青は藍より出でて藍より青し
様々な者達を巻き込んだ激動の一日も終わりに近づき、街中で我先にと浅ましく争って食べ物を掻き集めた市民達や、各陣営の兵士らが明日を生きるための夕餉など済ませていた頃…… 飛空艇を囲むように構築された野営地の大天幕では、領主令嬢が組立式の執務机に突っ伏していた。
無為に時間を浪費するのも建設的と思えず、やがて上半身を起したニーナは傍に控えていた青年将校と向き合い、簡素な謝意を伝える。
「止めてくれてありがとう、確かに言い過ぎたわ」
「正論ばかりで追い詰められると、交渉相手は逆切れするしかない。それが分らない卿でもないだろう?」
思わず溜息を吐き、騎士軍服の徽章を “ゼファルスの金鷲” に付け替えたレオナルドが訝しげな目付きで、対角線上に佇むアインストを軽く睨んだ。
今し方、締め括られたリグシア領軍との会談に際して使者を務めた折、身の置き所を明確にすると宣って、幕僚の末席へ加わった将校に騎士長は肩を竦める。
一度、小都市ベグニッツ近郊の戦いで、四本腕の騎体ナイトシェード・羅刹にベガルタL型が惨敗した経緯もあり、少々潜在的な苦手意識があるのかもしれない。
そう感じた御令嬢が帰りに回収するつもりの複腕騎と渡り合えるような、専用の新型騎を作ってあげようかと思案するも、付き合いの長い彼女の腹心は冷やかな態度で口を開く。
「ニーナ様が言及した内容は全て事実、敢えて止める程の事でもあるまい。私自身、兵卒含めた概算で一万近い帝国臣民の死傷者を出した連中に憤りがある」
「ッ、犠牲になったのは殆どリグシアの民なんだぞ! 巫山戯るな、我らが死力を尽くしてなかったとでも言いたいのか!!」
「断念だが、結果が伴わなければ無意味だ。死んだ者達への弁解にならない」
「…… 止めなさい、アインスト。それとレオナルドはもう此方の陣営でしょう」
先刻、内なる怒りのままラムゼイ男爵らに投げつけた台詞を淡々と再現され、頭痛を覚えた御令嬢の言葉に双方が押し黙り、何とも言えない雰囲気が天幕内に漂ってしまう。
数秒の静寂を間に挟んで、指導者たるニーナは自身の職責を果たすべく、億劫ながらも一応の総括を図る。
「兎も角、終戦協定に内諾した以上、過度なリグシア領への糾弾は避けましょう。要望があった人命救助及び、死体処理の支援は二人で協力して取り組みなさい」
「御随意の侭に……」
「了解した、期待に応えてみせる」
其々に頷いた両名を見遣り、他にも手持ちの物資が有限である事を鑑みて被災者の受け入れはせず、食料配給もしない方針を各部隊に周知徹底させるよう、釘を刺してから内輪だけの談合は御開きとなった。
それに合わせて、迎えに来ていた魔導士エルネアの呼び声が外より届き、退出しようと身動ぎした麾下の将校に女狐な御令嬢が問い掛ける。
「“戦闘中行方不明になった侯爵” の嫡男、既知なら人物評を聞きたいのだけど?」
「あぁ、ハイゼル卿の性格を柔軟にして、知識と経験を不足させたような御仁だ」
「何やら、また面倒そうね」
「性根は悪くない、支える側近次第だな」
最前の指摘を考慮したのか、もはや他人事だという素振りで応じた新参の将校が背中を向けて、天幕の垂れ布を捲って覗き込んでいた薄紫髪の少女と一緒に塒へ戻り、戦闘の後始末で忙しい騎士長も早々に場を辞していく。
なお、中核都市ライフツィヒの一件は距離的に近い事から、当日の内に帝都ベリルまで伝えられており、宰相公爵に事の顛末を報告された幼い皇帝マティアスの頬には一筋の涙が流れていた。
ただならぬ事態に片眉を吊り上げた前皇帝の側室、つまり二番目の妹に鬼の形相で睨まれているものの、クリストフには甥っ子の内面を窺い知る手段がないため対処できない。
「皇帝は泣かないのだったな、許せ」
「滅相も御座いません、理由を御聞きしても?」
「最近、大司教のお陰で少し死を理解できるようになった。私にとってのお前や、母上に等しい大切な人を失った臣民がいると想えば、自然に溢れていたのだ」
恥じるように紡がれた言葉を聞き、妹の顔から険が取れたのに安堵しつつ、少々優し過ぎるきらいはあれども、選び抜いた識者達の賢人教育とやらは順調のようだと感心する。
実に喜ばしいが、謁見の間に招集された政務官僚らの前で褒める訳にもいかず、意識を切り替えた宰相は具体的な今後の対処についても話を進める事にした。
「元老院議会から叛意を疑われていたニーナ・ヴァレルですが……」
「議決取り下げの勅命を出す、ゼファルス辺境伯の忠義に曇りはない」
「死亡したとあるリグシア侯爵の跡目は如何なさいましょう?」
「定められた継承権の順位を踏まえて、善きにはからえ」
一問一答形式のように澱みなく、個別の仔細な情報が与えられていない故、幼い皇帝は叔父の思惑通りに復興支援等の裁可を下していくも… 最後の部分で返答に詰まる。
恐らく、誰もが困るであろう事案を前にして小さく溜息しながら、まだ短い人生での経験不足を嘆いた。
「私は対等な身分の者と接したことがない、どうすれば良い」
「騎士王殿は帝国の内情に土足で踏み込んだ立場、不問にする程度で構わぬかと」
「彼の御仁を引き込んだのはニーナ嬢と聞きます、歓待を一任しては?」
「母上の案に乗ろう、それも含めてクロード王への親書を認める。添削は頼むぞ」
己の未熟を理解しているマティアスが年相応に少しだけ悪戯っぽく笑い、私的な場面では口煩い叔父に対して、原形を留めないまでに修正されてしまう書面の現状など皮肉る。
続けて発言の順番を待っていた政務官僚らとも、各自の職務に関わる遣り取りを済ませてから、眠そうな様子の聡い皇帝は母親に付き添われて寝室へ引き返した。
……………
………
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何気にちゃっかりと寝返ってるレオナルド&エルネア、あと皇帝は初登場ですね。
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