これが私の可愛いベルフェゴールよ
他方、招待されたことによる簡素な手続きで、騎体ごと中核都市ウィンザードに迎えられた訪問団は衛兵隊に先導されて大通りを歩み、前領主が稀人の令嬢を保護してから、極端な発展を遂げた街並みなど見ていた。
丁度、皆が夕食の素材を求めて、活発に動くような時間帯であるため、街路は沢山の人で賑わっている。
『王都エイジアと同等か、それ以上だな……』
『うぅ~、だから前にも言ったよね、うちは小国だって』
やや悔しそうなレヴィアの唸り声を聞き流しつつ、四番騎の疑似眼球を正面に向ければ都市の規模に比して、釣り合わないほどに小さな城が立っていた。
『城の大きさだけ勝っても、虚しさが募る』
『滑稽に思うかい、クロード? 君らしいな』
『でも兄様、一国の城には威厳も必要です』
珍しくもロイドの意見に否定的なエレイアは、城郭の規模が国力を象徴すると宣うが、小城よりも併設された工房や研究棟の方が立派なあたり、女狐殿の質実剛健さに感嘆を覚えてしまう。
『居城を縮小させて用地の確保に努めたようだな、それもありか』
『むぅッ、クロード様、私の話を聞いていませんでしたね』
『いや、騎体に纏わる設備の拡充を考えたなら、名より実を取るのも良いかと』
十分検討に値すると考えながら、工房の煙突から吐き出されている黒煙を眺めた。
確か、リゼル騎士国のそれにも煙突があって、据え置かれた蒸気機関が加工機械群の動力源になっていたのを思い出す。
日本の火力発電所もタービン式なのを踏まえれば、蒸気の実用性は高いのだろうと考えているうちに城外の駐騎場まで辿り着いた。
其処には艶やかな黒髪と豊満な身体つきをした、若い令嬢が二体のクラウソラスと騎士らを従えて立ち、リゼルの訪問団を待ち構えていた。
此方が跪かせた巨大騎士の胸部装甲を開き、昇降用ワイヤーで地面に降りると、軽やかな足取りで歩み寄ってくる。
「初めまして、騎士王殿。ゼファルス辺境伯のニーナ・ヴァレルです」
四番騎の疑似眼球で見た時は分からなかったが、少々気の強そうな印象を受ける黒いドレス姿の淑女が手を差し伸べた。
(………… 流石に大丈夫だろう)
“二度あることは三度ある” という疑念は一瞬に留めて、右掌で繊手を握り、西洋式の挨拶を交わす。
「私の設計した巨大騎士の乗り心地は如何?」
「悪くない、感覚まで共有するのはどうかと思うが」
「ん、現状だと騎体の操作に不可欠としか言えないわ… ところで、例のモノを見せて欲しいの。現金な性格と思わないでね、ずっと待っていたんだから」
あざと可愛い仕草で聞かされた言葉に頷き、先ほどより傍に控えていたライゼスを無言のまま見遣った。
「ふむ、アルド騎兵長」
「はっ、荷馬車を前へ出せッ」
「了解しました、少しお待ちください」
上意下達で命じられた輜重兵が荷馬に鞭を振るい、緩りと馬車を移動させてくる。
「これが精霊門の組成物… 精霊石」
「そういう名称なのか?」
「えぇ、私が考えたのよ」
つまり、正式なものではないのかと思いつつも、確かめておくべきことを問う。
「一体、何なんだ、これは?」
「詳細は後で、先ずは他の用件を済ませておきましょう」
「あぁ、持ってきた全般検査のクラウソラスはどうしたら良い?」
「魔導士の登録を技師が書き換えて移動させるから、此処に残置でいいわ」
さらりと述べたニーナが護衛の騎士らを連れて工房へ歩き始めたので、この場はアルド騎兵長とディノ達に任せて、第二世代の巨大騎士に乗り換える月ヶ瀬の兄妹や、お目付け役のライゼスと追随する。
利便性の都合上、整備に係る施設と駐騎場は近い位置関係になるため、然程の時間を掛けずに王都エイジアの数倍はある大きな建物へ入ったが、想像よりも収められている騎体の数が少ない。
(ねぇ、クロード、そんなにリゼルと変わらない気がするよぅ)
(それなりの事情はあるんだろう)
小声でコッソリと話し掛けてきたレヴィアに短く返したものの、しっかりと聞こえていたらしく、俺達の先を歩く領主令嬢が説明してくれる。
「“滅びの刻楷” の支配域と隣接する三領地に大半を派兵したからね、全体の保有数は結構あるわ、正確な数は教えてあげないけど」
「もう、その時点で太刀打ちできないね、クロード王」
「そうだな、仲が良いに越したことはない」
気負うことなく発言されたロイドの所感に同意して、敵に回せば厄介だと警戒を深めるも、女狐殿は肩だけ竦めて否定的な態度を取った。
「過大評価されても困るわ、前線の騎体は防衛上の観点で動かせないし、自領での増産も皇統派の反感を買うから、これ以上は難しいのよ」
自嘲気味な声で語った彼女は最奥で足を止め、取り巻きの騎士ごと見渡すように振り向きながら、大仰に広げた片腕でハンガーに固定された黒銀の騎体を示す。
「これが引き渡すうちの一体、私の可愛い “ベルフェゴール” よ」
意気揚々と紹介された巨大騎士は腕部が左右非対称の形状になっており、堅牢な魔獣の如き爪を持つ左腕に対して、右腕は縦長のアームシールドを備えている。
何やら凶悪な印象のある騎体をよく見れば、身体の線が細めであり、装甲も肝心な部分以外は薄いようだ。
その代わりに瞬発的な機動性と左腕の馬力が感じられるという、非常に扱いづらそうな最新鋭騎と引き合わされてしまった。
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