西部戦線、異常あり
なお、難局を乗り越えた各陣営の下、僅か半日で深い傷を刻まれた中核都市ライフツィヒは復興へ向かい始めたものの、内輪揉めのせいで手薄になっていた西部戦線の一角、帝国領ジグラントの城塞都市ドラッケンは連日に及ぶ波状攻撃で陥落の危機にあった。
もはや、領主のアイロスも城内で報告を待つ身に非ず、元老院に伏せて主従の盟約を結んだ女狐殿より供与された深緑の巨大騎士、セルティスへ乗り込んで防衛線の陣頭に立っている。
『踏ん張れッ、迂回していった小型異形どもは城壁に残した一般兵科の部隊で凌げるが、大物に抜かれたら終わりだ、気合を魅せろ!』
『『『うぉおおぉ――ッ!!』』』
麾下の騎士達を鼓舞しながらも、歴戦の伯爵は迫ってきた巨獣キマイラの横っ面を固有兵装の中型盾で殴り飛ばして半歩詰め、打撃の勢いに逆らえず晒された首筋目掛け、愛騎の利き手に握り締めているL字型戦斧を叩きつけた。
まるで肉切り包丁のように無骨な斧刃は “獅子と山羊の双頭” が特徴的な合成獣の頸動脈を切り裂き、野太い断末魔の絶叫を響かせる。
「ガァアアァ――ッ!!」
『ッ、大人しく斃れ、化物!』
最後の悪足搔きで放たれた右前肢の爪撃に怯むことなく、彼の御仁は領主騎の左肩を前にした体当りで突き倒して、深く喰い込んでいる得物を引き剥がした。
至近より吹き出した血を浴びつつも、さらに鋼鉄の右腕を左肩上へ廻して引き付け、バックハンドブローの要領で戦斧を振り抜いて、右斜め前方から身の丈十数メートルのミノタウロスが袈裟掛けに打ち下ろした戦棍を迎え撃つ。
両手持ちの一撃に対して、片手の不利は否めずとも、隠れ技巧派な操縦者の機転で威力を減殺された殴打は装甲を多少歪めるに留まった。
「ブルォオ!!」
『ッ、残念だったな』
そう呟いたアイロスは愛騎の左掌に把持している中型盾の下部突端を牛頭へ向け、盾裏に仕込まれた出力改良型のバースト機構を発動させる。
凝縮された魔力の爆散に伴い、撃ち出された “黒鉄杭” は戦棍の間合いを一瞬で潰し、哀れな怪物の眉間に刺さって致命傷を与えた。
「ァア… ッ、ウゥ……」
『流石に近接戦闘だと浪漫武器でも外しませんね、叔父様』
『手厳しいな、弓矢とは勝手が違うんだ』
躯体の動力制御を担う年若い従姪の魔導士に指摘され、命中精度が低いことの文句は設計者のニーナ嬢に言えと内心で嘆く傍ら、後方跳躍して一度下がれば斃した異形達の姿に周囲の僚騎から歓声が沸き上がった。
『伯爵閣下に続け!』
『『『承知ッ!!』』』
領主の奮闘に騎士や魔導士達が応え、其々に踏み込ませた乗騎の得物を振るって、魔獣系統の大型異形らと切り結ぶ。
或る者は巨躯のため飛べないが、鋭利な刃物代わりとなる翼持つ獅子マンティコアの蠍尾による刺突を躱して切り飛ばし、 また或る者は奇怪な猪人ジャイアント・オークの槍撃を弾いて、返し刃の斬撃で心臓ごと胸を裂いた。
そうして、未だに崩れそうな戦線を維持する様子を見遣り、“魂の盟約” にて希少な巨大化能力を得た獅子の獣人ライオネルは呵々大笑する。
「はっ、当世の猿どもは気概があるな、かつての破滅を乗り越えただけはある」
「あれは作為的だった、実力じゃない…… ただ、獣人の中でも弱い部類だった奴らが猿人に進化して鋼の巨鎧を纏い、こうも奮戦していると妬けてしまうな」
眩しいものを直視するように金色の双眸を細め、自身と同じく戦闘に適した巨人形態になっている黒狼の獣人ヴォルレインが紡いだ言葉を聞き、荒獅子は戦闘狂の骸骨騎士を脳裏に思い浮かべて苦笑した。
後もう一押し必要な状況もあり、此処は貧乏籤を引いてやろうと提案する。
「軍勢の指揮は引き受ける、好きにして構わないが… 中央は堅そうだ、深緑色をした領主の巨鎧は狙わず、端から潰していけ」
「そこは妥協しよう、出るぞッ、お前ら!」
「「ウォオオォオォ――ンッ!!」」
ふらりと身体を揺らして前傾姿勢になり、意気揚々と駆け出した戦士長の背を追い掛け、控えていた騎体サイズの人狼二匹もジグラント勢の左翼に疾走していく。
先頭の黒狼は交戦中の魔獣一体に短い念話を送って退かせると、軽装鎧を着込んだ巨躯とは思えない身軽さで跳躍して、西域で現場開発された整備が容易なクラウソラスE型に強烈な蹴撃を浴びせる。
『ぐッ!?』
『うぁ…』
突然の強襲に見舞われた領軍騎は中型盾で頭部を庇うも、重量と慣性速度が加算された蹴りの威力に抗えず、体勢を後ろに崩して多々良を踏んだ。
その隙を生粋の狩人が逃す筈もなく、着地後の低い姿勢から懐へ飛び込み、上体を起こす動作に織り交ぜて黒鉄製のガントレットで覆われた右拳も放つ。
優れた膂力に魔力強化を上乗せして、掬い上げるように打ち込んだアッパーカットは胸郭装甲を圧壊させ、操縦者二名の命を奪った。
『おい、なんかヤバいのが来たな』
『オルト、マイン、俺達で黒い人狼を討つぞ!』
「ちッ、三体掛かりとは人面獣心の輩どもめ!!」
『『『貴様が言うな!!』』』
幸か不幸か、闘争を好む性質の風変わりな三騎士と一匹が出会い、大和言葉の慣用句など挟みつつも、一進一退の攻防を繰り広げるが……
数に劣る戦況で、黒狼が引き連れてきた巨大な人狼らも戦列に加わった事から、防御に専念して被害を抑えているとは謂え、左翼に陣取った各騎の旗色は悪い。
左翼の彼らが押し込まれるに従い、中央の領主達も側面攻撃を警戒して下がらざるを得ず、同盟諸国の援軍騎で構成された右翼も退避するため、徐々にジグラント領側の軍勢は都市の防壁付近まで追い詰められていった。
【没案】
『なんかヤバいのが来たな、カイア』
『オルト、マイン、奴にジェットストリームア〇ックを仕掛けるぞ!』
「何だこいつら、来るのか!? うぉおッ!!」
『なッ、俺を踏み台にした!?』
とか、やりたかったのですが……
このノリだと、三人とも戦死してしまいますからね:(´◦ω◦`):




