これは半刻の説教コースですね By エレイア
『確か、ジョン・ナッシュのゲーム理論だな』
『ゲーム? 何だか楽しそう♪』
などとレヴィアが嬉しそうな声を耳元で響かせたので、個々人が合理的な利益追求を行えば大抵の場合において均衡点が生じ、それは幾らかの無駄や損失を含んだ結末に落ち着くという理屈を数学的に説明してやった。
『……………… 全然ッ、面白しろくないんだけど』
『そうか、中々《なかなか》に興味深いものだと思うが?』
『うぐっ、インテリ気取っちゃって、普段は脳筋寄りなのに!』
『心外だな、そっちにカテゴライズされてたのか、俺は……』
赤毛の魔導士娘曰く、団長殿 > 副団長殿 > 騎士王 ≒ 魔術師長の順序だと。おっさん三銃士の間に挟まれるのも不本意なれど、父親(宰相兼務)まで肉体言語派に分類するのはどうかと思う。
一応、ロイド達などは小難しい話でも拒絶反応がなかったので、つい国立大時代を思い出しながら饒舌に語ってしまい、彼女の気分を害したようだ。
今にして思うと相槌を打ってくれていたエレイアも、実際には退屈させていたのかもしれない。
(目的地に着いたら甘い物でも驕るか……)
王都に残ったイザナや団長殿の義娘フィーネから、ゼファルス領の中核都市ウィンザードは女狐殿の嗜好もあって、素晴らしい洋菓子が多いと聞かされている。
仮に保存が利くなら、二人にも買って帰りたいが、この世界は保存技術があまり発達しておらず、随伴する魔術師に氷結魔法の遣い手はいない。
留守居組には悪いものの、それらは訪問団だけで楽しませて貰うことになる。
(ふむ、リーゼをエサで釣って… いや、ディノとの関係改善を急ぐのは裏目に出るか)
詮無きことを考えつつも、騎体を歩かせていたら、やがて街道の先に大聖堂の尖塔らしき物陰が見えてきた。
それから然程も掛からずに風景は酪農地帯となり、巨大騎士には狭い道を踏み外さないよう注意して、さらに一刻半ほど進んでいくと中核都市レイダスの防壁に至る。
なお、ここの城壁の高さも普及し始めたに過ぎない巨大騎士に未対応なので、活気づく町の中央市場や川を引き込んで作った噴水などがクラウソラス四番騎の疑似眼球に映った。
『きっと、騎体で攻め入ったら、大半の城壁なんて一瞬で崩れるんだろうな』
『良いところに目を付けるね。でもさ、此処で言及することじゃない』
ふと零した言葉を拾って、ロイド達の二番騎から秘匿回線の念話が入り、街の衛兵隊に不信感が籠った視線を向けられているのに気付く。
冷静に考えれば巨大な怪物に抗うための機動兵器ではあるが、人間同士の争いに使われた場合、既存の防衛手段がほぼ無為になってしまう。
恐らく、騎体を用いた侵略に対抗できるのは騎体しか無く、故に最新鋭騎を開発できるゼファルス領とニーナ・ヴァレルは皇統派貴族らの脅威足りえるのだ。
その事実に今更ながら思い至った俺の視界の端では、衛兵達と街に入る手続きをしていたライゼスが先の発言に顏を引き攣らせていた。
『これは半刻《30分》の説教コースですね、クロード様』
『勘弁してくれ……』
くすくすと笑って冷やかしてきたエレイアの予想が外れるに越したことはないが、一気に態度が悪くなった相手方の将兵を見る限り、十中八九で的中するだろう。
憂鬱な気持ちで指示通りに騎体を都市防壁の外側で跪かせ、片手で胸部装甲を開いて、身体に纏わり付く人工筋肉や保護被膜の除去をレヴィアに頼んだ。
「ふぅ……」
新鮮な空気を肺に取り込んで一息ついてから、不意に浮かび上がった疑問を解消すべく、後部座席で “ん~” と身体を伸ばしていた赤毛の少女に尋ねる。
「此処に駐騎させておけという話だが、セキュリティは大丈夫なのか?」
「はぇ、“せきゅりちぃ”?」
なにそれと言った感じで可愛く小首を傾げられ、もう一度改めて問い直す。
「まぁ、勝手に触られたり、盗まれたりしないかってことだ」
「それなら大丈夫、私がいないと四番騎《この子》の心臓は動かないから」
得意げなレヴィアの口振りを受けて、騎体付きの魔導士が鍵となる仕組みを察したところで… 近くに跪き、胸部装甲を開けている二番騎の外部拡声器からエレイアの声が届く。
「心臓部の核に記録された魔力の波動と制御者のそれが一致しなければ、通常手段では騎体を動かせないのです。技師たちが手間暇かければ別ですけど」
「上手く出来ているものだな」
「だからこそニーナ・ヴァレルは侮れんのだ」
下方から聞こえた声に反応して、騎体の傍まで来ていたライゼス副団長の姿を見遣り、手早く昇降用のワイヤーペダルを引き出した。
もう慣れてきた動作で足を入れ、適度に引き出した剛糸線を掴むと、一定の速度でしか伸びない器具に自重を預けて降下する。
その頭上を飛び越えて、魔法由来の旋風を纏ったレヴィアが一足先に降り立ち、僅かに遅れて俺も数時間ぶりの地面を踏みしめた。
壁外では一般兵科の者達が野営の準備を始めており、俄かな慌ただしさを漂わせている。
当たり前のことだが、武装した小隊規模の此方を全て壁内に受け入れるのは難しく、街に滞在できるのは一部の者達だけだ。
「クロード王、随行させる将兵だが……」
万一に備えて騎体を動かせるロイドやディノ達は都市門の付近に残す必要があり、領主の館まで同行するのは御付きの魔導士であるレヴィア、お目付け役のライゼスと数名の兵士になる。
その話が終わった時点で先方を待たせるのも悪いため、この場をアルド騎兵長らに任せ、俺達は街の中心部に建つ大きな館まで向かった。
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