表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/143

ウロボロスの蛇、若しくはメビウスの輪

ニーナ・ヴァレルは人類の救世主だとみなが言う。


 怜悧れいりな彼女は祖国ドイツにいた頃から、おさなくして稀代きだいの天才であったが、現状の功績は “時空連続体” に迷いんださい、意図せずた知識に依存いぞんする部分が大きい。


「…… 時間(じく)を加味した空間に満ちるエネルギーは自乗作用するから、負のエネルギーは過去へ向かう。そして虚数と実数は相互作用せずにオーバーラップするけど、ぜろにおいてのみ例外がしょうじる」


 この事象は “過去より来たりて、現在で相互作用しながら未来に向かう” という慣性的な時空の等価をしめし、“分岐から過去と未来” を生み出し続けていく。


「まるでウロボロスの蛇、しくはメビウスの輪ね」


 主観にして26万時間以上、時空間の裂け目へちたニーナは静止状態に近い永劫えいごうの中でいることなく、実験場のような箱庭の世界を延々《えんえん》と見続けてきた。


 定期的に与えられる外部の刺激を引き金とした滅び、進化をげたての自壊、そのおり垣間かいまえ見えた “機械仕掛けの魔人(マギウス・マキナ)” 等々。


「心がふるえたのは他人事だからで、渦中に放りまれるとたまったものじゃないわ」


 今や、彼女自身も盤上の駒(クイーン)で観測者に(あら)ず、姿をあらわした “滅びの刻楷(きざはし)” からは逃げられない。ひとつだけ、幸いだったのは前領主に有能さを認められて、養女に迎えられたことだろう。


 お陰で種族や文明を問わず、姿形しけいは違えど収斂しゅうれん進化のはてに辿り着く決戦兵器、“機械仕掛けの魔人(マギウス・マキナ)” を模倣もほうした巨大騎士(ナイトウィザード)の開発も数年で目途めどがつき、試作型の騎体きたいジャベリンが完成した。


 当時、異形いぎょうどもに滅ぼされつつあったイグラッドへの援軍にまぎませたものの、大型種に有効な攻撃手段を持たなかった連合軍は(あえ)なく敗退、対抗戦力を有していた帝国のゼファルス領軍が殿(しんがり)となる。


 だが、たった数騎のジャベリンでせまる巨大な怪物どもを押し返すのは不可能であり、領主レオニードと息子らは戦死、かろうじてわずかな随伴ずいはん兵が生還したのみ。


  結果的に先進技術を交渉材料として、有力な貴族連中に働きかけた養女が皇帝の勅免ちょくめんをもらい、紆余曲折うよきょくせつの末にヴァレル家を継いだ。


(思えば数奇(すうき)なものね……)


