リゼル騎士国のおっさん達は優秀です
「やはり親子という事ですか、血は争えませんね」
失った片目を隠すように垂らした前髪に触れ、彼女は先王のお忍びに付き合わされて出掛けた大衆酒場での出来事を思い出す。
酒が入っていたこともあり、些事で揉めて殴り合った鍛冶職人も、喧嘩相手がストラウス王だとは思わなかっただろう。
騒ぎを聞きつけて来た警邏中の守備兵らの “鳩が豆鉄砲を食ったような顔” も今となっては懐かしく、故人との貴重な思い出なのだが… 現状に於ける彼女の役目は姫君の護衛だ。
(できれば、不測の事態を誘発するような行為は慎んで貰いたいものです)
などと辟易する傍ら、イザナの意思を重んじて密かに探知魔法など仕込み、陰ながら護衛に徹しようと考えるあたり、心理的な距離が遠くなっているものの、姉代わりだったサリエルの意識は変わらない。
ただ、それとは別に新たな事態が動いており、三人の少女らが色々と画策している数日のうちに、隣国のゼファルス領からニーナ・ヴァレルの親書が届く。
それを持参した使者が辞した後、玉座にもたれた若い騎士王は凝り固まった肩肘の力を抜き、手渡された羊皮紙を読み直した。
「精霊門の欠片と新造騎体の交換、損耗の大きい巨大騎士の有償整備はともかく、帝国領への訪問が難題でしょうね」
「んんッ、クロード王、臣民に対する敬語は控えて頂きたい」
能面のような表情のライゼス副団長から諫言を呈され、やや気後れした俺は眉を顰めて、その上役を見遣る。
「慣れない上に精神的な抵抗が… 何とかしてください、団長殿」
「ふむ、公式の場以外ではざっくばらんで構わんだろう、ブレイズはどう思う?」
理解を示してくれたゼノスが傍に控える宰相兼任の魔術師長に同意を取るも、すげなく首を左右に振られて否定された。
「こういうのは日頃の習慣が出てしまう。私達なら問題ないが、先ほど他国の使者に敬語を使ったのは不味い、二人とも潔く諦めろ」
「ということらしいぞ、陛下」
「くッ、馴染んでいくしか、ないのか……」
王位に就いたので、本人は嫌々ながらも職務上の会話を交わすようになったディノや、練兵場でよく顔を合わす月ヶ瀬の兄妹はさておき、自分の倍以上も歳を重ねた三人の重臣に常体で接するのは違和感が拭えない。
お陰で話の切り出しから躓いてしまった感はあれど、あらぬ方向へ進みかけた軌道を早々に修正する。
「言葉遣いは善処する。それで良いな、ライゼス」
「御意に… それでヴァレル家の親書に書かれていた訪問の要請ですが、王自らが赴く必要はありません。多大な実績があろうと、ニーナ嬢は帝国の一領主に過ぎない」
「名代として騎士団長の私が出向けば、女狐殿の顔も立つだろう」
主副の団長が頷き合い、双方ともに否定的な反応を見せたので、魔術師長たるブレイズの様子を窺うと… 又しても、彼の御仁は首を左右に振った。
「王よ、此処で特段の配慮を取れば、我らの協力関係はより密接なものとなる。そこまで遠くないゼファルス領に出掛けるのも一手では?」
「独自の騎体を生産できない以上、仲良くした方が賢いな」
必然的に関わりが増える中で団長殿は元より、冷静かつ慎重な副団長殿も本質的に武人だと分かっているため、兼務宰相たるレヴィアの父親が発した言葉を真摯に受け止めて吟味する。
先んじて言及されたように軽々と王が他国へ足を運ぶのは考えもので、侮られてしまう逆効果も否めないが… ゼファルス領への招待が “新たな王” の度量を試している可能性も高い。
(場合によっては誘いを受けないと、リゼルの国益に反する)
それに勿体ぶっていると、玉座に坐すだけの飾りになりかねず、自らの望むところではない。ただ、ひとつだけ確認しておくべき点があった。
「ゼノス、件の女狐殿は信頼に値する人物か?」
「仁義は弁えているぞ、打算的だがな」
「ならば、此方を見極めるつもりだろう、誘いに応じよう」
暫時の思考を巡らせて決断し、彼是と異議がありそうだったライゼスに本案件の仔細を任せておく。
されども、敢えて頼み込むことで主体的に関わらせ、余計な遺恨を生じさせない配慮に気づかれたのか、呆れたような態度を取られてしまった。
「気遣いは無用、私も王やブレイズの考えは理解している。それに主命を実行に移すのが臣下だからな… まぁ、必要があるなら、その時は再考を願い出させてもらう」
「ははっ、どうだ陛下、こいつは頭の固さ以上に義理堅いだろう!」
バシバシと筋骨隆々なゼノスが副団長の背中を叩き、露骨に迷惑そうな表情をされているのが印象的で、肩など竦めた魔術師長と顔を見合わせて苦笑いする。
「うわぁ……」
「何やら入りづらい雰囲気ですね」
「うん、その中にうちのお父さんもいるんだけど」
「奇遇ですね、私の義父様もいます」
扉の隙間からこっそりと謁見の間を覗き、伴侶との接し方で悩むイザナと親密になってもらう計画の一環で、彼女の想い人を探していたレヴィアとフィーネが固まってしまう。
そんなことを知る由もなく、彼の騎士王は信頼できる先人達に内心で敬意を表し、これならば今後も上手くやっていけるだろうと確信を深めていた。
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