領主令嬢は浪漫兵器がお嫌い
徐々《じょじょ》に迫りつつある不穏な影の反対方向、ゼファルス領からみて南方から出現した三騎のクラウソラスらしき影を小城の窓から眺め、ニーナは自身が設計した騎体の巡行速度を考えかけて止めた。
「この世界だと、あれより早い移動手段はないし、ボトルネックを考えるべきよね」
順当に考えると、旅程に必要な物資など載せた荷馬車が一番遅いのだろう。並足での移動を想定すれば、その速度は4 ~ 7 マイル毎時(時速6.4 ~ 11.2 km)となる。
必然的に全体が鈍足な荷馬車に速度を合わせることに加え、此処から小さく見える騎体の大きさと実際の全高を鑑みて、ざっと脳内で計算してみれば… 後どれくらいで、彼らが辿り付くのか、凡その理解はできた。
「もう少しだけ、ゆっくりできそう」
ダークブラウンの艶やかな髪をふわりと揺らせつつ、執務室の机まで戻った彼女は書類仕事へ取り組む。
もはや技術部門から送られてくる試製武器や、新規技術の資料を見ることは趣味の領域なので、寛いでいる時間と大差ない。
しかも、先ほど安直だが、実用的な試みの書かれた資料を見つけたのだ。
「純粋な魔力を纏わせて、魔法抵抗を上げる盾… いいかも、発案者は博文か」
字面だけ見ると日本人の名前に見えても、件の青年はれっきとした中国人である。生まれも育ちも九龍らしく、“香港人” だと宣う彼の主張はさておき、パスポート等に記載される厳密な国籍は中華人民共和国でしかない。
「あそこ、政情が微妙に不安定だからね」
何でもデモ活動の最中、警官隊に追いかけられて路地へ飛び込んだら、此方に来てしまったと嘆いていた。因みに香港工科大学の院生だったので、良いものを拾ったと密かに思っている。
実際、ニーナが麾下の技師らに与えた課題、いずれ必要となる “対人戦を想定した汎用的な魔法の防御手段” につき、無難な解答を出してきた。
「ん、これに予算を付けて、後は……」
ざっくりと他の書類にも目を通しながら、開発に係る資金の配分など済ませて、もう一つの課題である “片手で扱う武器” に意識を移す。
先の汎化された魔法防御の手段が《《盾の形》》を取りやすいのは明白なので、対となるような兵装の提案も求めていたのだ。
(騎士、魔導士、騎体に依存しないとなればね)
それでなくとも、何らかの兵装として結実する以上、手を塞ぐ可能性が高いため、残りの手で有効打を与えられる武器の需要は大きいと、ニーナは予想を立てていた。
「リボルバー拳銃って、また浪漫の詰まった物を… 却下だわ」
こちらの世界にもマスケット銃があるものの、異界で一般的な綿火薬の原料となる植物性セルロースは兎も角、それを処理する硫酸や、硝酸の精製に使う硝石が殆ど採れない。
「大気の組成が同じだから、ハーバーボッシュ法で窒素由来の硝酸を作れるはずだけど、昇圧器の構造なんて知らないし、現地製造できるかも分からないわ」
それ故に西方諸国では銃器が言うほど普及しておらず、ましてや巨大騎士の装甲を貫く弾丸など論外で、貴重な火薬は精霊門の破壊に使う特殊な兵装 に廻している。
以上の理由で没にした書類を執務机の片隅へ追いやり、彼女は続けて幾つかの文面を読み込んだ。
「やはり頑強なメイスか、貫通力のあるレイピア、手斧が無難でしょうね」
その他、日本刀など含まれていたが、西洋剣と打ち合ったら圧し折れそうで、ドイツ人の彼女にはどうしても浪漫武器の類に思えてしまう。
「でも、試しに一本くらいは良いのかしら?」
少しばかりの興味を持ったニーナが傾注して、その内容から独自の類推を立てていく。
(多分、斬撃と刺突は日本刀が有利だけど、威力に関しては西洋剣に軍配がある。あぁ、そうか、術理や思想が違うから、遣い手次第ってこと)
それならば予算凍結せず、数本打つことは吝かでないにしても、製法が巫山戯ているとしか考えられない。
現状に於ける騎体武器の製法は二段階となっており、先に刃部分などの鋳造を済ませて、加熱を担う魔術師と鍛冶師らの人海戦術で鍛造するのだが……
「クラウソラスに金槌や道具を持たせて、一から鍛えるとか、正気?」
発案者は鍛冶師なのに何故か、騎体適性があった日本人なので成功する可能性は無きにしも非ず、現に武器や騎体の製造工程の一部では、巨大騎士を重機代わりに使うこともある。
(挑戦を否定する者は技師と言えない。それに鍛冶専用の騎体とか、面白いかも?)
初心忘るべからずと思い至り、このまま作らせてみようと決めた直後、執務室の扉がノックされた。
「ニーナ様、宜しいでしょうか?」
「えぇ、入りなさい」
「失礼します、都市防壁の衛兵から、騎士王殿の到着を告げる連絡が来ました」
「…… 結構な時間が経っていたのね、分かったわ」
徐に椅子より立ち上がって壁鏡の前まで移動すると、領主たる令嬢は少しタイトな黒いドレス姿の自身を確かめる。技術者気質なのもあって外見に拘りは無くとも、過去の経験から美貌を持つことは理解している故だ。
相手が異性であれば、自らの容姿を躊躇わずに使う主義も影響して、陰では女狐扱いを受けていたりする。
(別に構わないけど)
くるりと上半身を捻って背中側も確認した後、彼女は呼びに来た侍女を伴い、同盟国からの訪問団を出迎えるために城外の駐騎場へと向かった。
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