人目を忍んで森に潜むモノたち
「さて、行っちまったか……」
「新しい騎士王はどうでしたか、お館様?」
「はっ、昨日今日の付き合いで、なにが分かるかよ」
衒わず、格好もつけない自然体の言葉に侍従の女性、リーディが風に吹かれる長い栗毛を押さえて微笑む。
「傍からお見受けした限り、お気が合いそうな御仁でしたけど?」
「切れ者は面倒なんで好かないが、そこまで嫌な奴とは感じなかったな」
武人特有の無骨な右掌で頭を掻き、昨日のことを思い出して黙考する主の邪魔にならないよう、小声でリーディがボソッと呟く。
「皇統派の動きを教えても、良かったのでは?」
「私は中立派だぞ? 恩は売れるかも知れんが、現状だとリスクの方が大きい」
「左様ですか」
出自が帝国貴族の次女に過ぎない彼女は政治や、戦争のことなど知らないため、自身が仕える経験豊富な主の言うことを鵜呑みにして、疑わずに素直な同意を返した。
「このご時世に愚かな内乱とか、起こらないと嬉しいのですけど」
「まぁ、望みは薄いのかもな」
この時点でラドグリフは皇統派の中に於いて、ニーナ・ヴァレルの危険性を強く訴えていたリグシア領の侯爵に着目しており、少なくない数の密偵を彼が治める領地に放っている。
勿論、何かをやらかしそうだと思い、先手を講じた訳だが… 送り込んだ者達の複数筋から、中核都市エアルト擁するレガルド領との境界付近に向け、物資が流れているとの報せが届いた。
それに加えて、女狐殿が新たに公開した第二世代の技術を使い、隠密性や機動性が求められる対人戦仕様の騎体を極秘裏に組んだと、少し前に聞いている。
(何故、そこまでの工業力を良い方向に持っていかないんだろうな)
大方、世間に知られていない正体不明の巨大騎士でレガルド領を突っ切り、最前線の三領地に騎体や領兵を送っているため、防備が手薄なゼファルス領に嫌がらせを仕掛けるのだろう。
(狙いは開発施設の適度な破壊、若しくは…… ま、良いか)
中立を装う腹積もりの自身には関係ないと割り切って、考えるのを止めたラドグリフは侍従の女性など伴い、住み慣れた領主の館に戻っていく。
そんな伯爵の予想に違わず、既にハイゼル侯爵の密命を受けた奇襲部隊は自領を発っており、現在はレガルド領内の大森林で隠蔽されていた物資による補給を済ませながら、人目など避けた移動ができる夜を待っていた。
彼らの強襲型騎体 “ナイトシェード” は黒に近い濃緑色のカラーリングを持ち、木々の合間へ紛れてしまえば日中でも遠目には分かり難く、早々に存在が露見することもない。
仮に近隣の猟師などに目撃されても、六騎に随伴する整備技術も併せ持った斥候兵らが速やかに仕留める手筈となっており、この場に至る過程でも二名の哀れな現地民が殺害されていた。
『…… あまり、騎士として誇れる任務じゃないな』
『すべては帝国の安定、ひいては人類が異形の怪物に打ち勝つためです、隊長』
『ゼファルスの女狐は脅威ですから、均衡を取るためにも、已むを得ません』
各騎が持つ念話装置の秘匿回線を経由して、思わず漏れた部隊長レオナルドの声に応じ、近傍で駐騎姿勢を取らせていた部下達が答える。
巨大騎士を与えられた精鋭たる彼らとて、任務に対する葛藤を抱えているのは察した上、部隊長である青年将校は先の言葉を取り消すことにした。
『失言だった、私事に拘るより、大義に寄り添うのが騎士の務めだ』
とは謂えども勝てば官軍、負ければ賊軍となるため… 大義なんてものは主張する輩の数だけあるのだ。
先の読めない愚かな身だと、その時々で自らの信念に従うしかない。
(それが、俺の騎士道か……)
余計なモノやしがらみを取っ払って考えれば、自分達が関わっているのは皇統派とニーナ・ヴァレルを信奉する一派の権力闘争に過ぎない。
されども、此処にいる皆には家族や護るべきものがあり、リグシア領の人間としての務めを果たす義務があった。
(綺麗ごとで飾っても、結局は軍人だな)
従来の巨大騎士より細身なナイトシェードの操縦席にて、人工筋肉に埋もれながら瞑目する相棒の心中を慮り、一緒に騎体を駆る魔導士の少女がコッソリと囁く。
『レオ、考え過ぎちゃダメ、いざという時に動けなくなる』
『ありがとう、エルネア。俺は頭が固いからな、どうにも難儀で困ったものだ』
苦笑いを浮かべつつも、レオナルドは散逸的になっていた意識を引き締め、いざという時に判断を鈍らせないよう、心の内で決意を深めた。
(迷いは部下にも伝播する。ならば、今は己が責務を果たすのみ)
入念に計画されたゼファルス領への浸透工作、それを無駄にはできないため、余計な雑念は捨て置き、次の潜伏先までの経路を再確認する。
人目につかない要所には此処と同じく、動力源の “魔力結晶” など隠された補給物資が眠っており、敵地での継続的な騎体運用を支えていた。
(多大な時間と労力が投じられている以上、失敗はできない……)
ひとつ溜め息を吐いた後、夜間の移動に備えて仮眠するため、見張りを斥候兵に任せてから、彼は浅い眠りに落ちた。
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