外れないのでは?」
微妙に怖いことを言い出したエレイアを止めるようロイドへ目配せしてから、俺も隣席のレヴィアに肩を近づけ、西方大陸の共通文字で書かれた品目を追った。
(ニーナ殿の趣味が色濃く反映されているのか、基本はドイツ菓子だな)
よく知らない種類の物がある一方、バームクーヘンとか馴染みの物も多かったので、幾つかの概要を二人に伝えてやる。
「じゃあ、クリームプディングで♪」
「私はザッハトルテとやらを……」
逡巡しながらも決めた少女らの要望を受け、残るロイドの分も確かめた上で、通り掛かった給仕の娘に注文を取ってもらう。
デザート自体は作り置きしてあるようで、あまり待たされることなく、紅茶と洋菓子がテーブルに並べられ、茶葉の良い香りが漂った。
早速、レヴィアが甘い物を口に含んで笑顔になる傍ら、ふとエレイアが頼んだ菓子に必要なカカオの原産地が気になり、彼女の兄に尋ねてみる。
「外洋の開拓時代に発見された新大陸だけど… 何かあるのかい?」
「いや、そっちは異形の進攻を受けていないのかと」
「現状だとね、一般的な仮説によれば文明の中心地が優先的に狙われるらしいよ」
結果論ではあれど精霊門が開き、大小様々な怪物の軍勢が溢れ出たのは西方諸国、大内海を越えた中東諸国、極東地域などに限定されており、その全域に巨大騎士の技術が供与されているとの事だ。
当初、距離的な問題で伝播が遅れた極東の国々は多くの兵卒や、魔術師を掻き集めた人海戦術で抗い、死山血河を築いたと銀髪碧眼の騎士が嘯く。
その甲斐あって第一世代の騎体、クラウソラスの実戦投入は間に合ったものの既に多くの土地を奪われ、新たな精霊門も建造されてしまったことから、厳しい状況にあるようだ。
「しかし、ニーナ嬢は何者なんだろうね、手回しが良すぎる」
「昨日の感じなら、別に悪い奴じゃなさそうだがな」
同胞たる稀人の帰還支援が主目的なので、あからさまな実害は出ないと見切りをつけ、皆と一緒に注文した焼き菓子を齧る。
それによってパサついた口腔や、喉を無糖のダージリンで湿らせた。
多少悔しいが、自国より美味いなと考えながらの間食も恙なく終えて… 一時期、件の令嬢が世話になったというサントレア大聖堂のある街区を廻り、日暮れ前には騎体の工房へ戻る。
その入口付近では、俺とレヴィアが乗ってきたクラウソラスが壁際に固定され、各部を覆う軽硬化錬金製の装甲が一部外されていた。
「あれ、四番騎《この子》って、修理対象じゃなかったはず?」
「確かにそうだな」
魔導士登録だけ書き換えて、復路の際はディノとリーゼが乗って帰る予定だったこともあり、技師らの班長と思しき欧米人に問う。
「騎体のコンディションに問題でも?」
「えぇ、念のため軽くチェックすると、過負荷で人工筋肉の耐久性が落ちてました。魔導液の循環系とかも、修理された痕跡はあるんですが… 処置が不十分です」
本格的な重要箇所の確認と一部補修をニーナに願い出たところ、認められたのでライゼスと費用の交渉を済ませ、作業に取り掛かっていたらしい。
「自発的な提案ですから、実費くらいしか頂きませんよ」
「それは有難いな」
「お気になさらないでください。此奴は私も製造に関わった我が子同然と言える騎体です。手間は惜しみません」
稀人の班長が指差した脚部装甲に近づき、目を凝らして見たら、気に留めたことはなかったが、“K0066-s” と製造番号のような文字が彫られてあった。
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