白エルフと偽りの造物主
「結論を言えば地上の森人達には種族再興を望めるだけの余地があり、“魂の盟約” に囚われた白エルフが足掻いても手の届かない、様々な可能性が残されている」
何処か自嘲気味に嗤ったファウ・ホムンクルスは小さな身体で高天を仰ぎ、理知的な瞳に浮かんだ強い羨望を誤魔化す。
それも一瞬の事で、戻された視線に揺らいだ感情の名残は微塵もない。
『他の眷属と比べて魂の浸蝕が浅い故、妾は猿人族に然したる興味関心を持ち合わせてないが、貴様が召し抱えた双子のような選択をする同胞は多くてな……』
怨敵憎しの精神なのか、生殖能力が薄弱な代わりに寿命では死に難い種族だけあり、大半の部族は先史文明を崩壊させた “滅びの刻楷” に対して、積年の恨みを忘れてないとの事だ。
至極少数ではあれども、運よく傷病を患わなかった存命の者達に至っては長老格まで上り詰め、地理的な要因でニーナ・ヴァレルの支援が薄い東方諸国を中心に暗躍しているらしい。
『砂漠の国々が開発した騎体は単座仕様もあって “機械人形” に近しく、結構な数の同胞が各都市の工房に出入りしていたと、斥候兵達の報告が来ておる』
『仮に積極的なエルフ達の関与が事実なら、行商が見聞してきた噂話の一つや二つ、騎士国にも届くのでは?』
与えられた情報を鵜呑みにせず、些細な疑問を呈すると微かに戸惑った人工精霊は瞑目して、数秒ほど意識を感覚共有に集中させた。
『ミアの表層記憶を読み取った限り、双子は笹穂耳を隠してなかったようだな』
『寧ろ、擬態できたのか?』
『あぅう、騎体を調べようと工房へ忍び込んだ時、ベルちゃんに興奮して耳を出した状態のまま捕縛されたので、もう良いかと思ったのです』
その節は国産騎スヴェルの開発に着手していた時期であり、警備隊の指揮を執っていた月ヶ瀬の兄妹に拘束され、城内引き廻しの刑に処されていた記憶がある。
近衛兵の連絡を受けて居合わせた魔術師長のブレイズと一緒に向かえば、ディノの恫喝で涙腺が決壊寸前になっている笹穂耳の双子がいて、宥め透かすのに苦慮したものだ。
『尋問室で徐にクッキー貰ったのが、今となっては懐かしいのです』
『貴様、実は甘党だったのか… 外見に似合わず愛い奴め』
『いや、レヴィアの餌付け用であって、俺のじゃない』
『まぁ、それはさておき、魔術に長けた我らが猿人を演じるのは容易い』
実際、一年半以上に渡り、亡きリグシア侯爵の下で騎体開発の責任者を務めたファウの複製体が言うのなら、大言壮語でも無いのだろう。
当然ながら、森人種の頂点に立つ隔絶した実力があるとは謂え、白の女王が単独行動をする訳もなく、直接斬り結んだ侍女達など多数の眷属が都市内で活動していたとの情報も開示される。
『精々、権力の中枢を信用できる者で固めることだな。貴様らには妾や同胞達のため、神槌を乗り越えて貰わねばならん』
『防戦一方の有様で、“滅びの刻楷” を凌げるのか?』
『業腹だが… 恐らく、猿人族は造物主を気取る意識集合体に好かれておる』
忌々しそうに吐き捨てられた存在が異形どもの元凶だとしたら、文明崩壊の危機に晒されている手前、毛先ほどの厚意も感じない。
虚空へ浮かんでいる銀髪雪肌の人工精霊に懐疑的な視線を投げると、何やら真面目な表情で見返してきた。
『白エルフの時代はもっと熾烈だったぞ。我らより脆弱で未熟な種族にも拘わらず、未だ拮抗しているのは彼奴等の託宣と与えられた戦力が釣り合わないからだ』
『手加減されているのか… 気が重いな』
『でも、被害を抑えられている実態もあるのです』
事前に起動確認した際、ある程度の対話を済ませていた筈のミアも混じり、背景にある意図が何であれ、致命的な大破局を引き起こさせないように立ち廻るべきと、遠慮がちに具申してくる。
一度、自種族の繁栄を反故にされたエルフ達の意見は尊重したいが、消極的な姿勢に諸手を上げて賛同する事もできず、返答に窮してしまった。
『万に一つの勝ち目も無いのか、俺達は?』
『妾にも偽神の底は見えんし、思惑すら読めん。享楽を求める遊戯なのか、明確な目的があるのか。ただ、幾つかの憶測くらいは立つ、聞きたいか?」
寧ろ、そのために創られた複製体なのでは? という疑念を押さえて頷き、得意げな態度で語られ始めた仮説に傾注する。
小さな女王曰く、精神世界を媒介にした数少ない接触や、異形の軍勢を率いる他種族の知性体より聞き齧った事柄など鑑みれば、彼の意識集合体は “惑星環境及び生態系の改変” を試みている可能性が高いと。
『我らも長年掛けて植生を整え、粗野な巨人族が荒らした大地を緑化した後、用済み扱いで駆逐されたからの… 大方、次の種族が栄えるために邪魔だったのだろう』
溜息して嘆いた淑女の考察が中らずとも遠からず、この惑星を箱庭に見立てた壮大かつ、傍迷惑な実験に付き合わされているのだとしたら、憤懣やるかたない。
しかも、偽りの造物主が自らの世界を犠牲にするとは考え難く、未知なる並行世界の地球より、遥々渡ってきた存在と思しいのが遣る瀬無さを助長していた。
かつての白エルフ達は圧倒的な力を持つ意識集合体を神と見做し、“滅びの刻楷” を “神槌” と名付けていたので、その二つは同じモノを意味します。
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