全ては第三代騎士王のお陰です
夜の帳が降り始めたこともあり、行き交う人々の数も幾分か落ち着いた路上を双方の護衛達に囲まれて歩み、東側にある都市の内壁を抜けて、新規に開発されている街の区画へ入った。
その中を進むこと暫し、俺は然程の間を置かず一つの事実に気付く。
「これは……」
「やはり、感覚的に分かるのね」
ぼそりと呟いたニーナの言葉は正鵠を射ており、壁外街区に入ってからすれ違う住民達はいつも接しているリゼル騎士国の臣民や、此処に至るまでに見掛けたゼファルス領の人々と纏う雰囲気が微妙に異なる。
非常に些細な違和感ではあるものの、皆がそうなのだから気付けない訳でもない。それは同行するレヴィアやエレイアなどにも言えることなので、彼女達も少し戸惑いながら街路を見渡していた。
「…… 稀人だらけだな」
「そう、主に欧米と日本の出身者が多いけど、中国人とかもいるわよ」
要するに稀人が暮らす専用街区のようで、耳を澄ませばこちらの共通言語以外の響きを持つ言葉も聞こえてくる。
「貴方のことを聞いてから、疑問に思っていたのだけど… この世界に於ける稀人の立場って、どれくらい正解に把握できているの、クロード殿?」
「そう謂われても、まだ流れ着いて一月しか経ってない。王城に縛られて行動範囲が狭いのもあるし、言うほどは知らないさ」
「…… あんまり良くないのよ、私も彷徨っていたのを商人に保護された後、領内の娼館へ売られそうになったわ」
それ以外に身の寄せどころがなく、進退窮まったところをニーナは大聖堂の神父に拾われ、そこの孤児らに “言語野への恩恵” を活かして簡易な計算や、読み書きを教えていたようだ。
「私に教師は向かないと、実感する羽目になったけどね」
“これぐらい分かって当然” と自身の判断基準を持ち込んでしまうため、補完すべき説明が抜け落ちたり、物覚えの悪い生徒に苛立ちを感じたり、上手くいかなかったと令嬢は宣う。
子供というのは本能的に相手の心情を察する能力があるので、いつの間にか一部の孤児に避けられていたらしい。
「それは教師に向かないね」
「おい、レヴィア……」
「気遣いは無用よ、事実だから構わないわ」
不向きな自覚はあれども、学者肌である自身の炊事洗濯などの生活能力は壊滅的、教会に拾われた恩を返すにはそれしかなかったとの事だ。
故に悪戦苦闘して一ヶ月半ほど頑張った頃、先代のゼファルス辺境伯が神父から不思議な知識を持つ少女の噂を聞き、有用性を見いだして引き取ったと、領主たる令嬢は過去の話を締め括った。
「そこからは水を得た魚だったから、すぐに役立つことができたわ」
「で、現在に至る訳か、意外に苦労人だな」
流れ着いてからの彼是を交えつつ、稀人の扱いが国や領地によって違うこと、大抵は冷遇的であることを聞かされてしまい、心配になったので副団長殿と月ヶ瀬兄妹に確認しておく。
「我らがリゼルは騎士の国、異界の民と謂えども己が信念に反する扱いはせん」
「僕の血筋も遡れば大和人だけど、それで嫌な思いをさせられた経験はないよ」
「現王家の祖も稀人ですからね、クロード様」
「寧ろ、それが決定的な要因か」
奴隷の身分から実力だけで英雄となり、国家の存亡を懸けた戦場で斃れた王の後を継ぎ、最後は皆を勝利に導いた第三代シュウゲンの存在は大きい。
だからこそ、リゼル騎士国に於ける稀人の扱いが他と比べて格段に良いのだろうが、それは極端な例外に過ぎないため、多くの国では迫害を受ける立場のようだ。
「運が良いわね、クロード殿は… でも、多くの同胞はそうじゃない」
「それでこの街区を?」
「ん、現実的な問題もあって、役立ちそうな人物だけ集めてるけど」
「やり過ぎれば、難民問題と同じ現象が起きるからな」
何事も匙加減が肝要、善意であっても過ぎれば劇薬にしかならず、従来の領民と数を増やした稀人の間にやがて軋轢が生まれて、不和の状態になる可能性も高い。
(地獄への道は善意で舗装されているか、上手く言ったものだな)
悪意は善意の裏に隠すものだという意味の他、良かれと思ってやったことでも自らの手を離れ、収拾が付けられなくなることを含む慣用表現だ。
例えば、最初は民主的なデモ活動だろうと暴動に至り、最悪は内戦状態となる場合も実際に地球の各地で起きていた。
自らを正しいとする主張が集団の先鋭化を導き、箍の外れた過激な愚か者達をのさばらせてしまい、引き返せない流血沙汰を起こさせる。
(馬鹿らしい話だな、正義など移ろうモノに過ぎないのに)
主義主張に囚われず、中長期的な視点を持つ重要性を再度、認識している間に目的地へ着いたようで… 前方を歩いていたアインストが止まり、身体を翻らせた。
「総員、建物の周辺を固めろ」
「「「承知ッ」」」
響いた声に応えて疾く散開すると、騎士らは真新しい料理屋の方々《ほうぼう》を固める。
「ロイド、此方の準騎士を任せても良いか?」
「あぁ、引き受けよう」
「手伝います、お兄様」
さりげなく妹魔導士も話に混じり、適当に見繕った半数の者達を連れて、勝手口があると思しき店舗の裏側へ向かった。
残りの半数で出入口付近を押さえた兄騎士を一瞥してから、先に料理屋へ入った領主令嬢に続こうとするも、ライゼスとレヴィアの二人が現地の騎士長に止められてしまう。
「申し訳ありませんが、ニーナ様は騎士王殿と密会を所望です」
「…… そうか、アインスト殿が言うならば致し方ない」
「あうぅ、晩御飯が… お腹空いた」
多少の場違いさを感じさせる可愛い声で嘆き、がっくり肩を落とした魔導士娘の頭などポフって、此方も人払いされている店内に足を踏み入れた。
『続きが気になる』『応援してもいいよ』
と思ってくれたら、下載の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にお願いします。
皆様の御力で本作を応援してください_(._.)_




