雪が降り出したので、自国へ帰らせて貰います。
「微妙に気になるから聞くけど何処を触ったの、クロード殿?」
「腕部のアタッチメントを交換して、出先で拾った白狐謹製の仕込み盾、“雷蜘蛛”に人工筋肉と神経節を接続したくらいだ」
件の固有兵装は白エルフの女王を模した複製体から双子達が示唆された情報に基づき、都市ドレスデ郊外の丘陵地から掘り出した古代エルフ族の逸品であり、近接格闘戦の決め手となり得る初見殺しの機能が備わっている。
話題に喰いついたニーナが興味を示せば得意げな態度で、やや慎ましい胸を反らしたエレイアが特殊な腕盾の仕掛けを詳細に解説していく。
「なるほどね、扇形に射出される複数のワイヤーは咄嗟の回避が難しくて有効そう。しかも、純ミスリル製で相手の騎体に魔力干渉できると……」
「ふふっ、まさに雷属性を扱う私と兄様のためにあるような攻防一体の兵装です♪ 蜘蛛の糸が絡まったら最後、左腕に纏わせた紫電の魔力が伝導して相手の筋肉を硬直させます」
そうして動きが悪くなった隙を突き、双剣の連撃にて仕留めるとの事で特段の反対意見もなく、多くの小型装置を内蔵した腕盾は月ヶ瀬兄妹のベガルタに装着される事となった。
(双子エルフから拾い物の説明を受けた時、獲物を狙う鷹の目になったエレイアが周囲を牽制していたからな)
あれでは誰も反対できない筈だと苦笑している内に話の区切りが付き、御令嬢達の言葉が途切れた頃合いで、幾つかある確認事項の一つをニーナに言及しておく。
「いい加減に帰って来いと、国元の魔術師長が旅人に偽装した伝令を送ってくるんだが… 今朝で三人目だ。そっちはまだ動けないのか?」
「無理ね、撃墜されたZeppelin伯爵を放置していく訳にもいかないし、もう一週間ほど掛かるわ。これも騎士国がドレスデの工房を押さえたからよ」
文句を言われる筋合いはないと嘯き、此方よりも巨大騎士等の修理が遅れているゼファルス領軍の現状を恨みがましく嘆いた。
何でも近隣領地や帝都は騎体戦力の全てを失ったリグシア領再建のため、国内随一の工業地帯を擁する領主令嬢に対して、気前よく機具を卸してくれないらしい。
「態々、自領から取り寄せるとか、なんで都市ライフツィヒの窮地を救ったのに割りを喰ってるのかしらね、意味不明なのだけど……」
「また世迷言を… 皇統派との力関係を逆転させた上、騎体保有数の上限緩和も認めさせただろう。それに中央広場の精霊門は望外の収穫だったんじゃないのか?」
都市内部に蔓延った小型異形を駆逐する過程で、抜け目なく貴重な敵性資源を確保した女狐殿に多少の皮肉を投げると、彼女は露骨に表情を曇らせてしまう。
「…… うん、あれね、只の毒々しい石ころよ。地脈から蓄えた星の力を使い果たしていたの。くうぅ、飛空戦艦と高々度降下可能な艦載騎が作れると思ったのにぃ」
「明らかに周辺諸国の軍事バランスを破壊する戦略兵器とか造られてもな」
「余計な火種になる気が致しますね」
“皇統派がゼファルス領を危惧するのも分かります” という、小さなエレイアの呟きを聞かなかった事にして、明後日の方向に転がり出した会話を引き戻す。
ここ数日、ちらほらと雪も降っているので後回しにはできない。
「すまないが… 足並み揃わずとも鹵獲騎の修繕が終わり次第、此方は撤収させて貰う。国境地帯の山道が使えなくなったら、一般兵科の者達は足止めされるからな」
「私達のような騎体操縦者だけ、我先にと巨大騎士で帰還するのも忍びないですし、雪中行軍など論外です」
然りと同調した銀髪の魔導士に指摘され、暫し考え込んでいたニーナはやや俯かせていた顔を上げて、少し離れた場所に控えている護衛の一人を手招いた。
素早く近寄った若い兵卒に向け、復路で避けて通れない中立派の各領地へ使者を立てるように促す。
例え、滅びの刻楷を想定した同盟関係にある隣国とは謂え、帝国内を単独で好き勝手に移動されては困るのだろう。
「水先案内人に乗騎を失って手持ち無沙汰な騎士達か、中隊長以下の将兵を数名ほど宛がいます。候補者をアインストに見繕わせなさい」
「承知しました。少しの間、下がらせて頂きます」
踵を返した兵卒が疾く立ち去れば、入れ代わるように侍従兵の少女が楚々とテーブルまで歩み寄って白磁のポットを手に取り、空のカップに紅茶を継ぎ足そうとしてくれる。
それを片手で制して断ると、現地生まれの日系人でもある顔馴染みの相手は可愛らしく小首を傾げた。
「ミルクやレモンを加えて趣の異なる紅茶にもできますよ、Mr.ブシドー?」
「いや、友人の妹を立たせたまま寛ぐのも気が引ける。ご馳走になったな」
「どう致しまして… こっちも騎体整備に戻りましょうかね」
ひらひらと手を振るニーナに見送られ、リップサービスが過ぎるウルリカ嬢の親書を持て余しつつも自陣の大天幕へと踏み出す。
翌々日の早朝、撤収作業を済ませた騎士国の遠征軍はゼファルスの竜騎兵小隊による先導で帰路に就き、二週間足らずの旅次行軍を経て凡そ二ヶ月振りに王都エイジア近郊まで辿り着いた。
近世とかになるまで、冬場は人間も巣ごもりして殆ど出歩かないのが普通ですね。
移動手段が限られているので下手に動けば落命し兼ねなかったのです(;'∀')
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