王都エイジア襲撃とその顛末について
「なッ、王の専用騎が動いてやがる!?」
「どうしますか、隊長!」
「事前に連絡くらいしてくださいよ、お偉いさん方……」
焦る部下の言葉に振り向いた衛兵隊長が思わず愚痴り、王城へ押し寄せてきた者達を留め、落ち着かせていた配下に怒鳴る。
「おいッ、避難者を退かせろ、クラウソラスK型が出るぞ!」
「皆さん、正門から離れてください!!」
「騎体が通りますッ」
「そこの爺さん危ないって、端っこに寄ってくれ!」
機転を利かせた衛兵達の誘導により、大半の人々は自ら道端や隣の路地にばらけ、青みがかった灰色のボディに黒銀の装飾が施された巨大騎士の勇姿を仰ぐ。
「王だ、ストラウス王が出陣されるぞ!」
「騎士王陛下、万歳ッ!!」
「陛下、ご武運を!」
「どうか、私達を護ってくださいッ」
誰かの声を皮切りに歓声が起こり、重ねられていく言葉に胸部の操縦席にて、人工筋肉に埋もれている王が頬を引き攣らせた。
『… サリエル、私はこんなに人気があったのか?』
『危機的な状況と興奮状態の影響でしょうけど、陛下は憎めない御方ですから』
秘匿回線の念話で専属の魔導士と短い会話を交わし、これは醜態を晒せないなと腹を括った後、期待の眼差しを向ける臣民に向け、ストラウスは騎体に備えられた外部拡声器で言葉を掛ける。
『待て、しかして希望せよ』
「「「うぉおおぉおおおッ!!」」」
さらなる喝采が湧き上がる中で、調子の良い自身の主に呆れつつも、サリエルは装甲が厚い分だけ出力を求められるK型の心臓部に意識を投じて、魔導炉の出力を戦闘機動に耐えうる水準まで引き上げた。
『さて、征くとするか』
大通りの先に見える建築物よりデカい牛頭の巨人へと自騎の足を踏み出させ、徐々《じょじょ》に速度を上げながら同様に駆け出してきた相手との距離を詰めていく。
時折、街区からマスケット銃の発砲音や悲鳴が響き、小型種の異形も王都に侵入している事は察せられたが、今は眼前の大型種を討つしかない。
(守備隊が小物を押さえている間に仕留めるッ)
彼我の距離が縮まるのに合わせて、巨大騎士の左掌を腰元の鞘に添えさせ、右掌には柄を握らせつつ、勢いのまま抜き打ちの斬撃を繰り出す!
『だらぁあああぁ!!』
「ブルオオォオオッ!!」
咆哮と共に振り下ろされた巨大なミノタウロスの金棒と軍刀が激しく交わり、接触面による加圧差と速度を以って、逆袈裟の一閃が鉄の棒を切断した。
その刹那に騎体が手首を返し、止めの胴切りを喰らわせる。
「グアァアァアァッ!?」
左脇腹から食い込んだ刃は相手に血飛沫を撒き散らさせたが、巨躯を覆う毛皮と鍛えられた筋肉、硬い骨に阻まれて致命傷とはならない。
さらに力を籠め、臓腑ごと引き切ろうとした直後、牛頭の巨人は金棒の残骸ごと右拳を振りかぶり、王専用騎の顔面を殴り飛ばす。
『うがぁッ!』
『うぅ……』
咄嗟に軍刀を手放して、騎体を退かせたものの避けきれず、激しい衝撃が搭乗する二人を容赦なく襲った。
ただ、それでも拳撃の威力は軽減されており、クラウソラスK型との感覚共有が仇となって、昏倒し兼ねない状況を紙一重で乗り切る。
よろけつつも踏ん張ったところで、脇腹に食い込んだ軍刀を投げ捨てた牛頭の巨人が半歩詰め、最も重い一撃となる間合いから中段廻し蹴りを放った。
「グォオオオォア!!」
『ッ、何度も当たるか、愚か者め』
鋼鉄の左拳によるショートアッパーで太い右脚を掬い上げ、すぐさま騎体をしゃがみ込ませながら、ミノタウロスの左脚を蹴り払って転倒させる。
その際に並びの家が二軒ほど倒壊したが、気に留める余裕もなく自騎の右膝を毛皮で覆われた腹へ乗せて、右掌で獣面を掴んだ。
『サリエルッ!』
『穿てッ、極光の弩矢!!』
魔導士の叫びに応じて、発動段階のまま維持されていた光属性の中級魔法が放たれ、ゼロ距離から光輝の矢で牛頭を射抜く。
「グフオァ!? ァ……ウゥ……ッ…………」
流石に頭部を潰されては、精強なミノタウロスと謂えど一溜まりもない。
クラウソラスK型に組み付こうと絡ませた両腕を垂らし、王都の街並みと人々に少なくない被害を出した大型種の異形は息絶えた。
『何とか、斃せたな』
『お見事です、ストラウス王』
などと言われても、実際は蹴りを受け止めた騎体左腕の人工筋肉が断裂し、拳撃に晒された片側の疑似眼球も視野が欠けているため、素直に頷くことができない。
(初期生産型クラウソラスの限界だな)
最先端のゼファルス領では第二世代の完成が近いとの噂を思い出し、また大量の金貨を女狐にせびられるのかと、思わず溜息して自騎を起す。
傍に落ちていた軍刀も拾って周囲の状況を見渡せば、王都の守備隊が被害を出しつつも、比較的小型に分類される昆虫のような異形どもを駆逐していた。
『援護してやりたいが……』
『家々を踏み潰して良いなら可能ですけど、如何します?』
そんな事できる訳ないだろうと王が騎体を反転せた瞬間、僅かばかりの距離があるフィアレス大聖堂の尖塔に立つ骸の騎士が右掌を翳して、隠蔽状態で緩りと魔力凝縮させていた黒い魔槍を撃ち出す。
『なッ、うぉおおぉ!?』
『ぅあぁあぁっ!』
勝利を収めた故の油断が致命となり、狙い違わず胸部の操縦席を魔槍で貫かれて、街路の石畳へ巨大騎士が両膝を突いた。
近場にいた守備隊の魔術師達が異変に気づき、その一人が魔法で生じさせた上昇気流を纏いながら跳躍して、擱座した騎体の肩へ降りる。
「ストラウス王、 返事をしてください!」
「げふ、うぅ……ぁ……ッぅ…………」
「くそがッ、誰でもいい! 救護兵と整備班を!!」
尋常ではない兵卒らの姿に市民が集まり始め、動揺は更に伝播していく。
この日、王都エイジアに忽然と現れた大型種の異形は討伐されたものの、リゼル騎士国は深刻な人的損害を出すことになった。




