物事は是々非々で論じるべき、かもしれない
少々拗れている節もあり、生粋の日本人気質を発動させて黙り込んだまま傍観していると、恐らくは隣国の要人という立場のせいで皆に注視されてしまう。
寄り添うレヴィアに横腹を小突かれつつ、言及すべき事柄を考えあぐねていたら、顔合わせの際にクルトと名乗った将校がエルベアトに対して口火を切った。
「喫緊の最優先事項を確認したい、次期リグシア侯爵のセドリック様が乗る馬車を襲撃して、身柄を拉致した賊は貴様らか?」
「断じて否だ。身の潔白に口添えしてくれませんか、騎士王殿?」
「と、言われてもな」
困り顔で縋ってきた相手の父親が皇統派を離反して同輩になった事や、ジグラント領の城塞都市に援軍を派遣した事は盟友の御令嬢から聞き及んでいるが、密かに工作活動をしていたのは擁護できない。
膝元の中核都市で好き勝手にされたリグシアの軍人が嫌疑を抱くのは自然な流れであり、その厳しい眼差しは俺達にも向けられている。
「失礼ながら、この者と貴殿らは既知のように見えます。どういった関係なのか明確に答えて頂きたい、ライゼス卿」
「知らんよ、音楽祭でクロード王が会ったと小耳に挟んでいる程度だ」
素っ気なく答えた御仁は壁外の野営地に留まった居残り組であり、演奏会場まで帯同したのはイザナと近衛兵達を除けば騎士団長の父娘くらいなので、実情を知る者はこの場にいない。
従って再度の耳目が集まり、此方の言葉を待つ形となった。
「… 彼は以前に帝都の情勢を教えてくれたヘイゼン卿の身内、エルベアト殿だ」
「皆様、改めて宜しく願います。そういう訳で賊呼ばわりとか、無礼極まりない接し方は止めてくれると嬉しいな、将校殿」
元皇統派らしく血筋重視の言動で牽制を入れた貴族家の次男坊は憚ることなく、リグシア侯爵家の悪評を市井にばら撒いていた案件の釈明など始める。
滔々と語られたのは帝国の将来を見据えた皇統派の切り崩しに加え、ゼファルス辺境伯ニーナ・ヴァレルの一派を主流に押し上げて、帝国西域の防衛戦力を増強させるという趣旨の内容だ。
「新参故に女狐殿への手土産はあった方が無難だし、家族や財産を失った民衆は遣り切れない気持ちの捌け口が得られます。領軍の旅団長殿も陞爵して領地を得れば、姓に爵位を宛がうしかない下級貴族から脱却できるかと……」
「それに最前線の護りが強固になると中西部のアルマイン領も安泰だな」
「えぇ、リヒティア公国を盾代わりにしている騎士国と一緒ですよ」
定期的に浸透してくる異形の群れを迎え撃つだけなら良いが、領地を主戦場にしたくないのは自明であり、いちいち指摘するなと袖にされるも… 透かさず、赤毛の魔導士娘が反駁を試みる。
「こっちは都度の援軍とか、協力を惜しんでないから違うと思うけど?」
「内々の横槍が入らない小国だからでしょう。纏まっていて羨ましい限りです」
確かにうちの “おっさん三銃士” は一枚岩であり、安定した環境で自由にやらせて貰っているため、皮肉混じりの物言いも的外れではない。
猶も言い募るレヴィアの肩越しに廻した掌で口元を塞ぎ、強引に黙らせようとしたら、腹いせに人差し指を激しく甘噛みされた。
「…… 天然と言うか、何と言うか、毒気を抜かれますね」
「あぁ、得難い存在だから重宝している」
偶に思い悩んでいる時など、程よく絡んできて、視野狭窄の一歩手前から引っ張り上げてくれる事には感謝しかない。
そう衒わずに伝えると物理的な口撃が止まり、今度は仄かに頬を染めるも、話が進まないので構わず爵位継承に係る意見をリグシアの将校に問う。
「現侯爵家の凋落と引き換えに政情の変化を促して、女狐殿の派閥主導で西部戦線を盤石にする皮算用、遺憾なく受容できるのか?」
「我らも市街戦では多大な犠牲を出しました。亡き侯爵閣下の失策に不満を持つ将兵や領民も少なくありませんし、旅団長を務めるラムゼイ男爵が次期領主に相応しいと考えています」
だだ、“故人に捧げた忠義は紛い物ではない” と前置きして、引き続きの捜索協力を求めてくる。
この手の礼節を重んじた言動は騎士国の者達に刺さるため、頻りにライゼスが頷いており、皆も似たような反応を見せることは想像に容易い。
「一応、此方も報酬に見合う範囲内で、期待に応えるが… 領都半壊、全騎体喪失の状態で領主選定を引き延ばすのは難しいな、猶予は余りなさそうだ」
「分かっていますよ、騎士王殿。仮に皇帝陛下の勅免が降りたなら、男爵も否やはないでしょう。逆らうと不敬罪ですからね」
帝国の歴史を辿れば暴君の治世もある事実から、自身の首を掻っ切る真似などして、若い将校が発言を締め括った。
その真偽はさておき、捕まえた連中の扱いが決まってないので、二人揃って視線を転じると先にエルベアトが話を切り出す。
「独断で動いたのは申し訳ない。以後、領軍に協力して償おう」
「…… 貴様の目論見を聞いたばかりなのに、どうやって信用しろと?」
「別件に関しての事だよ。資金や復興用の資材とか、十分に足りてないのだろう」
つまり、自己都合で誘拐事件の解決には寄与しなくとも、河川貿易で各地から人材、資材、資金が集まるアルマイン領の強みを活かして、内輪揉めと異形襲来で散々な状況のリグシア領を経済的に援助する腹案のようだ。
迂闊に飛び付けば借りを作ってしまうため、逡巡した将校は即答できないと次男坊に告げ、護衛の女騎士と領軍本営まで出向くように打診する。
渋るかと思いきや、あっさりと承諾された事で解散となり、十数分も経たずに荒れ果てた商館は無人となった。
謀略絡みの事は書くのが難しいですね(;'∀')
上手く物語が伝われば良いのですけど……




