婚姻と新王即位
各所に採光の仕組みが成されているため比較的に明るいとはいえ、陰影の散見される回廊を帰還した騎士団長らが進んでいた折、ストラウス王の娘イザナは一命を取り留めた魔導士の部屋にいた。
そこに近衛兵が訪れ、騎士団の凱旋を伝えたのは少し前のことだ。
「…… そろそろ、行かないといけませんね」
「姫様、申し訳ありません。私だけ無様に生き恥を晒すなど」
まだ臣民には知らされてないものの、一昨日の深夜に考え得る治療の甲斐なく、騎士たちの王は身罷っていた。
助かったのは魔槍が直撃せず、騎体部品の爆散により負傷して、片目を失ったサリエルのみ。治療用の眼帯を嵌めた年若い女魔導士に向け、王女は自身の中にある蟠りを吐き出すように言葉を紡ぐ。
「許します、貴女の全てを… 今は傷を癒しなさい」
幼い頃に母を亡くしたイザナにとって、元御付きの侍女は厳しくも優しい “姉のような存在” であったが、父親と肉体関係を持つ愛人であることに気づいて以降、ここ数年は大きな溝ができていた。
されども、自らの感情を優先するのは状況が許さないため、身内の死で一晩泣き腫らした後、齢十五にして一切合切を受け入れる覚悟を決めた王女の胸中では、もはや些末な問題でしかない。
その変化を読み取ったのか、柔らかく隻眼を細めたサリエルが姿勢を糺し、かつての妹分と向き合った。
「ブレイズ殿から貴女の御付きに戻るよう、示唆がありました。傷が癒えれば警護を務めさせて頂きます、不具の身なれど今度こそ身命を以って……」
他人行儀な物言いに開いた距離を感じて、父親との仲を認めて再婚に同意していたら、あまり年齢差がなくても良好な母娘関係が築けていたのだろうかと、イザナは栓のないことを考えてしまう。
(なにを今更… 女々《めめ》しいですね、私は)
ことの次第によっては国を継ぐ男児が生まれていた可能性もあるが、すべては後の祭りで現在のリゼルに直系王族は一人しかおらず、その意味でもサリエルが護衛を務めるという話は理に適っていた。
「よろしく頼みます、姉様」
「ッ!?」
懐いていた時の呼び名をわざと使い、驚いた相手に得意げな微笑みだけ残して、多忙な王女が踵を返す。
それに合わせて部屋隅に控えていた四名の近衛兵が恭しく扉を開き、主の前後を挟むように随伴した。
木漏れ日の廊下を歩きながら、伝え聞かされた騎士団の報告を内心で反芻すると、聞き取れないほどの小声でイザナは呟く。
「精霊門の破壊に寄与、単独で竜種も討った大和の武人」
一瞬だけ歩速を緩めて立ち止まりかけるも、思索を打ち切って謁見の間に通じる王族専用の扉へ至れば、すぐさま近衛兵らが内側に開けていく……
その少し前、件の場所では三人の重臣が顔を突き合わせていた。
「そうか、ストラウスらしいと言えば、らしいのかもな」
「ブレイズッ、貴様がいたのに何故だ!!」
意外と素直に受け止めた騎士団長のゼノスに対して、いつもは冷静な副団長のライゼスが怒鳴り散らす広間で、まさかの事態に連れて来られた俺とレヴィアは、ぽつんと放置されたままだ。
手持ち無沙汰な此方の眼前では、彼女の父親らしき野性味のある赤髭の魔術師が胸倉を掴まれており、見かねた団長殿が間に割って入る。
「落ち着け、人はいずれ死ぬものだ」
「時期というものがあるだろう!」
「自らの非は認めるさ… すまない」
「ぐッ、お前を責めても、解決しないのは確かだな」
後悔に苛まれながら詫びた友を見遣り、幾ばくかの冷静さを取り戻した副団長殿が身を引いて、ひときわ重い溜息を吐いた。
「どうする? 直系の王族はイザナ姫しかおらんぞ、神輿になるのか?」
「ふむ、轡を並べて戦えない銃後の女王… 死地に赴く将兵らの気勢は削がれるな」
「では貴様が王位を継げ、ゼノス。正直、私はそれでも良いと考えている」
「馬鹿を言うなよ、ブレイズ。妥当性がないし、あっても面倒だからやらんぞ!!」
何やら喧々諤々と、王位の譲り合いなど始めた “おっさん三銃士” を眺めつつ、蚊帳の外にいた俺はレヴィアの耳元で囁く。
(秘匿されている王の崩御とか、次善の策とか、立ち聞いても構わないのか?)
