この恨み、晴らさでおくべきか By レヴィア
各々の貴族達が元老院議事堂を後にして暫く、帝都まで伴わせた側近の騎士と馬車に乗り込み、周囲を軽装歩兵達に固めさせたリンデンバウム領の伯爵は屋敷への帰路で溜息する。
「正直、ハイゼルに餞別代りのグラディウスを四騎提供したのが関の山…… 進駐の要請など、迷惑極まりない」
「すぐに国境を跨げる手前、先代のストラウス王の治世より付き合いがありますからね。それにあの筋肉馬鹿や陰湿野郎と殺り合うのはぞっとしません」
主の呟きに応じた壮年の騎士は肩を竦め、若気の至りで出場した騎士王祭の馬上試合大会、その準々決勝を思い起こす。
一切怯むことなく、呵々大笑しながら突貫してきた若きゼノス・ダンベルクの槍を左胸に喰らい、派手に吹き飛ばされて失神したのは忘れられない記憶のようだ。
「確か、お前は彼の御仁に殺されかけたのだったな」
「えぇ、切っ先を丸めた突撃槍とは言え、胸当てに張り付けた追加の鋼板があと1ミリほど薄ければ、私は此処にいなかったでしょう」
露骨に表情を顰めた騎士が苦笑して左胸の古傷を押さえ、十数年経っても拭いきれない苦手意識をさらけ出す。
伝統的に強者の多い騎士国を率いる稀人の王から、余計な恨みを買うのは気の滅入る話だが、古くからの血縁関係や利害も絡んだ繋がりは断ち難い。
宰相公爵のクリストフが幼い皇帝の身柄と帝都ベリルを押さえている限り、皇統派の優位は早々に揺るがないのも事実だ。
「派閥に義理立てしてリンデンバウム領軍を動かすなら、牛歩の一択か…… 態とらしくない程度に準備段階から遅延させて、なるべく衝突を避けるのが望ましいな」
「いっそのこと内密に特使を送って、ひと芝居打ちますか?」
「それもまた迂闊だろう、事の次第によっては立つ瀬が無くなる」
皇統派を見限って女狐側の陣営に与するか、中立派と歩調を合わせるならまだしも、腹を決めないまま半端な覚悟で取るべき行動ではないと考えたのだろう。
左右に首を振った伯爵が是としたのは双方が含意を読み取り、自身に最適な解答を選ぶことである。
王都エイジアの主力騎体を遠征で欠き、各都市や町村に機動的な戦力展開ができない騎士国の状態など鑑みれば、アイウスとの国境沿いに集められた巨大騎士を有する相手方の二個大隊も後詰めは無い。
「戦場の定石に従うなら、積極的な迎撃の誘因は少ない筈だ。軽々に仕掛けてこないと思いたい」
希望的観測で気分を紛らわせた伯爵は緩やかに減速して止まった馬車から降り、屋敷に籠って留守居役の行政官へ送る指示書に夜通し労力を割くのだった。
それを託された伝書鳩の一匹が陽光の下、帝国の中南部域に属するゼファルス領の北端を飛びながら、遠目に黒点の一つとして左剛腕を換装した第二世代の騎体を認識する。
広い草原に仰臥した躯体の傍、風に乱れる赤毛を押さえた魔導士の少女が佇み、相棒の稀人と一緒に “有線式バーストナックル” 仕様となった乗騎を眺めていた。
「ん~、やっぱり武骨だね、ベルちゃん」
「左腕部の大きさも相変わらずだしな……」
「従来の伸縮式剛腕よりも構成部品の数は増えているんだから、寧ろ以前と同等のサイズに留めた私の設計を褒めて欲しいわね」
耳ざとく聞きつけた女狐殿曰く、発射用のバースト機構や巻き取り装置、特製のミスリル剛糸を効率的に収める多連装式リールなどが内蔵されており、全てを限られた容積に詰め込むのは一苦労だったとの事だ。
「気密性とか外観も考えたら、オールインワンにしたいじゃない」
「それは理解したが… 試作段階でお蔵入りした理由を聞いても?」
「馬力が足らなかったのよ。射出時は複数の小型バースト機構で撃ち出すから一瞬だけど、巻き戻すのに時間が掛かって実用性は乏しかったの」
それ故に魔力駆動の小型発動機を増設して、飛ばした前腕の回収速度を向上させているらしいが… 構造的な問題で事後に生じる隙は否めない。
開発者の許可なく、 双子エルフの姉妹が “機械仕掛けの魔人” の魔道核をベルフェゴールに移植した影響で、魔導炉の出力が規格外に跳ね上がっているため、二重の意味で改善されているとしても感覚を掴んでおく必要があった。
「騎体からのフィードバックに慣れないとな……」
「うぅ、拳が飛んでいくのは未知の領域だよぅ」
何かと躊躇うレヴィアの背中を軽く押して、胸郭装甲に立て掛けられた梯子まで歩み、最終的なチェックを行っていた双子姉妹と入れ代わりで操縦席へ潜り込む。
魔導炉の稼働音が響き始める中で外部拡声器より警告を発して、整備兵達が十分に散らばったのを確認してから、慎重な動作で騎体を立ち上がらせた。
『えっと、標的は擱座しているグラディウスだよね』
『あぁ、外側に出るぞ』
森の浅い部分を利用した陣地構築の際、草原の一部を土魔法の岩壁で半円状に囲っていた事もあり、疎らな樹々の合間を抜けて移動する。
開けた視界に幾つかの騎影を見つけ、都合よく立ち往生している破損騎体を選別して、有効射程の範囲内まで乗騎を接近させた。
『魔導炉の出力上昇、いつでもOKだよ』
『では、試し撃ちといこうか』
追随してきたニーナや整備班の技師らが途中で留まり、十分な安全マージンを確保している様子も騎体の疑似眼球越しに捉えてから、歪な左剛腕をゆっくりと掲げさせる。
続けて人工筋肉の神経節を通した意思伝達によりバーストナックルを射出した直後、高純度ミスリルワイヤーの影響で鮮明に風を切って飛翔する感覚が伝わったかと思えば、すぐさま標的の胸郭装甲を深く陥没させる手応えまで伝播してきた。
自傷を厭わず、全力で誰かを殴りつけたような左拳の激痛と共に……
『痛ッ、めっちゃ痛いんだけど!? 誰に文句を言ったら良いのッ、クロード!!』
『それとなく予想していた通り、諸刃の兵装だな』
荒ぶる小動物と化したレヴィアの不満を聞き流しつつ、巻き戻ってきた左前腕が緩衝材を挟んで再接続される衝撃など受け止めてから、倒れたグラディウスに近づいて威力の程度を確かめる。
幾度かの施行を重ねた結果… 近距離及び中距離をカバーできる実戦的な武器だが、やはり巻き戻しに三~四秒前後は必要なことや、護拳部分の軽微な破損もあって使い勝手の難しい兵装という評価に落ち着くのだった。
毎年の騎士王祭、各国の騎士達も腕試しに参加しています。
因みに某騎士が敗れた大会の決勝で戦ったのが、ゼノスとフォセス領のラドグリフで、その時以来の友誼が今も筋肉繋がりで続いているのです。
|柱|º▿º*)遅筆ながらもボチボチと更新してます。
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