表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

104/143

餌付け用の御菓子は切らす訳にいかない(キリッ)

 図らずも身軽になると先刻の会話に際して、一瞬だけ脳裏を(かす)めた琴乃(ことの)が気に掛かり、俺は半分森へ隠れた野営地の内側をぐるりと見渡す。


 団長騎に搭載された土魔法(ストーンヘンジ)による二重の石柱壁で(おお)われた草原の作業場や、賑やかな中心部に姿がなかった事を(かんが)みて、暫しの黙考を挟んだ上で(おおよ)その見当を付けた。


(森の奥か… 少々、危険だな)


 斥候小隊が哨戒(しょうかい)に出ているとは言え、彼らの数名は騎乗して撤退する砲撃型の敵騎に追随(ついずい)して、皇統派の陣容を探りに向かったので通常よりも手薄だ。


 此方(こちら)と同じく相手方の間者が様子を(うかが)いに来ていたり、狂暴な魔獣の類が浅い部分に顔を出したりする可能性も捨て切れず、単独や少数での行動は推奨できない。


「まぁ、俺も五十歩百歩だが……」


 軽く呪錬刀の柄頭を撫でて、暗くなり始めた森を少し進めば樹木に(もた)れ込み、その根元へ座り込んだ琴乃(ことの)と寄り添うイリアを発見する。


 警告を兼ねて驚かすのもありかと(うず)いた悪戯心を抑え、不慣れな対人戦闘を終えた直後の二人や木陰に潜む隠者に配慮して、適度に鳴らせた足音で存在を報せながら近づいた。


「あ、蔵人(くろうど)さん、お疲れ様です」

「余り、遠征部隊から離れるのは感心しないぞ」


「ん~、ディノさんとこの斥候兵かな? (そば)で見張りをしてくれているから、好意に甘えて静かな場所で心を落ち着けていたの」


 意外にも余裕があるように見えた黒髪少女の言葉通り、兵卒の中には騎士階級の家系と繋がりを持つ縁者が多数混ざっている。

 

 指揮命令系統の観点では問題を内包するものの、主家筋が少し融通を()かせる程度はできるため、最近はリーゼに感化されて面倒見の良くなってきた藍髪の騎士が気を廻したのかもしれない。


「ともあれ、気持ちの整理は済んでいるみたいだな」


「や、そんなことないよ!? まだ、騎体ごと人を(あや)めた実感がないだけで、(うつ)になると思うけど… 戦争だからと()()()()()自分もいて、絶賛混乱中としか言えない」


 後ろで(まと)めた黒髪ポニテを首振りで左右に揺らし、女性士官向けの軍服姿で体育座りしている琴乃を注意深く見遣(みや)れば、その手は微かに震えていた。


 ちらりと横目に確認したイリアは無言で頷き、表面上の態度ほど大丈夫じゃない事を暗に伝えてくる。


(似た境遇でも、魔導士側の精神負荷が軽そうなのは価値観の差か) 


 人ならざる “滅びの刻楷(きざはし)” との生存闘争が身近な並行世界だと、座して死を待つよりも戦いに生きると決めた時点で、相応の覚悟は完了しているのだろう。


 俺も筋骨隆々な爺さんに命懸けの鍛錬を(ほどこ)された隠れ社会不適合者でなければ、平和が前提条件の日本国に生まれた若者らしく、真っ当に苦悩していたと思われる。


「戦闘の最中は敵を(たお)さないと皆に生命の危険が及ぶ、理屈じゃなく本能で身体は動くが… 事後に皺寄(しわよ)せがくるのは避けられない、無理するなよ」


「ん、じゃあさ、次は威嚇射撃だけでも?」

「構わないさ、もう大掛かりな戦闘は起きない予定だ」


 可愛らしいさを意識した上目(づか)いでの要求に応えてから、軍服の剣帯(ソードホルダー)に通していた小さめの革袋より、二個一組で和紙に包まれた焼き菓子を取り出して渡す。


 咄嗟(とっさ)に両手で受け取った琴乃が包装を開くと、その隣にいたイリアも興味を()かれて(のぞ)き込んだ。


「これって… レヴィアが偶に齧ってる()()()()のビスケットだよね」

「要らないのか?」


「ううん、甘い物は貴重だから嬉しい」

「…… クロード様、不公平は良くないと思います」


 くいっと上着が引っ張られ、物欲しげな魔導士の少女に見詰(みつ)められてしまう。


 残りの個数は少なかれども、ヴァレル家と取引のある商人達がゼファルス領軍に帯同しており、彼らの設営した酒保(しゅほ)へ立ち寄りさえすれば補充できるため、イリアにも同じ焼き菓子の包みを手渡した。


 そのまま小動物のようにビスケットを食む少女二人を眺めて癒されつつ、ふと騎士王の立場で()したる用事も無いのに同盟相手の陣地へ(おもむ)き、仮設店舗に直行して嗜好品を買うのは如何(いかが)なものかと思案する。


(ほぼ確実にライゼスの説教を喰らうな、小一時間ほど)


 神経質な副騎士団長は論理的かつ、反論の余地がない言葉攻めをしてくるので、軽々(けいけい)に地雷を踏み抜いて怒らせるのは得策と言えない。


 亡き親友の一人娘である(ゆえ)か、イザナですら迂闊(うかつ)な言動を厳しく(とが)められて、しょんぼりしている姿を見たこともあった。


(君子危うきに何とやら……)


 ()の御仁が “歯に衣着せぬ” 主義なのは得難(えがた)諫言(かんげん)に繋がるから良いとして、問題のありそうな行為を敢えて実践する()(おか)さない方が無難だ。


 何らかの理由でレヴィアの機嫌を(そこ)ねた際、(なだ)()かすためのお菓子は誰かに頼んで購入してもらう算段など立てていたら、小さな葉擦れの音が斜め後方より聞こえてくる。


「レインか、どうした?」

「いえ、その… 陛下ではなく、琴乃(ことの)達を呼びにきました」


「あたし?」

「あぁ、露天風呂が頂けるみたいなんだ、仲間外れにはできないだろう」


 嬉しそうに誘い掛ける猪突な女騎士の手を取り、(ゆる)りと立ち上がった琴乃は軽く頭を下げて、相方のイリアと一緒に野営地へ引き返していく。


 これは余談だが、汗と油に(まみ)れた整備班の錬金術師らも汚れを落としたいと主張し、一時的に荷馬車を解体した資材で木枠鉄底の五右衛門風呂を二つ組んだ事から、俺も身綺麗な状態で眠りに就けたのだった。


……………

………

五右衛門風呂、構造は簡易ですけどしっかりと使える名品ですよね~


遅筆ながらもボチボチと更新してます(੭ु ›ω‹)੭ु

宜しければ広告下の評価欄やブクマをポチって応援してやってください♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 悩みますよね、そりゃ。人を狙ってないとかは関係ない。いや、むしろ意識してなかった分、準備が出来てなかったとも言えますね 琴乃がんばれ~~ [一言] シリアス回だったんですね……妙な誤解を…
[良い点] 次は威嚇射撃でも シモ・ヘイヘの上官も敵兵を殺害するのを躊躇う部下に 〉だったら、雪玉を投げ付けてやれ。それくらいは出来るだろ と言ったそうです [一言] 更新お疲れさまです お菓子高…
[一言] いまは亡き祖父母宅が五右衛門風呂でした懐かしい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