路頭に迷うサムライ、騎士団に拾われる
「蔵人… 騎士の家系では聞かない、名前、ね」
「遡れば武士の家柄だけど、しがない新卒の社会人だよ」
一応、実家は戦国時代にタイ捨流剣術を編み出した丸目一門の流れを汲んでいるとか、術理を叩き込んでくれた迷惑極まりない、筋骨隆々な爺さんが宣っていたのを思い出す。
「武士ってことは大和人?」
「多分、その認識で合ってる」
適当に応えつつも相手から意識を外し、改めて自身の状態を探っていけば巨大な機械になったようで… 得も言われない不安に襲われてしまう。
「なぁ、俺の身体って……」
「あ、待って、いま浅い部分だけど意識の共有をするから」
唐突に頭の中へ “本来は知り得ない知識” が流れ込み、彼女と一緒に騎体の人工筋肉へ埋もれて同化している事を理解した。
「…… 巨大騎士に滅びの刻楷か、鬱な世界だな」
「そういう貴方は本当に大和人なんだね」
どうやら、情報の奔流は双方向性だったらしく、彼女は都合よく此方の事情も理解してくれたようだ。
「ん、ちゃんと言語野に恩恵も受けてる」
「恩恵?」
「こっちの言葉、ちゃんと分かるでしょう?」
「あぁ、なるほど」
会話と同時に追加で送られてきた知識によると、稀人? の半数は言葉が通じない状態で異界から現れるらしく、その場合は多大な苦労をするか、若しくは早々に飢えて死ぬらしい。
ひやりとした物を背筋に感じながら、森から攻めてきた異形の軍勢を騎兵と歩兵が連携しつつ、徐々に押し戻していくのを眺める。
「加勢すべきかな?」
「いえ、大型種は漏れなく討てたみたいだから、騎体の補修を急ぎましょう」
安堵混じりの声に従い、前線より数キロメートル後方の陣地に設けられている駐騎場へ向かえば、ディサウルスたちの返り血で染まった数体のクラウソラスが既に帰投していた。
その姿に倣って、俺も巨大騎士の片膝を地面へ突かせ、送られてきた知識を基に操縦席がある胸部装甲のロックを鋼鉄の左手で外し、そのまま掴んで外側に開く。
「なんと言うか、原始的な開き方だな」
「あはは、やっぱり、そう思うよね……」
本人から直接聞いてないものの、意識共有で名前を覚えたレヴィアという少女が腹部の人工被膜と筋肉を魔術による操作で退ければ、視界に自然豊かな景色が飛び込んできた。
ただ、騎体を跪かせても相応の高さがあるため、容易に此処から降りる事が出来ない。
「すまない、レヴィア」
「どしたの?」
「どうやって降りるんだ?」
「そこの昇降用ワイヤーを使って」
後ろから此方の肩に手など置いて身を乗り出しながら、解放後は足場となる胸部装甲版を示したことで、彼女の綺麗な赤毛と横顔を目にする。
(ふむ、可憐だが… 心頭は滅却すべきだな)
元々、ある程度の年齢まで爺さんに騙されて、本気で武士になろうと修業に明け暮れていた事もあり、それ以後の学生時代も女性関係は不得手だったのを鑑みれば、君子危うきに何とやら。
多少、良い香りが鼻腔を擽ろうとも無視だ、無視。
やや訝しむ彼女を残して、胸部装甲板の裏側に固定されたワイヤーペダルを手に取り、右足に引っ掛けて地面へ降り立てば、駆け寄ってきた藍色髪の青年が不意に固まった。
「…… お前は誰だ?」
軽く睨み付けてくる彼の周囲に軽装の騎士たちが集まる中で、スカートが捲れ上がらないように手で押さえたレヴィアが魔法由来の上昇気流に乗ってふわりと着地し、壮年の厳つい顔立ちをした騎士に頭を下げる。
「ゼノス団長、ご心配をお掛けしました」
「レヴィア、そいつは? 騎体から出て来たように見えたが」
「大和出身の稀人でマダラメ・クロードと言うそうです」
「因果の涯からの迷い人か……」
ぼそりと呟かれた一言で、周囲からの視線が更に鋭くなり、居心地の悪さを感じてしまう。
「貴殿、行く当てがなかろう…… ならば我らと共に来い」
「行先を聞いても?」
「決まっている、異形どもが勝手に造り始めた精霊門のある場所だ」
さも当然のように少しだけ白髪交じりの団長殿は言ってのけるが、件の精霊門が何なのかすら分からない。
ただ、ついて行けば荒事に巻き込まれる気配が濃厚なので、差し出されたゴツイ手を取るのを躊躇い、暫し状況を整理する。
先程の意識共有で得た内容は限定的で、人族を問答無用に襲う怪物の存在がある世界というくらいしか、さしあたっての判断材料がない。
されども、こんな大森林で放り出されても水と食料の確保ができるかは不明だし、それ以前に生息する動物や植物が食べられるか否かの判断もできない。
それに加えて、巨大騎士から見下ろしていた小型の魔獣も徘徊しているため、前途は多難を極めるだろう。
(害意ある獣を斬るくらいならば……)
僅かにディサウルスと呼ばれる獣脚類型の異形を仕留めた感触など思い出し、できない事もないと割り切って眼前の武骨な手を握った。
因みに本心では現代日本に於いて何の役にも立たない、タイ捨流合戦剣術を思う存分に振るえそうな展開に対して、微かな期待じみたものが無いとも言えない。
「厄介になります、ゼノス団長」
「おうよ、新入りっ!!」
「ちょ… 痛ッ、くおおぉ!!」
にかっと破顔した団長殿に力の限り手を握り込まれ、潰されないように必死で抵抗すれば、相手も意地になってさらなる力を籠めてくる。
「ふんぬうぅッ!」
「何がしたいんだよ、あんた!」
思わず敬語が崩れながらも、自衛のために全力で握り返す。
「ぬぅ、クロード殿は中々良い筋肉を持っているなッ!!」
「義父様… そろそろ、その辺で」
いつの間にやら楚々と歩み寄り、声掛けしてきた亜麻色髪の少女が団長殿の剛腕をそっと掴み、突発的に生じた不毛な時間を終わらせてくれた。