(あぅ~、そう言われればそうかも、こっそり抜ける?)
冗談めかして微笑み、緊張をほぐしてくれようとする愛らしい赤毛の少女に見惚れていれば、不謹慎な姿が目に付いたようで… 旧知の友から二人掛かりで詰め寄られ、進退窮まりつつある団長殿に指差されてしまった。
「大体、神輿になるなら若い方が良いだろう! おいッ、クロード!!」
「お断りします、ゼノス団長」
速攻で拒否するも既に時遅く、宰相兼任の魔術師長ことブレイズが一人娘と仲良さげな “馬の骨” に気づき、値踏みするような視線を投げてくる。
「レヴィ、そちらが報告にあった大和人か?」
「うん、稀人の騎士クロードだよ、お父さん」
「娘が危ないところを救ってもらったようだな、感謝する」
「いえ、一蓮托生というか、死なば諸共だったので……」
自身の半分程度しか生きてない、いわば若造に真摯な態度で礼を述べて、“百聞は一見に如かずというが、致し方ない” と独り言ちた後、彼の御仁は愛娘と向き合った。
「強いのか、彼は?」
「ん… 強いよ、それに機転も利く」
忖度ないレヴィアの答えを受けて、おっさん三銃士の注意が此方へ向き、俄かに居心地が悪くなり始めたものの、前触れなく奥側の扉が開かれる。
近衛兵らに護られた黒髪碧眼の美しい少女が玉座の傍に立つと同時、全員が首を垂れたので、俺もそれに倣った。
「皆、ご苦労様です」
「姫様、此度のことは、何と声を掛ければよいのか」
「ありがとう、ゼノス。気遣いには感謝しますが、俯いている暇はありません」
慮りつつも毅然と言い放ち、沈みがちな雰囲気を振り払った可憐な姫君は憚らず、さらなる言葉を続けていく。
「いつまでも父の崩御を隠すことは困難です、臣民も不安に思いましょう」
「では、如何に?」
「新王が即位する慶事と併せて公表します。そうですね、精霊門の破壊と大森林での勝利も、華として添えればいいかと」
あまりにも自然体で告げられた故、右から左へ流れそうになったが、先ほどより対話を重ねていたゼノス団長が改めて問う。
「“新たな王” ですか?」
「えぇ、すぐに婚姻の準備をしてください、人選は卿らに一任します」
「………… 宜しいので?」
「王族が添い遂げる相手を選ぶなど不埒です、民のことだけ考えてください」
堂々と言い切った姫君に唖然とした直後、呵々《かか》大笑した団長殿が此方に振り返ると、続けざまに綺麗な翡翠色の眼差しが向けられた。
「では遠慮なく、《《大和》》出身の騎士、斑目 蔵人を推しましょう」
「わかりました、貴方もそれで構いませんか?」
(ど、どうするの、クロード!)
(どうと言われもな、俺に務まるのかね?)
あわあわと小動物のように焦り、脇腹を突いてくるレヴィアに小声で返すも、どうやら聞こえていたようで姫君が軽く咳払いを挟む。
「この黒髪を見てください、貴方と同じく大和に由来するものです。現王家の祖である第三代の騎士王は因果の涯からきた稀人… ならば、それにあやかりたいのです」
「先王の死を看取り、意志を引き継いだという伝承の筋書きも踏襲できますな」
外堀を埋める魂胆なのか、ここぞとばかりに頷いて不穏な言葉を重ねてくるあたり、それなりに副団長殿も乗り気のようだ。
なお、背負うモノは大きいにしても正直な話を言えば、一国一城の主に憧れがない訳でもなく、気丈な姫君の頼みを無下に断るのは後味が悪い話だったりもする。
「クロード卿、結論は出ましたか?」
「若輩の身故に至らぬこともありますが、それでも良ければ」
「勿論です。未熟な者同士、一緒に学びながら、歩んでいきましょう」
そっと姫君から差し出された肌理の細かい手を取り、戸惑いつつも婚姻の申し出を受け入れたことで、暫くは落ち着かない日々を送らされるのだが……
喪中に於ける略式での婚儀は恙なく行われ、国内外に対して臣民を護った先王の死と、新たな騎士王の即位が告げられた。
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P.S.ケモノベル「コボルト無双」も書いてます。
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