騎士国の伝統的な文化ですから
「ミラ、左上腕部に小型の巻き取り装置が内蔵されてるっぽいのです」
「左前腕部は人工筋肉制御の接続ロックとバースト機構があるのです、ミア」
ぴこぴこと種族特有の長い笹穂耳を揺らし、無遠慮に新たな左剛腕を玩具の如くペタペタと触っていた双子が不意に動きを止め、検分した絡繰りから秘められたギミックに言及する。
「「つまり、前腕が飛ぶ!」」
「若干、意味が分からなくて、有用性が未知数な兵装なのですけど……」
「何故か、溢れる浪漫を抑えられないのです!!」
興奮する小柄なエルフ姉妹に輩の整備兵らが相好を崩し、長命種族である二人の方が実年齢は断然高いにも拘わらず、我が子に向けるような笑顔を浮かべた。
その輪に得意げな表情のニーナも加わり、例によって喜々とした様子で、聞かれてもないのに解説をし始める。
「第二世代の騎体で採用したワイヤーアンカーを基礎に改良して、前腕が射出できるようにしたの。上腕部に仕込んだ連装式リールと、細くて丈夫な純ミスリル製剛糸のお陰で有効射程は八十メートルになるわ」
更には惜しみない魔法銀の投入が奏功して、射出してからも魔力を通じた意思伝達で手指の操作が可能との事だ。
差し詰め、生産性を気にしなくて良いベルフェゴールの専用兵装だから、彼女の趣味もあって多額の開発費を投じているのだろう。
ゼファルス辺境伯の地位を遺憾なく発揮して製造された特注品と言える。
「冷静に考えたら、凄い公私混同だよね」
「偶にレヴィアが強請ってくる焼き菓子も、実は国費で賄っているけどな」
「ふぇ、クロードのお給料からじゃないのッ!?」
「実質無給だぞ、騎士王……」
議会制の政治形態を持たない騎士国の場合、各地より租税の一部がヴァイスベル王家に直接送られてくるが、国家運営や飢饉対策に宛がう大切な資金なので易々とは使えない。
恐らく裁量権の及ぶ範囲であれども、自身の為に公的な財源を切り崩すのは気が引けてしまい、定期的にブレイズ麾下の財務官僚が渡してくれる必要経費でやり繰りしていた。
「し、知らなかったよぅ… 帰ったら “蜂の巣箱” で甘い物、奢るね」
「構わないさ、衣食住に困っている訳でなし、質実剛健は武人の嗜みだ」
気侭に使える私財が無いだけで、生活全般に於いて平均的な国民よりも贅沢しているのは明白だ。
琴乃あたりにはまた奇異の視線を向けられてしまうが… 刃金を振るい、降り掛かる火の粉を払えば、それで居場所が得られるのは有難い。
古来の日本でも政治に関わるより以前の武士なら、一族郎党や己の存在価値を認めてくれる貴人に資するよう、戦場にて曇りなき刃を煌かせていた筈だ。
(並行世界の西欧とは謂え、価値観の近い騎士国に流れ着いたのは幸運だったな)
多少の感慨に耽りつつも女狐殿が音頭を取り、さっきまで犬猿の仲だった双子エルフを含めた整備兵達が活気づく光景など眺めてから、天幕や調理場の設営を任せているフィーネの下へ向かう。
されども陣地の中心部に騎士団長の義娘はおらず、粗方は野営準備の済んだ一角にすり鉢状の浅い窪地が出来上がっていた。
「なんだ、これは?」
「土属性の魔法 “陥没” かな、此処まで精緻なのは凄いけど」
「甘いですね、レヴィア、掘るに留まらず表層を粘土質に変性させています」
「むぅ、そんなの外見から分からないし」
やや膨れた幼馴染みに微笑み、何故か “雷撃の魔女” エリザや複数人の女性魔術師を連れた亜麻色髪の乙女が出戻り、緩りとした足取りで傍に移動してくる。
その背中越しにゼファルス領の客人が軽く頭を下げ、少し困り顔になったのを見逃さず、事情説明を求めると思わぬ言葉が返ってきた。
「露天風呂か……」
「はい、第三代の騎士王シュウゲン様が広めた我が国の伝統文化です」
しれっとした態度で言ってのけるが、水布で身体を拭くしかできなかった行軍時の反動は大きかったようで、大量の御湯を短時間で沸かせる手段があるというエリザを強引に巻き込んだらしい。
止める理由も無いので、お手並み拝見とばかりに静観していると、腕を掴まれた赤毛の相棒が拉致られていく。
「えッ、私もやるの!?」
「勿論、タダ風呂なんて認めません」
毅然とした素振りで断言されるも、お風呂と聞いて乗り気なレヴィアは大きく両腕を広げ、請われるまま半径約三メートルの窪地に巨大な火球を生じさせて、土魔法で形成された天然の “風呂釜” に焼き入れをする。
魔導の名門、ルミアス家の御令嬢が潤沢な魔力でひと仕事を終えれば、感嘆の吐息を漏らしていた魔術師達は我に返り、懐より取り出した深海色の魔石を窪地へ放り投げた。
「「命の源を此処に……」」
水魔法の遣い手なら誰でも習得している魔法 “クリエイト・ウォーター” により、特殊な媒体に凝縮封入されていた水素と魔力が反応し、透き通った綺麗な水に転じて滔々と溢れ出す。
仕上げに帝国随一の雷魔法遣いであるエリザが人払いして半球状の魔力結界を張り、時折に青白い雷光を明滅させながら、数分間ほど微動だにせず術式を維持し続けた。
「これは… 結界面の電極を周期的に反転させているのか?」
「えぇ、ニーナ様に教えて頂いた “電子レンジ” なる物を再現する魔法です。もっと構築が早くて射程距離があったら、標的を結界内に閉じ込めて水蒸気爆発させられるんですけどね」
さらりと恐ろしい事を宣う相手に戦慄している内に湯気が立ち昇り、電磁結界が解除されると残りの魔導士らが持参した天幕用の建材で覆いを作って、外側から脱衣場と湯舟が見えないようにしていく。
いつまでも露天風呂の縁に佇んでいるのは無粋なため、レヴィアとフィーネの二人に声掛けしてから、そそくさと一人で場を辞した。
お風呂は日本の文化ですよね!!
遅筆ながらもボチボチと更新してます(੭ु ›ω‹)੭ु
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