凱旋を出迎えたのは擱座(かくざ)した騎体
負傷した国王の容態は臣民に告げられる事なく、救助へ関わった者達には厳重な緘口令が下されて、破壊された街並みの修復も儘ならずに二日が経過した頃……
不安に陥る王都の人々にとって、帰還を待ち望んでいた主戦力たるリゼルの騎士団はすぐ傍まで到達していた。
『この辺から、もう畑なんだな』
恐らく生活圏の外縁部にあたる放牧地を抜けると、其処には麦類と根菜の畑が連なっており、所々《ところどころ》に農具や収穫物を保管する小屋や、仮眠施設なども見受けられる。
まだ遠くに見える王城までは旅次行軍の速度で一刻程度の距離があり、想像よりも広大な田園に俺は感嘆の声を漏らした。
『ん、人口の三万人弱を賄う必要があるからね。エイジアの半径10キロメートルは食糧生産に使われてるんじゃないかな?』
律義に応えてくれたレヴィアに謝意を述べ、騎体の頭部をぐるりと廻させて田畑の様子など見渡せば、作業の手を止めた農夫達が凱旋する騎士団へ首を垂れていた。
『あれ、畑に出ている人の数… 何だか、少ない気もする』
『そうなのか?』
騎体による感覚共有で彼女の素朴な疑問が伝わり、反射的に聞き返すと、一番騎から念話装置での通信が割り込む。
『この時期に祭りがあるでもなし、農夫の頭数が足りないのは妙だが、大事ではあるまい。本当に何かしらの問題があっても、王都に着けば分かる』
所詮は些事だと、無為に剛毅な騎士団長のゼノスが断言した後、長閑な穀倉地帯に設けられた街道を縦列で進み、やがて都市防壁の南門に辿り着く。
巻き上げ機械式の落とし格子、板金の大扉を衛兵小隊が内側から開いていく最中も、普及から間もない巨大騎士の高さが城壁を上回っているため、普通に疑似眼球で街中を窺えるのだが……
『な、なんじゃこりゃ~!!』
寸前まで余裕ぶっていた団長殿の驚愕した声が一番騎の外部拡声器から響く。
それもそのはずで、王城に続く大通り沿いの建築物が幾つも損壊しており、道程には擱座した豪奢な巨大騎士が取り残されていた。
『嘘、クラウソラスのK型がッ』
『K型?』
『我らが王の専用騎だよ、クロード殿』
『兄様、ストラウス王は無事なのでしょうか?』
どこか不安そうなエレイアと同じく、随伴していた一般兵科の者達も異変に浮足立ち、部隊長格がそれを諫め出す。
『えぇい、早く城門を開けろ!!』
「落ち着けゼノス、どうし……ッ!?」
ある意味、誰より動転していた団長殿を宥めようとしたライゼスも、漸く開かれた都市門の先にある惨状を見て、言葉を詰まらせてしまう。
「馬鹿なッ、我らが不在のうちに襲撃だと… 騎兵長!」
「はッ、先行して王城に向かいます。第一小隊、二人ほど付いて来い!」
「「ッ、自分が行きます!」」
「「では、私も行きましょう」」
叫ぶと同時に馬の腹を蹴って、アルドが乗騎を駆け出させたものの、ざっくばらんな指名だったので二人どころか、野次馬根性を刺激された数騎が追随していく。
「何故、貴様までいるんだ、副長ッ!?」
「すいません、つい……」
「くッ、構わん、このまま登城するぞ!」
主副を勤める指揮官が離れて、棒立ちになった騎兵隊を苛立ちながらも副団長のライゼスが纏め、先行した連中に遅れること暫し… 俺達も四番騎で擱座したK型に取りつき、ロイド達の二番騎と一緒に両脇から抱えて、城内の駐騎場へ至った。
その片隅に王専用のクラウソラスを降ろして、破損個所を念入りに確認する。
『的確に操縦席が狙い撃たれているな、レヴィア』
『えっと… つまり、どういうこと?』
『端から、要人の殺害が目的だった可能性もある』
『となれば、大森林の精霊門は王都の戦力を奪う罠か……』
念話装置によって伝えられたロイドの憶測を騎体の首振りで否定し、どちらも本命足りえることを指摘する傍ら、自騎を整備班員の誘導で指定場所へ移動させて、石畳に片膝を突かせる。
もはや慣れてきた動作で胸部装甲の留め金を外して開けば、赤毛の魔導士娘が人工被膜や、身体の各部に接続された人工筋肉を魔力操作で除いてくれた。
「先、降りるね」
一声掛けたレヴィアは大気操作の術式を構築すると、綺麗な髪を靡かせて足場から飛び降りる。何やら、騎体を実戦レベルで動かせる操縦者の方が貴重らしいものの、傍から見る限りだと、魔法使いの方が有益そうだ。
悲しいかな、稀人は原則的に魔法を使えないため、無い物ねだりをしても時間の無駄と割り切って、胸部装甲板の内側より引き出したワイヤーペダルに片足を掛ける。
さらに右手で金属剛線の一部を掴み、重力による自由落下の速度を昇降機で一定に調整しつつ、石畳の上へ降り立った。
他の操縦者らも其々《それぞれ》のクラウソラスを降りており、ふと目が合った因縁のあるディノに睨まれてしまうが… その頬を隣にいる金髪美女が抓んだ。
「ひゃめてくれ、にゃにをする」
「目つき悪くなってたよ、くだらないことに拘らない」
「あれは?」
「準魔導士だったリーゼさんだね、性格は見ての通り」
人目を憚らず、手加減なく弄られ出した蒼色髪の騎士には同情を禁じ得ないので、そっと顔を逸らせばアルド騎兵長がゼノス団長へ耳打ちする姿など目に留まり、彼らと視線が交わる。
「クロード殿ッ、謁見の間へ上がるぞ!」
とは言われても、襤褸いスーツの内側に革製胸当てを着込んだ微妙な恰好で大仰な場所に出向いてよいのか、悩んでいるうちに俺の服裾を摘まんでいたレヴィアも話に混ざる。
「団長、私も構いませんか? クロードだけでは、緊張するかもしれません」
「どうする、ライゼス?」
「そいつはブレイズの娘だ、問題ないだろう」
「やった、ありがとう御座います♪」
またしても此方が返答する前に事態は進み、断れるような状況でもなくなったことから、仕方なく日焼けした煉瓦造りの王城へと足を踏み入れた。




