イザナ、それはおっさん三銃士の許可が……
それはさておき、ニーナ・ヴァレルが遣わした使者殿が帰ってから二週間ほど経ち、出発を間近に控えた夜、ひと風呂浴びて準騎士達と重ねた鍛錬の汚れを落とす。
「あ゛~、生き返る… 第三代の騎士王に感謝だな」
異界の大和出身という、現王家の祖が入浴文化を根付かせてくれたことに賛辞を送り、肩まで湯船につかって四肢を投げ出した。
そのまま “ふ~” と息を吐いて、これから就寝時間を迎えるにあたり、今夜はどのようにイザナをあしらうべきか、心身の緊張がほぐれた状態で黙考する。
(据え膳食わぬは恥と謂えど、現状の婚姻関係は皆を慮り、敢えて選択した結果に過ぎないはず)
実際のところは不明だが、それとなく迫られても彼女の弱みに付け入るような気がして、受け入れがたいものがあった。
「綺麗ごとだけで生きている訳じゃないが、思想や信条に反するからな」
そもそもの大前提として、生きるには他の生命を喰らう必要があるため、虫も殺さないような顔をするつもりはなくとも、最低限の礼節は貫きたい性分なのだ。
(爺さんは偽善だとよく言ってたな。あぁ、でも、それすら捨てると、人は獣と変らないんだっけ?)
“偽善も、善意の内と知れ” なんて言葉も一緒に思い出す。
ひたすらに剣を振るう日々のせいで、どうにも血肉を分けた両親より、色々と仕込んでくれた無骨な御老人が脳裏を過ってしまう。
「なにげに嫌すぎる……」
ぼそりと呟いて閉口した瞬間、風呂場の曇りガラスを使った扉が小さく開いて、金具の軋む音が浴室内に響き、イザナの鈴を転がすような声が耳元まで届く。
「…… クロード、私もご一緒して宜しいですか?」
「待て、断らせてもらう」
「いえ、今日こそは罷りなりませんッ」
意気込む彼女の声と同時に大きく扉が開け放たれ、悲しいかな雄の本能で露になった少女の姿を凝視してしまう。
「って、水着かよ… それなら別に構わない」
「ふふっ、言質は取りました♪」
にっこりと不敵な笑みを浮かべたイザナは残念ながら、艶やかな黒髪に映える白いセパレートタイプの水着を纏っていた、。
恐らく異界からの迷い人が多いこの世界では、普通に売られているんだろうなと思い至り、水場で身体を洗い清める彼女から、そっと視線を逸らす。
(さて、どうやり過ごすか……)
また振り出し戻って、堂々巡りな思考に囚われること暫し、気づけばすぐ傍に人の気配を感じた。
「では、失礼しますね」
「無為に広い湯船のはずだが?」
「ん… 此処が良いのです」
さらりと述べたイザナは触れ合うような距離に座り、恥じらいながらも均整の取れた肢体を此方に預けて、やわらかな双丘など押し当ててくる。
「………… 心頭滅却」
「すれば火もまた涼し、煩悩を払う言葉ですね」
厳密に言うなら唐の詩人、杜荀鶴に由来するもので、織田信長に焼き殺された禅僧の “辞世の句” を彷彿とさせるのだが、口元を綻ばせた黒髪の少女は大きく息を吐き、少しだけ強張っていた身体を弛緩させた。
「どうやら、私にも魅力はあるようです」
「あぁ、困ってしまうほどに」
「すみません、試すようなことを… でも、憂いは無くなりました」
うっすらと微笑んだイザナに釣られて、知らずのうちに入っていた肩の力が抜け、
心理的な余裕が生まれたところで、ふたたび瑞々《みずみず》しい桜色の唇が開いた。
「私の誘いを無碍にするのは、お互いの理解が浅い故、でしょうか?」
「情けない話だが、否定できない」
何かと理屈をつけていたものの、機微を理解できないことで傷つけたくないため、自身の腹も決められなかったのだろう。
それに気づいたのであれば、仲を深める機会など設けるべきだが、俺は明日にもゼファルス領を目指して、王都を発つことになっていた。
「城に帰ったら、一緒にいる時間を増やしたいな」
「では… ひとつ、提案があります」
ここぞとばかりに黒髪の少女が喰いつき、二人で街に出掛けようと言い出したので、思わず返答に詰まってしまう。
少なくとも、“おっさん三銃士” である主副の騎士団長や、宰相も兼ねる魔術師長に許可を取っておかないと、後できつく絞られるのは明白だ。
(密かな護衛も付くだろうし、二人きりとはいかないが……)
小さく拳を握って、返事を待つイザナに善処するとだけ伝え、手強そうなライゼスを旅路の道程で攻略すべく算段など立てていたら、知恵熱の影響でのぼせてくる。
徐に風呂枠へ乗せていた手拭いを取り、風呂の中で腰元に巻きつけた。
「先に上がらせてもらうぞ」
「はい、私はもう少し浸かっていますので」
後から湯船に入ったイザナを残して脱衣所へ向かい、手早く服を着込んで足早に寝室へ移動したものの、彼女が戻ってくる場所も同じなのを忘れてはいけない。
いつもより双方が緊張した状態で寝床に就き、翌日は寝不足な状態でレヴィアに気遣われながら、クラウソラスの四番騎に乗り込む始末となった。
「ッ、振動が頭に響く」
「ん~、イザナも寝不足気味だったし… はッ、ゆうべはお楽しみでしたね!?」
妙な方向へ勘違いした赤毛の少女に頭痛を深めるも、身体に接続された人工筋肉の神経節経由で騎体の脚を動かし、先に騎兵隊と合流していたロイドやエレイアの二番騎に並ぶ。
『今朝は顔色が良くなかったけど…… 大丈夫かい、クロード』
『大したことは無いのでしょうけど、油断は禁物ですよ?』
『ありがとう、二人とも』
『一応、繋がっている感じだと、深刻ではなさそうだよ』
気遣ってくれた月ヶ瀬の兄妹や、後部座席のレヴィアと今暫く雑談していると、少し先にいるディノの騎体からも念話装置での通信が届いた。
『そろそろ、出られるようだぞ、騎士王』
『分かったが… その敬称はいい加減にやめてくれ、堅苦しい』
『断固拒否する、貴様となれ合うつもりはない』
『とか言ってるけど、あんまり気にしないでね』
などと透かさず、五番騎に同乗するリーゼが言葉を付け足して、無駄に尖っている相方の態度を緩和させてくれる。
日頃の遣り取りを鑑みると、藍色髪の騎士を扱うことに長けた金髪緋眼の女魔導士が言うなら、それで良いのだろう。
いつかはロイド達のように気兼ねなく、取り留めない話を交わしたいものだと思いつつ、四番騎の脚元に馬身を寄せて、出発の可否を問うライゼス副団長に向け、巨大騎士の首を縦に振らせた。
『続きが気になる』『応援してもいいよ』
と思ってくれたら、下載の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にお願いします。
皆様の御力で本作を応援してください_(._.)_




