素通りはできません(大人の事情)
そうして王都エイジアを発って北に向かうこと数日、リゼル騎士国とアイウス帝国の境界線を越えて、訪問団の数十名が経由地であるフォセス領の中核都市に辿りつくという頃…… クラウソラス五番騎の後部座席にて、動力制御を担うリーゼは密かに溜息していた。
理由は言わずもがな、戦場に於いて運命を共にするディノ・セルヴァスであり、彼は新しい騎士王との間に壁を作っている。
(かつて第三代の騎士王に仕えて、英雄となった蒼の聖騎士、その直系親族でもあるはず、だけど、ね)
考え方に拠っては “王の盾” と称された名門の出だからこそ、クロード王に過剰な反感を持たないよう、公私の区別を明確にする算段なのだろう。
生真面目な性分は好ましく思えるのだが、いつも一緒に行動する騎体付き魔導士の身だと、息が詰まってしまうことは多い。
(なんで決闘なんか挑むかな~、もうッ!!)
大森林への遠征時まで遡ると、彼女は準魔導士だったので一般兵科の歩兵小隊に混ざり、全高数メートル級の中型種に分類される異形と対峙して、止めを刺すための魔法攻撃に参加していた。
それ故に詳細は知らないものの、まったく手も足も出ずに惨めな負け方をしたのは伝え聞いている。
隊内の仲間達と夕飯の鍋をつつきながら、笑い話のネタにしたのは面識がなかったからであり、今となっては後の祭りだ。
若干、罪悪感に苛まれたリーゼは現状を改善できないものかと悩み、工房で見せられたクラウソラスL型改 “ガーディア” の存在を思い出す。
第一世代であるにも関わらず、第二世代のベガルタに匹敵すると謳われた異質な改造騎は、致命傷となる胸部等の装甲以外を極端に薄くし、敏捷性を向上させると同時に魔導炉の出力も増大させていた。
それによって、部材に仕込んだ爆薬で物理攻撃を弾き飛ばすアクティブシールド、単射が可能なガンソードなど特殊な専用兵装が扱えるらしい。
整備兵らの浪漫が詰まった素晴らしい唯一無二の巨大騎士と言えよう。歴代国王の護衛を務めるセルヴァス家に因んだ固有の騎体名称まで、勝手に付けているあたり、撃破されたら救いようがない。
『…… 王都に置いてきた改造騎だけど、私達を推してくれたのは王様だって』
『妙なところで、気を回されてもな……』
『ん~、分かってるなら、蟠りを捨てても良いんじゃない?』
『騎士としての忠義は尽くせるが、個人的に《《嫌い》》なんだよ』
そう、ディノ・セルヴァスはクロードが気に入らない。決闘で負けて無様に膝を突いた際、向けられた憐憫の視線が心に刺さり、抜けない棘となっている。
だからこそ、騎体を降ろされた翌日には宣戦布告までしたが、イザナ姫との婚姻で相手が玉座に就いた以上、再戦など叶わずに生涯負けたままだ。
やり場のない気持ちは騎体の人工筋肉に含まれる神経節経由で、金髪緋眼の女魔導士にも伝わっており、徐々《じょじょ》に陰鬱な気分となってきた。
(ディノ君、というよりも男って馬鹿ばかりね、勝ち負けに固執して……)
彼女からすればクロードも遠回しな気遣いなどせず、もっと腹を割って話せば良いと思ってしまうが、実際にどう転ぶかは不明である。
(まだ、接点が少なくて王様の性格は掴めないし、余計な口出しは藪蛇かな?)
そう判断したリーゼはこれまで通り、ディノの感情がネガティブに働かない様に注意だけして、成り行きと時間経過に任せると決めた。
一方、彼女達が操る五番騎と月ヶ瀬兄妹の二番騎を露払いに、少し後ろを進む四番騎に搭乗したクロードは国境を越えるにあたり、幾つかライゼスより聞かされた話を脳裏に浮かべていた。
『先ずは中核都市レイダスで、此処の領主殿と面会か』
『ん、流石に素通りは駄目だから……』
やや面倒そうな声音で呟いた後部座席のレヴィアに向け、無言のまま頷くことで同意を返す。例え、直線的な最短距離で考えると、立ち寄らない方が早くとも、大人の事情を鑑みれば無視するなどできない。
この時代、帝政という国家形態を選んだアイウスも、歴史的な流れの中で財政難へ陥り、皇室が持っていた財産や権限さえも切り売りした結果、地方領主らの力が強まっていた。
領内の通行に関する決裁権も彼らが有しているので、ニーナ・ヴァレルが手配してくれたとは言え、挨拶もせずに立ち去るのは不可能に近い。
『でも、往路でお土産を渡したら、復路は無視で良いんだよね?』
『あぁ、そう聞いている』
一度、訪問さえしておけばフォセス伯爵の顔も立つし、彼の領主もゼファルス領を訪れる此方の動向は気掛かりなはずだ。
出立前、赤髭の魔術師長から受けたレクチャーによると… 帝国では幼い主君を担ぎ、専横的な政治を執る皇統派が主流となっており、その連中は異邦の稀人である女狐殿が気に入らないようだ。
対照的に “滅びの刻楷” の勢力圏と接する帝国西側の三領主は惜しみない技術提供に加え、麾下の騎士団まで派遣しくれた “救世の乙女” を信奉している。
(互いに命を預けて異形の怪物と戦えば、信頼が厚くなるのは必定)
それでなくとも、極めて不利な戦況に光明をもたらしたニーナ・ヴァレルは、当該地域に住まう者達の盟主と言っても過言ではなく、皇統派が焦ることは理解できた。
『ライゼスの忠告もある、巻き込まれないように注意だな』
『内輪揉めの話? 異形が迫ってるのにおかしいよね』
皆が疑問を滲ませるレヴィアのようなら世間は平和になるかもしれないが、生き抜くためには非合理的に思えても、自己利益の追求をしなければならない時もある。
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