企画倒れ?の悪巧み
「中々に可愛いわね、その小動物。さっきのは半分冗談よ、果断な騎士王殿が情に絆されて国益より私を重んじるなら、自領のために身体を許しても良いけどね」
「うっう~、余裕綽々な態度が腹立たしい」
あっさりとニーナに矛先を躱された赤毛の魔導士は小さく唸り、見えないテーブルの下で袖口を引いて、無言のまま俺に援護を要請してくる。
されども反射的に視線を向けた先、偶々指先に摘まんでいた胡桃を悔しそうに齧る姿はまさに栗鼠なので、おいそれとも言い返せずに苦笑してしまった。
「残念ながら… 我欲に溺れて、皆に余計な血を流させるつもりなど無いし、誘惑に靡く不逞の輩を味方に付けても自滅するだけじゃないのか?」
「ん~、確かに色々と面倒そう。兎も角、質問自体には相応の意味があるから、支障の無い範囲で教えてくれる?」
透明度の高いグラスに注がれた香草酒を嗜み、興味深げに見遣ってきた女狐殿が返答を促す。
どの程度まで “ゼファルス領軍と歩調を合わせるべきか” に関しては月ヶ瀬兄妹や、ディノ達も輪に加えた夕餉の席で結論が出ている事もあり、此処は正直に伝えておくのが筋だろう。
「現状だとリグシアの件が片付くまでだな、それで国産騎に対する技術供与の対価としては十分だ。流石に帝都まで乗り込むのは内政干渉が過ぎる」
「… 了解、 ハイゼル卿を表舞台から追い出して幕引きにするわ」
「それで一件落着、私達のお仕事も終わりだね♪」
余り酒に強くない故、早くも酔い始めて陽気に締め括ろうとするレヴィアと異なり、何やら他意のありそうな女狐殿が鱈の干物を上品に食んで嚥下した後、状況次第では敢行する予定だったという悪巧みを語り出した。
「幾つか博打的な要素があるから、皆を巻き込むのは不安だったけど……」
些か物騒な前置きをして、訥々と語られる内容は武力を伴う実質的なクーデターだったりする。
敵方の中核都市ライフツィヒを制圧して立て籠もり、皇統派との会談に応じる姿勢を見せて油断させた上、然ほど距離の離れていない帝都べリルを狙うとの事だ。
機動力がある三十数体の巨大騎士で強襲して東西南北の大門を破壊、城郭内に配備されているグラディウスも含め、可能な限り壁外に誘導して人的被害の少ない場所で迎え撃つ。
「で、そのどさくさに紛れて、雲間に隠れて待機中の飛空艇 “ツェッペリン伯爵” を垂直降下させ、軽装歩兵隊の精鋭をファストロープ降下で城内に送り込むのよ」
「… 狙いは幼い皇帝の身柄か?」
「えぇ、皇統派から正当性を奪うの」
事後の流れに関しては西方三領主や一部の中立派と合意済みであり、国内戦力の過半数を得る算段も済んでいたらしいが… 付随する様々なリスクは無視できない。
「余り騎士国が政変に付き合うメリットは無さそうだ」
「勿論、ちゃんと考えているわ。上手くことが運んだ場合、武名の高い騎士王殿に皇帝陛下の剣術指導を依頼するつもり、実質的な後見人になるわ」
「うぅ、この話って私が聞いてても良いの?」
若干、引き気味なレヴィアの疑問で話は一旦途切れ、此方を誘う女狐殿から目線を逸らして溜息すれば、又してもくつくつ笑い出した。
言葉を交わす合間も香草酒を口にしていたので、酔いが廻ったのかと邪推するも、瞳に宿る理性は減じていない。
「全て宴席での戯言だから、気にしなくて良いわよ。帝都強襲は皇統派と折り合う余地が無かった時の次善策、私も戦乱なんて望んでないからね」
「ん、戦争よりも愛だよね、大きな愛が必要なの! 誰かの犠牲で成り立つ平和とか、後ろめたくて謳歌できないよぅ」
威勢よく主張してきた赤毛の魔導士に向き合うと、どうやら徐々に酩酊してきているようで、身体が少し左右に振れていた。
椅子からずり落ちると危ないため、苦笑したニーナと一緒に見守りつつ肴を摘まんで、取り留めのない博愛論に相槌を返していたら、揺ら揺らと船を漕ぎ出す。
「そこの簡易ベッド、使っても良いわよ?」
「あぁ、少し借りるぞ」
「ぅ~、はむっ、んぅ…」
細い腰と膝裏へ両腕を回して横抱きにした途端、むずがったレヴィアはもぞもぞと身動ぎ、何故か人の首筋を頻りに甘嚙みしてきた。
によによと生暖かい眼差しを投げてくる女狐殿に呆れながら、手早く木組みのベッドに寝かし付けて酒席へ引き返す。
「ふふっ、懐かれているわね」
「だからこそ、不要な争いには巻き込まれたくない」
「そういう身内優先の線引きができている人は好き、私も一緒だし。神仏ならぬ人の身なのに判断を誤れば人が死ぬ、信従してくれた親しい者達から順番にね」
いつの間にやら頬杖を突き、ぐでっと卓上に身を預けて溜息した領主令嬢には共感しかないので、少し身を乗り出して艶やかなダークブラウンの髪を優しく撫でてやる。
一瞬だけ、怪訝そうに見詰めてきたニーナはすぐに微笑して口端を釣り上げた。
「外見は若くても、次元の狭間で過ごした主観時間とか考慮すると、私の方が精神的な年齢は上なんだけど労わってくれてるの?」
「多少なりとも、気持ちは理解できるからな」
「ありがとう、まだ飲み足りないでしょう?」
既にアイスペールの氷は殆ど融けているため、常温でも楽しめる葡萄酒を勧められて、予備のグラスを受け取ったが… 天幕の外に立たせている護衛役達の事情を鑑みれば、長居するのは気が引けてしまう。
適度に愚痴を聞き流したところで切り上げ、スヤスヤと惰眠を貪るレヴィアを小脇に抱えて、迷惑が掛からないように野営地の塒へお持ち帰りした。
五月も半ばですね。
バラの時期といったところでしょうか?
|柱|º▿º*)遅筆ながらもボチボチと更新してます。
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