お気になさらず、存分に致してください By フィーネ
明晰夢、あるいは荘子が斉物論で示した胡蝶之夢なのだろう。
春秋戦国の時代、蝶になって花の上で遊ぶ夢を見ていた彼の人物は目覚めた時、自身という蝶が人になった夢を見ているのではと、疑念に駆られたというやつだ。
簡単に言えば酷くリアリティを伴う夢、幻の類に過ぎないのだが……
(それを理解しても醒めないとか、厄介だ)
眼前に広がるのは腹を喰い破られた子ども、四肢が引き千切られた御老人、寄り添ったまま半身を切断されて臓物を零した夫婦など、右も左も死体、死体、死体ばかりが散乱している。
此処は潔く認めよう、昨日見た都市ライフツィヒの凄惨な光景が脳裏にこびりつき、表面上の平静とは裏腹に俺の精神が摩耗していたのだと。
あまつさえ、怒りをぶつける相手が欲しかったのか、実際は帝国兵らに大半が駆逐されて、終ぞ出遭わなかった小型の異形達まで忽然と心象風景の中に現れる。
ご丁寧にも市街地で多くの骸を見かけた双頭の魔獣や、梟頭の大熊が復元されており、涎を撒き散らして襲い掛かってきた。
(はッ、失笑ものだな)
自分自身に呆れながら左手を鉄鞘に添えて一歩踏み出し、呪錬刀 “不知火” を鞘走らせて、喉笛に嚙みつこうとする魔獣の脇腹を深く斬り抜ける。
その体裁きで的を逸らして、左隣を素通りさせたもう一匹には構わず、大熊が倒れ込むように振るった剛腕を紙一重で躱して袈裟に断ち、神速の返し刃で太い首も撥ね飛ばした。
剣戟の隙に乗じて背後から荒々しい殺意が迫るも、円軌道の動きで避けると同時に刃を振り落とし、先程はやり過ごした相手の胴体を骨ごと輪切りにする。
一息吐いて得物の血を払い、奮戦したところで誰も救えない現実に虚しさを募らせていると、頬に温かな手を添えられる心地良い感覚があり、急速に意識が浮揚していった。
「なんか魘されてるし、起こしても良いのかなぁ」
小さな声に触発されて瞼を開けると布張りの天井に加え、傍に座り込んで此方を覗き込むレヴィアの見慣れた顔がある。
寝覚めの悪さを払拭してくれる安堵感や、戦いの中で判断を誤れば諸共に死ぬという身も蓋もない事実が綯い交ぜになって、ほぼ無意識のうちに彼女の後頭部へ右掌を廻して引き寄せた。
元より明け透けな好意に応えるため、気持ちを整理していたので共に生きる覚悟は一瞬、綺麗な桜色の唇を貪る。
「んぅ… くろぉふど?」
流石に我が道を征くマイペースな赤毛の魔導士娘も面喰らうが、すぐに緩りと桜唇を開いて受け入れて貰えた。
暫く息を止めていたレヴィアが一度離れるのに合わせ、仰向けの身体を起そうとしたら、途中で抱きつかれて逆に押し倒されてしまう。
「こ、これって… 良いって事だよね?」
やや興奮気味みに呟き、俺のアンダーシャツを肌蹴させてくるも… その機先を制して、華奢な両肩を掴みながら転がり、互いの上下を入れ替えて組み敷いた。
「貰うぞ、構わないな」
「あぅ、お粗末なものですけど、宜しければ……」
独特な言葉遣いで応じてくれた彼女に謝意を捧げ、女性魔導士用に仕立てられた軍服のブラウスへ手を伸ばす。
真鍮の釦を上から順に外して、胸の谷間で紐締めするタイプの刺繍が施された煽情的なブラと素肌を露出させ、遠慮なく柔らかな膨らみを揉みしだいた直後… 大天幕の入口付近に既知の気配を感じて手が止まった。
「二人とも目覚めていますか、入りますよ?」
「待て、フィーネ!!」
「ちょッ、なんでこんな時に!?」
咄嗟の制止も間に合わず、幼馴染み同士で操縦者に割り当てられた天幕を足繁く往来している事が仇となり、垂れ布を捲り上げた騎士団長の義娘がフリーズする。
此方に数秒ほど胡乱な視線を投げて察した後、何事もなかったかのように扉代わりの遮光布をそっ閉じした。ただ、伝えたい要件はあったようで、いつもと変わらぬ澄まし声を響かせてくる。
「そろそろ、朝食を摂って頂かないと、私や担当の兵卒らも困りますので伺いましたが… 取り置きしておきます。お気になさらず、存分に致してください」
「などと、言われてもな……」
「ん~、また今度の機会だね」
そそくさと服装の乱れを糺し始めたレヴィアに倣い、若干くたびれた白シャツを着込んで、下地となる身なりを整えていく。
足元に転がる黒いネクタイは放置して呪錬刀を拾い上げ、腰元の剣帯へ吊るすと先に支度の済んだ赤毛の相棒が軍服の上着を差し出してくれた。
ありがたく羽織ってから、幕外に出て騎体を重機代わりにして寝かせた有翼騎の近くまで歩き、疎らとなっていた食糧配給の列に二人で混ざる。
質実剛健な騎士国の俗わしや、実働部隊を統括するゼノスの主義で食事の際に序列を持ち出さない慣習もあって、今朝の最後となった俺達にエプロン姿のフィーネが饗応してくれた。
「今日は悩みがちな琴乃を元気づけようと、市内で調達した牛肉を使った大和人垂涎の “肉じゃが” です。もう、煮崩れた芋の欠片しか残ってませんけど」
「な… ん、だと……」
「ふふっ、これに懲りたら寝坊しないでくださいね」
懐かしの郷土料理を前にして、端無く絶句した俺に追い打ちが掛けられるも、渡された木製の深皿には牛肉や人参もちゃんと入っている。
心遣いに恩情を感じつつ意外にも合う “小麦パン” と “肉じゃが” を頂き、一昨日の戦闘で中破した乗騎の具合を確認するために整備班の下へ向かえば、荒れ果てた農地に仰臥している騎体の操縦席から双子のエルフが顔を出した。
寸止めはお約束の展開ですよね~
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