次なる舞台、中核都市ライフツィヒへ
「んっ、ふぁ… 眩しい……」
目覚まし代わりに天幕の出入口に垂らされた遮光布を捲って固定すれば嫌光性なのか、寝袋に収まった赤毛の “いもむし” が陽光を避けようと悪足掻きする。
やや二日酔い気味の頭でもう少し眠らせてやろうと慮り、ざっくばらんに脱ぎ捨てていた軍服の上着や剣帯等を拾い集めて身に纏っていたら、半分寝ぼけたレヴィアがシャツを羽織っただけの下着姿で寝袋から這い出してきた。
(… 軍属の女史は些事を気にしない質だが、個人的に居たたまれない気分になる)
片手で目元を擦る様子など眺め、暗くなり過ぎない程度に垂れ布の位置を調整して、外から見える範囲を絞り込む。そうして薄暗くなった幕内で雑嚢を背凭れにして座り込み、昨夜のことを思い起こした。
折角、ニーナの方から皇統派の動静を尋ねてきたにも拘わらず、酒席を兼ねていたせいで途中から話が脱線したのもあって、交渉仲介の内諾を貰えていない現状に少し自己嫌悪する。
「後の調整はライゼスに任せるか……」
「今日にでも大筋を擦り合わせないと、時間無いよね」
“ん~っ” といった感じで座り込んだまま気持ちよさげに背筋を伸ばし、発言とは裏腹に緩い空気を醸成するレヴィアの指摘は尤もなので、未だ覚醒し切っていない相方を残して副団長の天幕に向かう。
ただ、辿り着くまでもなく、上半身裸で引き締まった細身の肉体を遠巻きにしている鹿の親子へ晒し、黙々と軍刀を素振りする白髪交じりの騎士に遭遇した。
「戦地なのに朝から鍛錬か? うちの熊みたいな爺さんが思い出されるな」
「歳を取れば筋肉の衰えも早い。さぼる訳にはいかんのだよ、クロード王」
何気なく掛けた言葉に応じつつも、黒鉄の刃を振るう腕は止めないライゼスが一瞥してきて、態々足を運んだ要件を視線で促される。
廻りくどいのは嫌いな御仁のため、此方も単刀直入にいかせて貰うことにした。
「ニーナ・ヴァレルが中核都市ライフツィヒで皇統派と会談を持つよう、取り急ぎ仔細を詰めて欲しい。彼女の本質は学徒だ、議論の場を拒否する事はないだろう」
「ふむ、我らが頼まれたのは交渉の仲介に過ぎん、気負わずに引き受けよう」
例え話が拗れようと、知ったことではないのを暗に示唆してくるが… 昨夜の様子を踏まえるなら、この機に遺恨を断ちたい意思があっても、犠牲を出したくない優しい女狐殿の根底には厭戦の気持ちがある。
「案外、円滑に着地点が見つかると思えなくもない」
「所詮は武人に非ざる若い女領主、敵や味方を死なせる覚悟が足りないと?」
先日、四本腕の騎体 “ナイトシェード・羅刹” に乗っていたリグシアの将校を説き伏せる際、双方の戦死者に触れていた姿を思い出したのか、歴戦の騎士は鍛錬を中断して問い掛けてきた。
恐らく、友好関係にある領主令嬢のことに留まらず、似たような境遇の此方にも手向けた言葉と思しい。
「… 覚悟があるからと言って、無為な犠牲を黙認して良い筈がないし、俺は迷いを精神の弱さと軽々に断じない」
「それもまた一理ある。苛烈すぎても人の心は付いて来ない、必要に応じて情を切り捨てるなら文句は言わんよ」
隙あらば実戦経験のない若手に死刑待ちの罪人を切らせようとする御仁が嘯き、抜き身の黒刃を腰元の鞘へ収めて、上着と一緒に付近の枝へ引っ掛けていた手拭を掴んだ。
「では、内諾の取り付けを頼む」
「この陣地を引き払う前に済ませよう」
普段から問題の先送りが嫌いな性格故、すぐに身なりを整え出したライゼス副団長のお陰もあり…… 朝食用に焼かれたパンと牛肉のワイン煮込み(缶詰)を腹へ納め、行軍準備に取り掛かった時点で件の会談は御令嬢の理解を得ていた。
さらに出発前の繁雑さを利用して、彼女の軍勢に潜伏するアルダベルト麾下の密偵達を陣地へ引き入れ、進軍先で交渉を取り持つことの通達も速やかに済ませる。
然して特徴のない貌をした軽装歩兵二名のうち、一人はリグシア侯爵ハイゼルの居城に滞在している老翁の下へ早駆けしたいとの事で、懐より差出してきた金貨十数枚と軍馬一頭を交換してやった。
残る一人が踵を返して素知らぬ振りで戻ろうとした時には、その身柄を拘束する必要性など考慮したが、ニーナも身辺は素性の確かな者達に護らせているだろうと判断して自重した。
他にも末端の一兵卒として皇統派の密偵が入り込んでいる可能性は高く、虱潰しにするのが現実的ではない以上、強かな老翁の反感を買うのは避けたい。
『…… 色々と厄介な事柄が多いな』
『それも後少しで終わりだし、ベルちゃんの新兵装は使わなくて済みそう♪』
痛いのはお断りといった感じで後部座席のレヴィアが嬉しそうに呟けば、前方に見える木々の合間で駐騎姿勢を取っていたガーディアの外部拡声器から声が届く。
『まだ一波乱あるかもしれない、余り気を抜くなよ』
『下手に言及したら現実になってしまうわよ、ディノ君』
『時折、稀人達の口にしている “フラグが立つ” という事象だね』
『流石、お兄様です。見識の深さに感服致します』
もはやお馴染みの遣り取りをした藍髪の騎士とリーゼが露払い役のため、自分達の騎体を立たせて漸進させるのに呼応し、仲睦まじい銀髪碧眼の兄妹らも双剣仕様のベガルタを駆動させて追随する。
それに寡黙なザックスや、猪娘なレインの駆るスヴェルF型などが続き、俺達も隊列中程で団長騎と肩を並べながら黒銀の巨大騎士を歩ませた。
後方は野戦任官で鹵獲品を得た準騎士の数名が固め、敵味方識別用に一部塗装を変更したグラディウスにて輜重隊を護衛する形の縦列となり、一足先に発った斥候騎兵隊を追って次の舞台となる中核都市へと騎士国の遠征軍は進行していく。
……………
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…
最近は気温と湿度が上がってきましたね。
読者の皆様、体調など崩さぬようにお気を付けてください。
|柱|º▿º*)遅筆ながらもボチボチと更新してます。
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