 暫時ざんじ瞑目めいもくしながら過去に(ひた)っていた令嬢を引き戻すように、執務室の扉が三度(たた)かれる。


「ニーナ様、報告が御座います」

「入りなさい」


 了承を受けて扉が開き、二十代前半の彼女と比べれば相応に年上の騎士長アインストが歩み寄り、うやうやしく小さな羊皮紙を取り出す。


「騎士国に派遣したジャックス技官からの《《密書》》です」

「ん、これは… 素晴らしい朗報ろうほうだわ」


 手元の紙に視線を落としたニーナは華がほころぶような微笑を(こぼ)したが、正面に立つ騎士長は無言で首を左右へった。


「大森林にける精霊門の破壊がり、その組成物そせいぶつを入手できたのは良い事でしょう、されども最後まで読んでいただきたい」


「……………… こまったわね、どう解釈かいしゃくすれば良いの?」


 先ほどまで念願の精霊石を同盟国が確保したことに喜び、いつになく上機嫌だった彼女は小首をかしげ、ダークブラウンの髪をらしながらう。


「悪い知らせです、これまでの協力体制もストラウス王あればこそ… 新たに即位した若造が(こころざし)ある者でも、実力をともなわなければ役に立ちません」


「そうね、一度会って見極みきわめるべきかしら?」

御随意(ごずいい)(まま)に……」


 (こうべ)れたアインストが(きびす)を返して退出した後、残された令嬢は研究に没頭して忘れないうちに執務机の引き出しをけ、何も書かれていない羊皮紙を取り出す。


 どちらにしろ、リゼルの騎士団に精霊石を強請(ねだ)る必要があったので、親書を出すことは確定事項なのだ。


 そこに新たな騎士王、クロード・斑目マダラメ・ヴァイスベルとの面会も加えて、諸々《もろもろ》の対価として第二世代の新造騎体(きたい)ベガルタ、ピーキー過ぎて誰もあつかえなかった “ 原型マギウス・マキナに近い騎体きたいベルフェゴールも提供する(むね)しめした。


(私の最高傑作なんだけど… 飾っているだけじゃ、単なるオブジェだからね)


 一瞬だけ、悩んだものの、ニーナは書き上げた文面にヴァレル家の印を押して封筒へ入れ、隣室から呼び出した侍女に手渡す。


 それが届く先、ゼファルス領から見て南方に位置する小国リゼルでは… うら若き少女達が集まり、何やら相談し合っていた。




「…… という訳で、クロードが私に手を出さないのです」

「彼、奥手そうだよね。あ、このビスケット美味しい♪」


 わりと深刻そうなイザナの言葉を聞き流し、魔術師長の娘が小動物のように砂糖をたっぷり使った焼き菓子などむ。


「あぁ、もう… 欠片かけらこぼれていますよ、レヴィア」

「二人とも、真面目に話を聞いてください!」


 この場にいるもう一人、騎士団長の義娘フィーネを加えた三人は歳が近く、父親らの仲も良好だったことから自然と幼馴染おさななじみになり、今も忌憚(きたん)なく意見を交し合う関係だったりする。


「率直に言ってしまうと、そんな話をされても答えようが無いのです」

「うん、私達って魔法の鍛錬で自由時間が少なかったから、色恋沙汰(ざた)はね」


「うぅ、それを言われると、反論できませんね」


 イザナとて二人の親友が魔術を学び出した時、名乗りを上げたのだが、王族という立場なのでかなわず、襤褸々々《ぼろぼろ》になっていく二人を心配することしか、彼女にはできなかった。


 その負い目から言葉をまらせるも、ことは重大である。稀人(まれびと)の騎士と婚姻こんいんを結んだ夜から、(しとね)を共にしているにもかかわらず、自身の肢体したいにクロードがまったく興味をしめさないのだ。


「これは認めざるを得ないのかもしれません、私に魅力がないと……」


 物憂(ものう)げな表情で頬杖(ほおづえ)を突き、綺麗な碧眼(へきがん)くもらせるイザナに向け、レヴィアがぶんぶんと首を左右に振る。


「それはあり得ないよね」

「えぇ、私もイザナ様はお美しいと思いますよ」


「では何故なぜ、毎晩身を寄せても、頭をぜられるだけなのです?」

「多分、気持ちがともなってないため、でしょうか?」


 逡巡しゅんじゅんしながら、訥々《とつとつ》とフィーネが漏らした言葉には、少なからずレヴィアも心当たりがあるようで、しかりとうなずいた。


「ん~、少しずつ、距離を詰めるしかないのかも」


「具体的には如何いかように?」

「えっと、お忍びで街にでも行くとか……」


 異界(ちきゅう)ことわざにある “三人寄れば文殊の知恵” とやら、身を寄せ合ってコソコソと話をする少女らがつどうサロンの外、廊下側で聞き耳など立てていた隻眼の魔術師サリエルは人知れず重い溜息をいた。

『続きが気になる』『応援してもいいよ』


と思ってくれたら、下載の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にお願いします。

皆様の御力で本作を応援してください_(._.)_

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